五「アサ」
ジンは、まだ少し興奮の残る顔でケイと話していた。
「俺にも今度、剣術とか教えてください!」
目を輝かせながら身を乗り出してくるケイに、
ジンは少し照れくさそうに歯を見せて笑う。
「はい!」
――って、言ったけど。
(……これ、剣術とかではない感じで……)
すると、そばで様子を見ていた兵士の一人ががジンに近づいてきた。
「おい、その剣は証拠品として――」
ジンはその声に反応し、振り返る。
「えっ?」
その兵士はそう言いかけたまま、ジンの持つ剥き出しの刀身へ手を伸ばした。
だが次の瞬間。
剣に絡みつき、まとわりつくように残る獣魔の微かな瘴気に、
兵士の指先がぴたりと止まる。
それはまるで生き物のように、ゆらゆらと揺れていた。
「……っ、いや、待て」
わずかに顔をしかめ、兵士は反射的に手を引っ込める。
ジンは手元の対魔剣を見下ろした。
「この対魔剣のことですか?」
(リクアンさんに作ってもらった――)
そう思った瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなる。
だが、
「そんな穢れたもん、兵舎に持ち込めるかよ」
兵士の声が、空気を冷やした。
「おい小僧、さっさと自分で片付けろ。
そんなもん振り回して次また問題起こしたら、次は容赦しねぇからな!」
睨みつけられ、ジンの肩が揺れる。
「えっ!?」
(け、穢れた!?)
思わず、その場で動きが止まった。
そんなジンの前に、ケイが半歩だけ出る。
「そんな風に言わないでくださいよ」
兵士を見返しながら、少し強い声で続けた。
「これは彼ら一族にとって大切な剣なんです。それに、実際に退治してくれたのは彼らなんですから……『穢れている』なんて言葉、あんまりですよ」
その言葉に、兵士はわずかに顔をしかめたまま、舌打ち混じりに視線を逸らした。
その後ろで、
ツカサは肩の力を抜いたまま、ジン達のやり取りを眺めている。
――少し離れた場所では、さっきの二人組の一人が、どこか落ち着かない様子で俯いていた。
隣のもう一人は、そんな彼女の横顔を見て、呆れたように肩をすくめる。
「もー、ほら。どうしたの?」
声をかけられても、返事がない。
胸の奥が、少しだけ落ち着かない。
その彼女は小さく息を吸うと、そのままジンの方へ歩き出した。
「えっ、ちょ、ちょっと……!」
後ろから慌てた声が飛ぶ。
ジンはケイ、ツカサと先ほどまでの事を少し話していた。
周囲には、まだ兵士たちや市民のざわめきが残っている。
その中で、
「あ、あの……」
控えめな声は、ジン達には届かない。
彼女はきゅっと指先を握る。
鼓動が、少し速い。
そして、勇気を出すように、もう一度。
「あ、あのっ……!」
今度は少しだけ大きな声。
そこでようやく、ジンとツカサ、ケイも振り向いた。
「えっ?」
突然目が合い、ジンが戸惑ったように目を開ける。
その瞬間だけで、胸が跳ねた。
後ろでは、その彼女の友達が「え、えぇ……」という顔で様子を見ている。
彼女は視線を逸らしかけながら、小さく口を開いた。
「……名前、聞いてもいいですか」
「えっ、俺の名前っすか?」
ジンは瞬きをしながら、なぜかちらちらとツカサの方を見る。
それから少し彼女の目を見て、
「お、俺は、ジンっていいます」
(な、なぜ名前を......)
どこかぎこちなく答えながら、そっと彼女の表情をうかがった。
彼女はゆっくり顔を上げる。
午後の光の中で、ようやくまっすぐ目が合った。
「えっ……ジン君……」
その名前を口にしただけなのに、胸の奥が少し熱くなる気がした。
すると後ろから、呆れた声が飛んできた。
「ほら、アサ!行くよ」
ぐいっと腕を引かれ、アサが小さくよろける。
「あっ……」
それでも、視線だけはまだジンから離れない。
歩き出しながらも、つい振り返いてしまう。
「……あの人、どこの人なんだろ」
ぽつりと漏れた声は、どこか上の空だった。
「えっ?ああいうの、局とか......対魔?の人とかじゃないの?」
隣の友達が返す。
「なんか、もうちょっとしっかりして欲しい感じはしたけど」
「……でも」
アサは小さく俯いたあと、また少しだけ後ろを見る。
遠くでツカサたちと話しているジンの姿。
「あの時、ちゃんと止めてたし……」
思わず庇うように呟いていた。
その反応に、隣がニヤッとする。
「え、なに?ちょっと気になってる感じ?」
「ち、違っ……!」
アサの顔が一気に赤くなる。
「んー......ないない。ほら、行くよ!」
腕を引っ張られながらも、アサは最後にもう一度だけ振り返った。
ツカサたちと笑っているジンの姿が、なぜか少しだけ眩しく見えた。
やがて、二人の姿は人通りの中へと消えていく。
その背を見送ったあと、ケイは改めてジンたちへ向き直った。
「それでは、今からは?」
ジンが答えようと口を開きかけた、その時。
「よし!飯だ!!」
ツカサが大きく背伸びをしながら、明るい声を上げた。




