四、四「その先」
グォオオオオォォォッ——!!
獣魔の絶叫が、通り全体を震わせた。
突き通した対魔剣ごと、凄まじい衝撃が返ってくる。
ジンはわずかに震える右手で剣を握り締めたまま、その衝撃をまともに受けていた。
骨の奥——体の芯まで響くような重さが、全身を貫く。
周囲では、張り詰めたざわめきが一気に広がる。
「えっ、今……!」
「刺したのか……!?」
「見えなかった、けど……!」
通りのあちこちから、混乱した声が重なる。
獣魔はなおも激しく体を揺らしている。
だが、その勢いは少しずつ落ち始めていた。
暴れる巨体が、徐々に減速していく。
やがて——
ジンの対魔剣を胸に突き立てたまま、獣魔の動きは歩くほどまでに鈍くなった。
それを見たジンは、荒い息を吐きながら獣魔の下から抜け出す。
ふらつく足で石畳を踏み、再び獣魔の正面へ回り、
揺れる視界の中、獣魔を見据える。
(良かった……なんか眠い……最後の一撃を……!)
すると、ほとんど動かなくなった獣魔を見て、
兵士たちがようやく駆け寄ってくる。
「よし! あとは俺たちがする!もういいぞ、お前!」
槍を構えながら、一人が叫ぶ。
「囲め!完全に止まるまで気を抜くな!」
別の兵士も声を飛ばした。
その周りでは、市民たちも息を呑みながら様子を見守っている。
「た、倒したのか……?」
「いや、まだ動いてる……!」
張り詰めた空気は、まだ消えていなかった。
ツカサは軽く体をほぐしながら、獣魔の方へ歩みを進めている。
そして、ジンは獣魔と対峙したまま、近づいてくる兵士たちに視線を止めていた。
(い、いや……ちょっと待って……)
目が閉じそうになる。
(俺が最後に決めたいけど……ね、眠い……)
そんなジンの前で、
槍を構えた兵士たちが、緊張したまま獣魔へ包囲を作り始めていた。
「ゆ、ゆっくり行け……!」
「おい、本当に止まってるのか……?」
「術具、準備しろ!」
その瞬間。
駆け寄ってきた兵士の横を、何かが風のように通り抜けた気がした。
直後——
ザッ、と何かが擦れるような音。
そして——
「グオオオォォ……」
獣魔の唸り声が、ゆっくりと空気へ溶けていく。
力を失うように。
途切れるように。
その場にいた誰もが、息を止めていた。
「……なっ」
「い、今の……なんだ……?」
兵士たちが思わず動きを止める。
「えっ……!?」
ケイが反射的に振り向く。
「わっ……!?」
「ん?風……?」
市民たちの髪や服が、ふっと風に撫でられた。
次の瞬間——
ジンの目の前には、ツカサが立っていた。
「えっ!?」
目を開けたまま。
(な、なんだ!?ツカサさん……み、見えた……)
獣魔のすぐ前。
ツカサは腕を組んだまま、その巨体を見下ろしている。
「よし、これでいいな」
軽く息を吐き、ジンの方に振り返った。
「いい練習になったな!よくやった、ジン」
そう言って、ぽん、と頭へ手を置く。
「......あっ、はいっ!れ、練習……?」
力の抜けた声が出る。
(れ、練習……で、でも!嬉しい!)
すると気づいたら、
ツカサの背後で、獣魔の体がゆっくり崩れ始めていた。
黒い毛並みの体が、煙のようにほどけ、空気へ溶け込むように消えていく。
「き、消えてる……!?」
ジンの体が震えるように上下した。
「ああ、最後に俺が霊力でしたからな」
ツカサが獣魔を見ながら答える。
その様子を見た兵士たちの間に、ざわめきが走る。
「お、おい……!」
「とにかく、捕縛だ!」
だが、慌てて術具を構えかけた兵士の手が止まる。
みるみるらうちに、
獣魔の巨体は、黒い霞のように崩れながら、その半分は消えていた。
「……消滅した……?」
周囲の市民たちも、張り詰めていた息をようやく吐き出し始める。
「た、助かったのか……?」
「今の人、何したんだ……?」
ざわめきが、少しずつ恐怖から安堵へ変わっていく。
やがて、獣魔の姿が完全に消えていった。
そして、支えを失った対魔剣が、石畳へ重く落ちた。
——ガタッ。
鈍く響いた音だけが、その場へ残る。
黒い気の残滓がまだ薄く揺れる中、剣だけが妙な存在感を放ちながら石畳に転がっていた。
兵士たちも思わず視線を向ける。
ジンはふらつく足で、その剣の方へ歩き出した。
周囲の兵士を避けるように、そのまま真っ直ぐ進んでいく。
「お、おい……!」
「まだ近づくな——」
だが、ジンは止まらない。
ゆっくりと剣の前へ立つと、その柄へ手を伸ばした。
触れた瞬間——
ジンの中へ、微かに感覚が返ってくる。
押し潰されそうだった重さ。
怖さ。
離したくなかった感覚。
それでも前へ出た、自分自身の気持ち、不確かな高揚感。
剣越しに、さっきまでの感情が静かに残っていた。
ジンは剣を握りしめた。
そこへ遅れて、ケイが駆け寄ってきた。
「うわー!やりましたねー!」
興奮したまま声を上げ、ジンの方へ小走りで横へ並んだ。
「すごかったですよ今の!どこにそんな力があるんですか!?」
その少し離れた場所では——
先ほど地面へ座り込んでしまっていた一人が、
ようやくゆっくり立ち上がっていた。
「……」
まだ視線だけは、ジンたちへ向いている。
隣では、もう一人が大きく息を吐いた。
「はー……びっくりした。なんかちょっと頼りない感じだったけど、
とりあえず行こか」
そう言って腕を引く。
だが、引かれた方はすぐには動かなかった。
汗だくになりながら、それでも最後まで獣魔へ食らいついていたジンの姿を、
まだじっと見ていた。




