四、参「一部」
その瞬間——
兵士たちの背越しに獣魔を見ていたジンは、“次の景色”を感じた。
ほぼ確信、今の延長、その先にある一瞬。それがジンに視界として認識される。
(来る——正面だ……!)
口、体が勝手に動いた。
「あっ、そこの前の人に、襲いかかってきます!」
ジンの前にいた兵士が、はっと振り返る。
「んっ、なに!?」
わずかに構えが揺れる——その一瞬の“迷い”。
獣魔は、それを逃さない。
低く唸り、地を蹴る。空気が震える。巨体が一直線に飛び込む。
「くっ——!」
正面に立っていた兵士の足が、わずかに引ける。
周囲の兵士たちも一斉に声を上げる
「来るぞ!」
「構えろ!」
「下がるな!」
その背後で、通りの空気が崩れる。
距離を取っていた市民たちが、ばらばらに後ずさる。
「おい危ねぇ!」「離れろ!」「下がれって!」
だが、その獣魔が動くより早く。
ジンは、もう動いていた。
頭の中では、描けている。ただ、体だけが前へ出る。
地面を蹴る感覚すら曖昧なまま、一直線に距離を詰める。
手の中の対魔剣は、小さいまま。
ジン自身をそのまま映したような、短く、未完成な刃。
それでも——届かせる。
(ここ——!)
獣魔が兵士へ爪を振り下ろそうとした、その刹那。
横合いから、ジンの腕が伸びる。
無理やり届かせるような体勢のまま、対魔剣が獣魔の横腹へ滑り込む。
(いけっ……!)
鈍い手応え。
剣に込められたわずかな霊力が、獣魔の内側へと流れ込む。
わずかに遅れて、ジンの手に力がこもる。
一瞬、時間が止まる。
——次の瞬間。
「ウォォォォオッ!!」
喉の奥から絞り出すような咆哮が、通りを震わせる。
その音に、周囲の人々がびくりと肩を揺らす。
「うわっ!?」 「な、なんだ……!?」
斬り込んだ箇所から、黒ずんだ気がにじみ出るように立ち上る。
空気が濁り、熱と重さがその場に滞る。
そして、獣魔の体がびくりと震え、軌道が逸れ、
その兵士に振り下ろされるはずだった獣魔の一撃が、わずかに外れた。
「なっ——!?」
獣魔正面の兵士が、息を呑む。
周囲も一瞬、言葉を失う。
「見たか!? 今、横から何か走ったよな……!?」「……一瞬、光ったような……」
通りのあちこちから、ざわめきが広がる。
そのままの勢いで、ジンの体は止まらない。
踏み込んだ足の流れのまま、獣魔の横を抜け——
互いの距離が、一瞬で入れ替わる。
ジンは数歩先でわずかに体勢を崩しながらも踏みとどまり、その位置は、獣魔の斜め後ろ。
獣魔の前方には、体勢を整えながら、槍を構える先ほどの兵士。
ツカサは、その一連を、腕を組んだまま元の場所から見ている。
遅れて、獣魔の巨体がぎしりと軋むように動く。ゆっくりと、首だけが回る。
その視線が背後へといき、ジンを捉える。
低く、喉の奥で唸る音。怒りと、標的の切り替え。
ジンの足は止まっている。自分の体勢を理解する。
(早く、次に......!まだだ……)
獣魔は完全に、ジンへと体を向けていた。
ジンは身をかがませながら、崩れかけていた体勢を、再び獣魔に無理やり引き戻した。
剣を構え直す手が、わずかに震えている。
獣魔を囲む兵士たちの声が、緊張に張り詰めて飛ぶ。
「おい下がれ!」「そいつは——!」
だが、その声は通りを抜けていく。
ジンは、真正面からその獣魔と向き合っていた。
(どうする!?……)
するとまた、ジンの内側から、わずか先の世界が浮かび上がり、
それが視界となり、目の前の今と重なる。
今まさに飛びかかられた兵士が、無理にでも、
獣魔に槍を振るおうとしている光景。
(……!)
ジンは視線を目の前の獣魔へと戻し、そのまま声を発する。
一歩、踏み出す。
「こっちだっ!」
声を叩きつけるように放つ、周囲ではなく、獣魔だけを引き付けるように。
獣魔の揺れていた視線が、がジンに定まる。
次の瞬間、地面を削るような獣魔の踏み込み。低く唸る気配とともに、一直線の突進。
その黒い塊は、迫る。
(……!!)
その動きはジンには見えていた。だが——
濃く、絡みつくような獣魔の魔力の揺らぎが、感覚をわずかに鈍らせる。
足の運びが、半拍遅れる。
そして、
獣魔の巨体が、そのままジンへとぶつかった。
「……っ!」
逃げずに、その場で受ける。
正面から、両腕で受け止める。食い込む衝撃。地面が鳴る。
足底が石を擦り、ジンの体が後ろへ押し込まれる。
(うぐっ……!!)




