三、四-前「永遠」
——その中心。襄桜の都の中へ——視界を広げる場所へと。
石畳の大通りは、昼の光を受けて淡く輝いていた。
整然と敷かれた街路はまっすぐに伸び、
均一に整えられた衣をまとう人々が、絶え間なく行き交う。
ざわめきは途切れない。笑い声もある。だが、視線は不用意に交わらない。
通りの両脇には、精緻な彫刻を施された建物が並ぶ。
柱や壁面には人物や神話を模した浮き彫りが刻まれ、都市そのものが権威を帯びているかのようだった。
兵の姿が、間隔を置いて配置されている。
槍を持つ者、剣を帯びる者、ただ静かに立つ者。
さらに奥——段を重ねるように築かれた宮城がそびえていた。
幾重にも連なる屋根と、その上に空に向かうように重なる構えは、
都市のすべてを引き寄せるような威圧を放っている。
その光景を、四人はそれぞれの距離で受けていた。
カエデは歩調を崩さない。
視線だけで街の構造と人の流れをなぞり、必要な情報だけを静かに拾い上げていく。
リンはわずかに顎を引き、兵の配置を順に追っていた。
ツカサは肩の力を抜いたまま、通りを流し見ている。
そして——
ジンだけが、わずかに遅れていた。
(……)
視線は落ちたまま、先ほどの感覚がまだ内側に残っている。
(あれは……)
思考がまとまりきらない。
それでも、胸の奥に残る言葉だけは、はっきりとしていた。
——利用され、捨てられる。
ジンの目元が、わずかに動く。
「俺は超える……魔王を……」
ほとんど息に近い声が、足元へ落ちた。
その言葉に、隣を歩いていたリンの視線が一瞬だけ横へ滑る。
何も言わない。ただ、その揺れを確認するだけで、すぐに前へ戻した。
ツカサは気づいていないように見えて、口元だけがわずかに動く。だが、何も言わない。
カエデもまた、振り返らない。ただ、歩調を崩さずに前へ進む。
——やがて。
城を囲う城壁へと続く石段の前で、マサキが足を止めた。
「こちらから上がれますので、どうぞ」
そう言って、自ら先に一歩踏み出す。その動きに合わせ、四人も続いた。
石段は広く、傾斜は緩やかに見えて、確かに上へと導いている。
上がるにつれて、兵の数がわずかに増える。
すれ違う視線が、今度は明確に四人へ向けられていた。
一瞬だけ足を止めかけた兵がいる。
だが、マサキの姿を認めると、そのまま無言で道を開けた。
カエデはそれを横目で受けるだけで、何も変えない。
リンもそのカエデの後ろを追う。
ツカサは、すこし珍しそうに、中を見ながら歩いていく。
ジンは、その背中を前に感じながら、足元に視線を下げ、ついていく。
(……俺は超える……)
段を登りきった、その瞬間——
視界が一気に開けた。
街が広がる。人の流れ、建物の重なり、通りの交差、そのすべてが一望の下に収まる。
風が変わる。地上とは違う、少しだけ乾いた流れが頬をかすめた。
——襄桜の全景が、静かに四人の前に広がっていた。
マサキが振り返る。少しだけ様子を窺うように、それでも務めて自然に。
「ここからどうされますか?」
その言葉を受けて、わずかに間。
そして——カエデが一歩前へ出た。
「まずは、ここから魔族特有の魔力の痕跡を見ていきます、リンもお願い」
隣で、間を置かずにリンの応じる声。
「うん」
二人の視線が、同時に城下の方へ。
ツカサはその横で、陽を遮るように軽く額に手を当て。
「おーいい眺め」
少し遅れて、ジンも視線を上げた。
(俺も見る……見れるのか……いや、見る……俺の目は……!)
言葉には出さない。だが、その体は確かに前へ出る。
その流れのまま、カエデの視線がわずかにマサキへ。
「それでは、マサキさん。魔族らしき者が見られた場所、今把握されていますか?」
急に向けられ、マサキの目線が一瞬だけ揺れた。
記憶を探るように、わずかに上を向く。
「えっと、そうですね…」
言いながら、すぐ近くに控えていた兵へと小さく合図を送る。
記録を持ってくるように、短く指示を飛ばしていた。
そのやり取りを待つことなく、カエデの静かに重ねる声。
「どうですか?」
マサキは軽く頷き、言葉を繋ぐ。
「えー、今ちょっと持って来させてまして、でもおおよそなら」
その曖昧さを受け止めるように、すぐに返る。
「ええ、それでも構いません」
それに押されるように、マサキは意識を切り替える。
「はい、えーとですね、都の通りの名や区画などはわかりますか?」
確認するような声音。
「ええ、大体は」
そのやり取りの横で、ジンの思考がわずかに遅れる。
(城下の事はわからない……が……見る……とにかく)
視線、体を前へ向かせながら、理解を追いつかせる、離れないように。
マサキはその返答に小さく頷き、視線を前へ戻した。
「はい、それではまずは……」
指先が持ち上がる。
遠くの街並みをなぞるように、ゆっくりと動いた。
通りの位置、辻の形、魔族らしきものが報告された時間帯。
断片だった情報が、指先の動きとともに繋がっていく。
それを受けるように、カエデの視線が示された地点を追う。
リンも同じ方向を見ている。言葉はない。ただ、情報をそのまま噛み砕いている。
ツカサは少し離れた位置で、城下のなにかを見つめている。
そして——
カエデはマサキを見つつ、軽く下に腕を組み、城下の方へも視線を向け。
「要するにその報告は、この城周辺だと言う事ですね」
腕を解き、そのまま城下へと体を向け、
そのまま呼吸を繋ぐように、続ける。
「魔族は、気が停滞しているところや、落ちているところに引き寄せられます。
ですので、まずは報告のあった場所と、気が落ちている地点が重なる箇所から見ていきましょう」
風が、上からゆるく抜ける。高所から見下ろす城下の空気は、どこか層を分けて流れていた。
マサキはその説明を受け、わずかに背筋を伸ばす。
理解が追いついた分だけ、目線が“案内する側”から“追う側”へと変わっていく。
「はい、なるほどそうですね」
マサキの素直な納得。
その横で、リンは視線を細めている。
城下へ落とした目は一点に留まらず、広がりの中から沈みを拾うように滑っていく。
ツカサは腰に手を当てたまま、視線を流しながら街を眺めている。
ジンも視線を落とし、城下を見ている。
(なるほど……俺は、わかる……
見えているもの自体は同じ、どう見るか、どう捉えるかが違う)
さっきの“あれ”の感触が、まだ奥に残っている。
それでも、何かを感じるように視線を広げた。
カエデの声が、再び静かに重なる。
「魔族特有の色に共通しているのが、
暗く、重く、密度が濃く、粘り気があるということ。
そして、それに加えて、各個体ごとの固有の色が混ざっています」
「はい......」
今度のマサキの返答は短い。だが、その目はすでに街へと向けられている。
ジンが軽く一歩前へ出る。
視線をカエデやマサキへと向け、わずかに間を置いてから口を開いた。
「......俺も昔、その事は里で習いました」
カエデが否定も肯定も広げず、ただ事実として受け止める。
「……そうですか」
少し遅れて、マサキの目もジンへと向く。
その視線に、わずかな戸惑いが滲む。
そのさらに横で、リンはほんの少しだけ眉を寄せた。
声は出さない。ただ、違和感を測るような短いジンへの視線。
ジンはその三人の様子を見て、なにか違和感を感じた。
(ん?……)
そして、一間。
カエデが、自然な流れのまま口を開く。
「この街の人々の気に混ざる、その色があるのは……」
カエデ、リン、マサキ、そしてジン。
四人の視線が、重なり並ぶように城下に向いている。




