三、弍「襄桜の門」
入ってきた男は、足を止めることなく四人を見渡す。
視線は流れるようでいて、逃さない。
その瞬間、カエデの心念がツカサ達三人に飛ぶ。
(この方が、おそらく龍ケンレイ。
この都の警備を預かる者、襄桜六家の龍家)
(龍家......)
その名をなぞった瞬間、わずかにジンの視線が上がった。
カエデは一歩前に出る。余計な間を作らない、整った動き。
口を開こうとした、その前に——
「……で間違いないな?」
ケンレイの声が先に落ちた、確認だけを目的としたもの。
問いかけというより、照合に近い。
カエデはわずかに頷き、言葉を返す。
「......はい。泰黎国対魔の里より参りました、伏見カエデと申します。
本件、魔族出現の報を受け、要請に基づき入域いたしまし——」
「話は通っている。今回の魔族の件は……まーそれなりでいい」
最後まで言い切る前に、ケンレイの言葉が重なり、
言い切りと同時に、視線がわずかに外れる。
リンの眉が、わずかに動く。
ツカサは壁に軽く体重を預けたまま、どこか手持ち無沙汰そうに視線を流している。
カエデは、そのまま言葉を受け止める。
「......それなりとは?」
問いは柔らかい。だが、曖昧なままにはしない。
ジンはそのやり取りを追いながら、小さく呼吸を整える。
(うん......)
ケンレイは視線を戻さないまま、短く切る。
「だが、それ以外には手を出すな」
カエデはわずかに沈黙する。間を測るように、一呼吸。
「......」
ケンレイはその間を待たず、続ける。
「四人か......それで足りるのか?」
今度は視線が戻り、上からなぞるような圧が、確かにそこにあった。
ジンはその視線を受け、わずかに肩に力が入る。
(お、俺の事言ってるのかな......)
カエデは崩さない。
「ええ、今回まずは、この四人で、その後、必要とあらば——」
「ならいい」
言い終わるより早く、被せられる。
その瞬間、リンの眉がわずかに寄り、
腕を組み、重心が落ちる。
「改めて言うが、市中、各家、兵の動き——一切干渉するな」
ケンレイの言葉は増えないが、制限だけは明確に積まれる。
(必要?......えっ?......)
ジンはわずかに喉を動かし、何も言えずにそのまま口を閉じた。
カエデはそのまま受ける。
「承知しております。本件に関わる範囲に限り、行動いたしま——」
「私からは以上だ、あとは今から来る者に任せてある」
やり取りというより、まるでケンレイ一人で話を進めているかのような流れだった。
言葉が切れたあと、わずかな静寂。
ツカサは腕を組んだまま、そのまま受け流すように頷いている。
ジンは口を開きかけて、結局閉じる。
何を言えばいいのか分からず、そのまま空気の中に留まる。
(••••••—)
ケンレイはすでに視線を外している。
わずかに身体の向きを変え、切り上げの動き。
その姿に向かって——
リンの短く、鋭い声が飛んだ。
「おい!」
空気が一瞬で固まったように止まる。
ケンレイがわずかに振り返る。動きは最小限。
「うん?」
付近に控えていた兵士が一歩踏み込んでくる。
間合いを詰める動きに、ためらいはない。
「なんだ!」
だが、その声に被せるように——
リンの言葉が、間を置かずケンレイへと真っ直ぐに押し付けられる。
「貴様!」
踏み込むような言葉。
反応した兵士の視線が即座にリンへ向く。
一歩、さらに踏み出す。
「お前!」
するとケンレイの手が、わずかに横へ出る。
それだけで、兵士の動きが止まる。
そしてそのまま、ケンレイはリンへと顔を向ける。
反応を待つように、見ている。
その一瞬の間に、
カエデの意識が、静かに差し込んだ。
(やめなさい、リン)
言葉は穏やかだが、止める力は強い。
「えっ!?」
一瞬だけ、リンの勢いが切れる。
(......あちらも、色々とあるのでしょう、
とにかく私たちは、魔族を討伐する、それだけです)
カエデの感情を挟まず、状況だけを整えるような、静かな声。
「で、でもっ」
リンは、なおも言葉を出しかける。
(ありがとう、リン、でも私たちの目的を忘れてはいけないわ)
その一言で、止まる。
リンの視線がわずかに揺れ、そして落ち着く。
「う、うん、姉様がいいなら.....」
完全には納得していない。それでも、引いた。
ケンレイが少し顎を上げ、目を細め。
「……ふん、ふざけた奴らだ」
横の兵が低く問う。
「よろしいのですか?」
「まぁいい、お前はもどれ」
「は、はい」
兵が下がる。
ケンレイは改めて視線だけをカエデ達に向ける。
「あんまり、いい加減な事はしてくれるなよ」
空気に小さく圧が乗る。
リンはその言葉に、視線だけで返す。
ほんのわずかに顎を引き、そのまま目を逸らさない。
カエデは一歩も動かず、その場で受ける。
「ええ、もちろんですわ」
声は柔らかい。だが、言うべき線だけは崩さずに、静かに残している。
場に残るのは、張り詰めたまま解けきらない空気と、
わずかに踏み込みかけたまま保たれている距離だった。
ジンは、その場に立ち尽くしたまま、視線だけを動かしている。
誰も声を上げない空間の中で、ただ今のやり取りを追いきれないままに。
(な……なんだこれ……)
胸の奥で、整理が追いつかないまま言葉が浮かぶ。
(今朝の山でのカエデさんと、ツカサさんの事、そして今……
俺は止められたのか……い、いや、今のはいきなりだったし……
そもそも、いきなりだったのか?……)
思考が同じところを行き来する。
(ツ、ツカサさんは、な、何を?)
そのまま、意識が引かれるように視線を横へ向ける。
壁際。少し離れた位置にいるツカサは、腕を組んだまま、軽く壁にもたれていた。
目は閉じられている。呼吸も静かで、動く気配がない。
(ね、寝てる!?……)
一瞬、思考が交錯する。
(い、いや、そんなはずは……まさか、瞑想か?、いや、臨戦に備えているのか?……)
判断がつかない。だが、少なくとも——
今の空気に対して、まるで影響を受けていないかのような。
ジンは小さく息を飲み、視線を戻した。
(……と、とにかくここはもう里じゃないんだ……)
わずかに喉が動く。
(余計なことは……)
言葉の続きが、ジンの中で確実になっていった。
——その張り詰めた空気を、ほんの少しだけ崩すように。
横にいたもう一人が、空気を割る。
「私は聖ランです、よろしくお願いしまーす!」
場に、別の温度が差し込んだ。
カエデはわずかに視線を向ける。そのまま崩さず、静かに応じた。
「ええ、よろしくお願いいたします」
その返答を横に流すように、聖ランはすでに動いている。
視線の先は、まっすぐジンへ。
柔らかく笑みを浮かべたまま、距離を詰める。
一歩、踏み込む。
「あなた、本当にあの対魔一族ですか?なんか、弱そうですねー!」
不意に向けられた言葉。
ジンの呼吸が、一瞬だけ止まる。
「えっ!?」
思わず漏れた声。
その横で、リンの視線がすっと聖ランへ向く。
わずかに鋭さを帯びた、静かな圧だけが乗る。
ジンはすぐに背筋を伸ばす。
「ほっ、本当に対魔一族です」
揺れを押し込むように、正面から見返す。
その目だけは、逸らさない。
その視線を受けて、聖ランは目を丸くする。
「なんですかそれ」
わずかに温度の抜けた声。軽く笑うようでいて、確かに測っている。
「い、いやっ......」
ジンは言葉が続かない。
「ぇえ?」
聖ランは一歩も引かないまま、さらに覗き込むような距離。
ジンは思わず口を閉じる。
(うっ……き、聞くから……)
その空気を横から断ち切るように、低い声が差し込む。
リンは視線を外さないまま、一歩だけ前へ出ていた。
「おい、あんまり舐めた口を聞くなよ」
聖ランがわずかに眉を上げる。
「は?」
リンは腕を組み直し、わずかに顎を引く。視線は鋭いまま。
「こんな奴でも、私たちと同じ一族だ」
一瞬、間。
ジンの肩がぴくりと揺れる。
(こ、こんな奴!?……)
聖ランはその反応を横目に流し、そのままリンへと視線を移す。
口元には笑みを残したまま。
「あなた、さっきから声だけは大きいですね!
もっと自分を知った方がいいんじゃないですか?」
リンの眉がさらに寄る。
「なんだと?」
空気がまた一段、張る——
その寸前で、横から落ちる声。
「やめろ、ラン、もうそろそマサキが来るはずだ」
温度の低い制止。それだけで流れが切れる。
聖ランは一瞬だけ視線を外し、すぐに軽く頷いた。
「あっ、そうですね……」
その間に、カエデの手が静かに伸びる。
言葉はなく、ただリンの腕に軽く触れて押さえる。
リンの肩がわずかに止まる。
「姉様……」
完全には引いていない。
だが、それ以上は出ない。
ジンはそのやり取りを見ながら、小さく息を呑む。
(い、一応じゃない……俺も対魔一族……だ……)
場の空気が、ほんのわずかに緩む。
「お前達の事は、今から来る者に任せてある」
ケンレイの声だけが、変わらず一定のまま落ちた。
その直後——
足音が一つ、遅れて重なる。今度は、やや慌ただしい。
男が軽く息を切らしながら入ってくる。
その瞬間、先ほどまでの張り詰めた空気が、わずかに緩む。
「マサキ遅いぞ!」
短く落とされた一言。
だが責めるというよりは、確認に近い。
「すいません!手続きの処理が遅れまして」
息を整えきる前に、頭を下げる。
遅れてきたことをそのまま形にしたような、まっすぐな謝罪だった。
ケンレイの声が淡々と続ける。
「お前達の事は、この者に任せてある」
そして、ケンレイは男に。
「しっかりやれよ」と言い、部屋をあとにした。
それだけを残して、踵を返す。振り返らない。
「はい、わかりました」
反射的に背筋を伸ばし、その男が応じる。言葉に遅れはない。
そのまま、ケンレイの後を追うように、聖ランも一歩遅れて静かに続いた。
男は顔を上げると、今度は表情を切り替える。
「よろしくお願いします、私マサキと言います!なんでも言ってください、
まずは魔族の報告が上がっているところから、周りましょうか」




