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封神千希「俺は新人対魔剣士」  作者: アリエス
一章

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10/22

三「ひとつ」

楽水らくすいの街並みの上——

門に向け、四人は家々の屋根を滑るように駆けていた。


足裏が触れる瞬間だけ、わずかに力が伝わる。

音はほとんど生まれず、風だけが後ろへと流れていく。


カエデの心念しねんによる声が、意識の奥に静かに届いた。

(それでは、現在の襄桜じょうおうの状況を、少し説明しておきます)


前を行くツカサが、視線を外さないまま軽く応じる。

「おう!」


リンもわずかに頷く気配だけを返す。

(うん)


ジンは息を整えながら返事をする。


「は、はい……」


だが、その意識の大半は足先へと落ちていた。


(……山での魔力の扱い方とは違う……また別の感じ……)


魔力を体全体に張るのではなく、必要な部位へと流し、留める。


(足先に集中させる……無駄な力を使わずに……)


その間にも、カエデの声は途切れない。

(今の襄桜じょうおうの王位にあるのは、四兄弟の母である女王です。

 すでに高齢で、その後継を巡り、その四人の兄弟達が家督を争っています)


その言葉を受け止める、ジン。

(兄弟で......)


カエデはそのままの口調で。

(これは、里に入っている情報でも確認されています)


リンは視線を前に見据えたまま。

(……血縁であっても例外ではない。血縁である事で、引くことができない)


短く納得しながらも、足に意識を戻す、ジン。

(なるほど......)


カエデは、そのまま続ける、流れる屋根の連なりの中で。

(長兄が最も有力。軍を握っている以上、正面からでは他の誰も及びません)


前を走るツカサが、軽く口の端を上げる。

(わかりやすいな!兄貴が一番力持ってるのか)


カエデの声が、わずかに調子を変える。

(……ただし、その長兄が積極的に動いていない、という報告も入っています)


空気がほんのわずかに引き締まる。

(理由については、いくつか推測がありますが——)


カエデは間を置かずに。

(魔族の件に関して、対処の手段を既に持っているか、

 すでに目処が立っている可能性が高いと見られています)


ツカサの軽い疑問だけが飛ぶ。

(じゃあ、なんで俺たちを呼んだんだ?)


ジンは足先に意識を留めながら。


(確かに……)


カエデは続ける。


(……そう、今回、私たちを襄桜に呼んだのは四兄弟の次男、継承順位は第二位、

 だからこそ、長兄は動かず、最後に結果だけを取れる立場にいる、そう見ているのでしょう)


リンが静かに補う。

(……他が失敗すれば、その分だけ何もしなくても差が開く)


ツカサはそのまま跳ねるように次へ繋げながら、頷いている。


わずかに遅れて、ジンの意識も追いつく。


(......そうなんだな)


カエデの意識はそのまま流れを進める。

( そして、その次男は、

 今回のように対魔一族などを含めた外の力を使い、実績を作ろうとしている)


リンの視線が、遠くを測るように前を向いている。

(......魔族が出てる今が、ちょうどいい)


カエデが短く応じる。

(ええ……利用して、その実績を作るには)


その一言に、ジンの意識が引っかかる。


(利用......)


少し、足先への魔力の扱いも慣れてきた。


カエデは流れを切らず、そのまま言葉を重ねる。

(これは、領民・文官・家臣——それぞれの評価軸を踏まえた動きです、

 被害を抑えれば文官が評価し、安定を見せれば領民が支持し、結果を出せば家臣が認める)


理解を追うように、ジンの呼吸が一つ整う。

(うん……)


カエデが流れを保ったまま。

(そして外部と繋がることで、統治と外交の両面を示せる)


リンが短く。

(後の支配まで見てる)


わずかに間を置いて、ジンが息を吐く。


(な、なる......ほど.....)


カエデは流れる屋根の上、一定のリズムを保ったまま——

(三男の動きは内部調略、四女はいまいち掴めていないようです......)


空気の流れがわずかに変わる。

屋根の上を滑るように進む中で、意識の奥に落ちる声だけが、静かに輪郭を持つ。


(……ただし、襄桜には、六家ろっけと呼ばれる家々もあります)


リンは記憶を引き出すように、淡く応じる。

(今の女王もそこのひとつって、聞いたことがある)


ジンの足元が安定してきたように見える。


(ろっけ......)


カエデは、わずかに間を置いてから続けた。

(ええ、そしてまたその中に、魔術を得意とする家もあるという情報もありますが、

 この件との関連は、現時点では未確認です)


踏み出しの瞬間、カエデの視線がほんのわずかに下がる。

流れる街並みをなぞるように、一瞬だけ思考を落とす。

(断定はできませんが、無関係とも言い切れません)


風が抜ける。


カエデがその余韻を断ち切るように、次の言葉が静かに置かれた。

(いずれにしても——、私たちは、その争いには関与しません)


その一言は、これまで幾度も繰り返されてきた“線引き”だった。


足運びを崩さぬまま、しかし確かにそこにある前提として続く。

(私たちはあくまで、魔族のみを対象とし、余計な力関係には踏み込みません)


短く、しかし明確に区切る。


そして——


変わっていく景色の中で。


風が強くなる。


その流れの中で、カエデの声だけが静かに芯を通す。

(……ですが、状況を知らずに動くのは、最も危険です)


それは確認というより、すでに共有されている前提をなぞるような響きだった。

(それはこれまでと同様、里としての方針であり——

 泰黎たいれい国と周辺諸国との関係を含めた決まりでもあります)


リンの冷静な視点が、重なるように差し込む。

(……名分は魔族討伐。同時に、周辺の動きの把握も含まれている)


カエデがそれを受けて、わずかに間を置き。

(ええ……南の動きも、無視はできません)


その間にも、ジンは頭と足先、同時に意識を巡らせていた、より深く。


踏み込んだツカサの体勢が一段低くなる。

(とにかくだ、俺たちは、魔族を倒せばいいんだな!)


カエデの意識が静かに続ける。

(そう、私達がすることはひとつ......)


リンも、その言葉に、前を向き頷く。


ジンの中でも言葉が形になる。


(ひとつ......)


すると不意に、カエデの静かな一言が差し込まれる。

(そして、ジンさんは、よく気をつけるように)


静かに落とされたその一言が、意識の奥に残る。


返そうとしたジンの言葉は、口に出る前に流れに飲まれた。


そのまま四人は、楽水らくすいの門へと滑り込む。


門前の列には加わらない。そのまま、優先的に通される。呼び止める声はない。

関所は、そのまま、また上から越えた。制止の気配すら上がらない。

見えていながら、触れない。それが、この場の了解だった。

風だけが、通り過ぎた。


楽水らくすいを出る。


街の喧騒が背後へ遠ざかり、視界が開ける。

街道を行き交う人々の列、その脇を、四人は上から地へと移り、

流れに沿うように進んでいた。


遠く前方に、重く構えた影。


心念しねんでのやりとりだ。


意識の内側で、カエデの声が静かに届く。

(あれが、襄桜じょうおうの関所。ここから先は、泰黎たいれい楽水らくすいのようには通れませんので、定められた流れに従います」


その言葉に、ツカサの軽く息を弾ませる気配が混じる。

「おう、そうだな!」


短く合わせるように、リンの意識も頷く。

(うん)


少し遅れて、ジンの緊張を含んだ返答。

(はい!)


——


襄桜じょうおうの関所。  


ジンの思考は少しまとっていなかった。

だが、確かに何かを感じている。


(ここまで、壁の連続......なぜ、どこから、なんのために.......

 自分に対して、何に対してっ......)


街道の先、視界を塞ぐように石造りの構えが立ち上がっている。

分厚い壁面は風雨に削られながらも鈍く重く、

その中央には、人の出入りを制限するための門が、低く抑えるように口を開けていた。


視界の端には詰め所が連なり、

小窓の奥からは、出入りを測るような視線が絶えず向けられている。


その手前では、数人の役人と槍を持った兵がそれぞれの持ち場に立ち、

声を上げる者、書付を受け取る者、奥へ合図を送る者と、動きは分かれているが無駄はない。


足元の石は踏み固められ、幾度も往来を重ねた痕が、淡く道筋を刻んでいる。


その中を——荷を引く者、荷車を押す者、顔を伏せて進む者。

様々な人間が、言葉少なに列を作り、順番を待っていた。

ざわめきはある。だが、どこか抑えられている。


不用意に声を張ることを、誰もが避けている空気。

門の前に立つ役人達だけが、はっきりとした声を持っていた。


その視線が、列の先から順に流れてくる——


だがその流れとは別に、四人は足を止めることなく、門前へと進み出る。

人の列に紛れることもなく、まっすぐに、確認を受ける位置へ。


次の瞬間、声が飛ぶ。


「おい、ちゃんと並べ。順だ」


鋭く、遮るように。

同時に、脇の兵がわずかに前へ出る。進路を塞ぐ位置。

逃がさず、押しもしない距離。  


その圧の中で——

一歩前に出たカエデの動きだけが、乱れない。


迷いなく、手形を差し出す。


泰黎たいれいの里より参りました。こちらが手形です」


役人の視線が、わずかに変わる。


差し出された紙と、カエデの所作。


一瞬の間のあと、手形が受け取られる。


「……」


紙面と、顔。

もう一度、紙面。


横で構えていた兵の力が、わずかに抜ける。

「……人数、四」

別の役人が短く書き付ける。

記録は、その場で残される。


「目的は」


「魔族討伐の依頼により、入域いたします」


一瞬だけ、空気が止まる。


列の後ろから、視線が刺さる。


——並ばずに通った。


その事が、静かな波紋のようにわずかに広がる。


役人は無言のまま、奥へと顎を引いた。

内側の詰め所へ、合図が送られる。


少しして、返る。


「通行許可は出ている。——ただし」


顔を上げたまま、言葉だけが落ちた。


「中では指示に従え。勝手な行動は許さない」


手形が返される。


「……通れ」


先ほどとは違う声色。

四人の前から、道が開く。

背後では、わずかに空気が軋む。


列に並ぶ者たちの視線だけが、しばらく残った。


門が、開かれている。


そのまま四人は襄桜じょうおうの関所を抜け、門へと導かれる。

高く構えられた門の影が落ちる中、そこに設けられた詰め所で足を止めることになった。


外のざわめきが一段引いた空間。


わずかな静寂の中で、意識だけが静かに広がる。


やがて——足音。


重くも軽くもない、一定の調子。


視線を上げるまでもなく、この場の位置が一段変わったのがわかる。


「ああ、お前達が、泰黎たいれいの者か」

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