ネスク対ミレド
投稿します。
「いっち、に~、さん、し~!」
準備運動をしながら体を解していく。
この一ヶ月、魔物との戦闘は何度もした。
だが、ミレドとの試合は久し振りである。
――確か、ドルイドの里での朝練が最後の筈だ。
それ以降は全くしていない。
「ネスク、おぬし本当にやるのか?その腕で‥‥。」
「ん~?大丈夫だろう、少し位は‥‥。」
ネスクの両腕には包帯が巻かれている。それは呪いを抑える事もそうだが、魔法をある程度まで使えるようにする為でもある。
「さて‥‥」
地面に転がした木刀を拾う。
「ここからは真剣に、だ。ミレド、あの時の決着を付けよう。」
「‥‥‥‥」
木刀を構えると雰囲気が様変わりする。
二人の空気がビリビリと肌を刺すような鋭くて痛い空気に変わり森中が静まり返った。
一ヶ月前であれば迷わず魔力を纏っていただろう。だけど、
「すぅ‥‥‥‥ふんっ!!」
間が空いた状態で上段から木刀を振るう。
地面に触れる目前まで振った。
ブゥン!!
空気が振動した。
「っ!?」
咄嗟にミレドがガードの体勢に入る。空気の重い一撃がミレドを襲った。そのあまりの威力で元いた場所より後方へと退けられた。
****
(何じゃ、今のは‥‥)
確実に魔法ではない。かといって、剣技というわけでもなさそうだ。
―――ほんの一瞬、ネスクの気迫が何倍にも増した。
その気迫で思わず防御の体勢を取ったらわけの分からない攻撃で弾かれた。
両手が未だに痺れている。
「やっぱ、ミレドに通じないか‥‥。なら、」
ネスクが動き始めた。
「前みたいに打ち合うだけ‥‥!!」
踏み込んで来る。
今度は下段からの切り上げ。
なら、こちらは!
身を後ろへ少し退く。
ネスクの剣が引いた場所を通過する。下から上へ切り上げる。
―――避けられたのは予想通りなのだろう。
そのままの勢いで間合いを詰めながら、切り上げた剣を次は上から下へと切り返す。
「ここっ!」
切り返しの一撃を木刀で防御しつつ、受け流す。受け流した剣が自身の剣身に添って流れていく。根元から剣先へ。
剣の腹を越えた所で少し力を加えてネスクの方へ弾く。
―――崩れた体勢。
もうこうなれば詰みである。
後はこちらの一撃を打てば終わり。
―――お前は本当にその一撃を打ち込むのか?
心の中で別の自分が声を掛けて来る。
打ち込む。これは試合なのだ。打たねば勝てない。
―――あの時のように。目の前の男に打ち込むのか?そして、また殺すのか?
光に呑まれるネスク。その後、光が収まると跡形も無く吹き飛ばされたその光景。
まるで昨日のように思い出す。
自身の手にネスクの血が付着する幻覚に襲われる。
その度に気が何度も狂いそうになる。
****
ミレドの木刀が自身の腹へと迫る。
普通であればこの崩れた体勢から立て直す事は、不可能だろうな。だが、
―――あらかじめ、対策をしていれば別だ。
弾かれた右手。その逆、左手の指をぎゅっと握る。右手に『力』が働く。
「まだまだ!!」
「むっ!?」
右手に握られていた筈の木刀。その木刀が左手に握られていた。
左手でミレドの木刀を受ける。
大きく崩れた体勢で左足を地面に穿つ。
体を左方向へ捻る。
受けた左に建て直した右手を添えて上方向へそのまま振り上げる。
木刀が弧を描いて上空へ飛んで行く。
武器を失ったミレドの喉元に木刀を当てた。
「俺の『勝ち』だ!!」
カランッ!と少し離れた所に木刀が落下した。
試合の終わりを告げる音。
◇◆◇◆◇
「‥‥負けた。ネスクに‥‥負けたのじゃ。」
試合が終わり木刀をミレドから外すとぺたりと座り込んだ。よっぽど、負けた事がショックだったのかその呟きを繰り返す。
何というか今日のミレドはいつもの鋭さという物が無かった。と思う。
そう感じるのも、強さでいうと、
いつもとそう変わらない。
しかし、動作が微々たる物なのだが、少し遅かった。その上、『読み』が浅かった。
決め手になった≪左手からの攻撃≫も、
いつも通りの『読み』ならしっかりと対策は可能だった。
―――手品のような最後の左手への移動は至ってシンプル。
まず、開始直後に両手で上段の構えをした時に"例の"魔力の糸を仕込んでおく。
そして、はっとトリックの容量で右手が相手から見えなくなった時。今回でいうと、ミレドに弾かれた時だ。
左手の糸を張って左手へと誘導して握り締める。ネタを明かせば簡単な仕掛けだ。
「‥‥何か悩みでもあるのか?」
「‥‥‥‥。」
ミレドの背中と合わせるようにネスクが片足を立てて座る。俯いたミレドは何も語らない。
―――それは話したくない事なのだろう。
踏み行った結果、彼女の心を傷付けるような真似はしたくない。
「話したくないなら、無理にとは言わねえ。だけど、これだけは言わせてくれ。」
「‥‥‥‥何じゃ。」
「‥‥俺はもう死なねぇ。」
空を仰ぐ。赤く染まる綺麗な空。枯れた木葉が風に乗って飛んで行く。
「【契約】しても良い。俺はもう死なねぇ」
「‥‥はっ、そんなものあるもんか‥‥。
人の体は脆い。ちょっとした事で直ぐにぽっくりと逝く……。」
「‥‥だろうな。」
人間の体には、他の種族のように硬い表皮も。強靭な足も。長い年月を生きられるだけの細胞も無い。百年もすれば、今いる人間達は全員この世にいない。
「けど、一つ忘れてるぞ。俺は‥‥普通の人とはもう‥‥‥違う。」
空から自身の両手へと視線を向ける。両手の包帯がそれを物語っている。
そう、再び甦ったあの時、
俺は『人』としては一度死んだ。
―――だけど、別の存在として、同時に甦った。
大切な者を護る存在として。
この一ヶ月ずっと考えていた。
人をやめた俺は何で、再び、この世界に戻ったのか。それは、至って簡単な所にあったのだ。
―――ポーア、クーシェ、ネモ、ペーレ。それからミレド。
沢山出来た俺の大切な者。
――この者達を護る為に此処にいる。
「それが俺の見つけた答えだ。」
「では‥‥‥‥【契約】しよう。」
「ああ!【契約】」
全身に楔のような形をした光が纏わり付く。
『汝、この契約を交わすか?』
「‥‥YES」
ミレドの問に答えると手首に輪っかが現れる。
『汝、我らの傍を片時も離れないか?』
「‥‥YES」
輪っかが二つに増える。
『汝、‥‥我らより先に‥‥その命を落とす事を禁じるか?』
「‥‥YES」
更に輪っかが増える。
契約が終わる毎にミレドの顔が険しくなっていく。
「‥‥汝、‥‥妾を‥‥一生幸せにする事を誓うか?」
「‥‥‥‥YES」
手首の輪っかと全身を縛った鎖が一瞬にして光となって消え去った。これで【契約】成立。
これより、これを破った際は死より恐ろしい目に合う。それは、死んだ後も有効だと言う。
「泣くな‥‥ミレド。」
「ううっ。‥‥泣いて‥‥おらぬ、グスッ。目に‥‥砂が入った‥‥だけじゃ‥‥グスッ。」
それを一般に泣いているというのだが‥‥。
今はそんなツッコミは無粋だ。今は彼女が収まるまでこうしていよう。
背中に寄りかかったまま、夕焼け空を眺める。
肌寒くなった風が今はどこか心地良い風に感じる。
ミレドとネスク。
今話で二人の話はここまで。
【契約】。何だか結婚式みたいですねww(話を書き終えて思うと)
次回からはまた別の話です!!