癒えぬ傷(トラウマ)
二話目が書き終えたので投稿します。
今回はミレド視点です。
「嫌‥‥やめるの、じゃ」
目の前に大きな背が見える。自分は地べたに倒れ、背中には黒くドロドロとした魔力が体の細胞を侵食して壊死させようと広がる。
―――ああ、この光景はかつて起きた現実。
生々しい光景が映像を再生するように再び目の前で起こる。
黒く禍々しい波動が迫る。
『お前は子どもだ。だから、お前を守る事が俺の役目。お前と会った時の約束。‥‥今ここで!』
片腕を失った男が自分を背後に残った方の腕を広げる。
『それは貴方だけの約束ではありませんよ。
"私達"ですよ。レイブ‥‥』
銀色の髪の女性が折れた杖の片端を使い魔法を発動させる。本当であれば髪と同じ銀色の目が開いている。だが、その眼は二度と開くことは無い。
目が開く代わりに目から血の涙を溢す。
こぼれ落ちた血が地面に浮かんだ魔法陣に触れた瞬間、魔法による現象が発現する。
地面がぼこぼこと盛り上がり丘へと姿を変える。そしてその頂上。レイブとジルのいる場所に真っ白な石で作られた碑石が作られた。
平坦な場所が盛り上がった事で迫る邪龍の咆哮からミレドの体が死角となる。
『我が名はジル。世界の理を守護する者。
―――この名、この体、この魂。
【全て捧げ願う。】
我が<友龍>、ミレドグラルの盾となり
【邪悪なる者を退けよ】
我が最期の願い!聞き届けよ!禁書庫!!!』
黒の波動に二人が呑み込まれる。
ガチャ
扉の鍵が外れるような音がした。
やめろ!!!!
虚しいミレドの声が反響してそこでプツリと途切れ夢から覚める。
****
「あああ!!‥‥はあ、はあ、はあ。」
額には汗。身体中にもびっしょりと。汗でベタつく。友人二人を失ったのはもう大昔の話。
―――過ぎ去った過去。
だけど、リアルな悪夢として甦る。
毎日、この悪夢を何度も。何度も何度も。
「ミレド様大丈夫、ですか?うなされていたようですが‥‥。」
「‥‥クーシェか。うむ、大事無い。迷惑かけたのう。おぬしはもう休め。」
そろりと遠慮がちに扉が開いてクーシェの顔がひょっこりと顔を見せる。いつも着ている服ではなく薄いピンクの肌着のよい寝巻き。彼女の可愛らしさを引き立てるように自分が用意した。
「あまり、無理なさらないで下さいね。ミレド様程長くは生きておりませんが、困った事があるのでしたら私でも相談には乗れますから。」
「‥‥クーシェは優しいのう。本当に困ったら相談しよう。‥‥‥本当に、何でもないのじゃ。」
クーシェがしばらく心配そうな顔をしてから部屋を出ていった。そして、間が空くことなく、隣の部屋が開いて閉じる音がした。自分の部屋へと戻ったのだろう。
ネスクが作った窓を開ける。湿気の無い涼しい風が窓を開けると入ってくる。
―――夏の面影は見る影も無い。
既に秋の月の下旬。あの日からまだ一か月しか経っていないのだ。そう、ネスクを一度失って、再び取り戻した日から……。
「‥‥‥‥。」
この悪夢を見始めたのも一ヶ月前。
気にしてないようでいて自分の中ではまだ引きずっているのだ。あの日の事を……。
全身を巡る血がネスクを失ったあの時、一瞬で冷えていく感覚。そして、自らの手で葬った罪悪感で頭の中が真っ白になったのだ。
****
隣でネスクが作業をしている。この光景を見るのは久方ぶりだ。――隣に大事な人がいる。
それだけで幸せだ。こんな日がいつまでも続ければと願ってしまう。
「‥‥ふう。」
ネスクが額に浮かんだ汗を拭う。
作業を全て終えた。
作業前には無かった暖炉と釜。
人が冬に過ごす際に使う小道具が設置され、より一段と生活感を感じるようになった。
「ネスク、おぬし。冬籠りの時くらいこっちで過ごさぬか?」
ふと考えていた事が声として出てしまった。
これは、自分の願い。今の現実では無理な願い。
一ヶ月前の騒動で連れてきた子達は少し落ち着いと思う。だけど、まだ一ヶ月。
彼女達の症状を考えるとまだ時間が必要だと思う。
「いや、俺は東の小屋で……。」
当然、ネスクの回答もそうだろう。
今日も前回ネスクのいる小屋に行った時に作業の内容を教えられ、時期、彼女達の事などの事を事細かく事前に考えた上での決行なのだ。
だけど、冬に突入すれば……。
会いに行く機会が一段と減る。
そして、今の自分は‥‥。
――あの悪夢をまた毎日見続ける。
そう考えてしまい立ち上がろうとするネスクの服の端をぎゅっと意識せずに掴んでいた。
「おぬしがアヤツらの事を考えてくれておる事は重々承知しておる。じゃが、もう少し、妾達の事も考えてくれぬか?」
本年が自然と言葉に出る。
彼の瞳を見つめて真っ直ぐ。彼の瞳は、暗い闇のように真っ黒。だけど、嫌な黒。ではなく、黒に艶のような物があり、まるで鏡のように綺麗。
今の自分の目はどうだろう。悪夢に疲れて淀んでいるのではなかろうか。
「‥‥悪い。今のは忘れてくれ‥‥。」
自分のワガママに付き合わせる訳には行かない。彼には彼の意思がある。彼の意思を無視して行動する。それはあってはならない。
彼を自分のワガママで。
―――ここに縛り付けたくない。
無意識に握った手を服から外す。
自然と合わせた目を外す。
―――みっともない。
今の自分はどんなにみっともなくみえるだろうか。
「‥‥ミレド、久しぶりに手合わせしよう!」
ミレドも癒え切れてない傷を抱えています。今までは面に出ていないだけでありましたが、ネスクの死を目の当たりにした(自身の手で行った)事でその傷が悪夢という形でミレドを蝕んでいます。
次回は再びネスク視点です。