冬支度
話は聖域へ戻ります。
「私は『カレンドゥラ・オキナス』と申します。この命はあなた様に救われた物。どうかこの命、ポーア様の為に使う事をお許し下さい。」
「え?―――え?」
目の前の光景でポーアが戸惑っている。それもその筈だ。何せ、お兄さんの仕送りで訪れた者達の内の一人が突然跪きそう言ったのだ。
突然過ぎて話が見えなさすぎる。
「あ、頭を上げてください。お願いします!」
「はっ!!」
キリッとしたような動きは流石、国の兵士だ。
――恐らく、女性だと思う。
兵士に配備される鎧を着ているため、分かりにくい。体格も女性のような細さが見えず、かと言って、男性のような筋肉質なようにも見えない。どちらにも見える『中性』だ。
髪はドルイドの特徴である緑の髪を後ろで一つに結わえている。所謂、<ポニーテール>だ。
線の細い眉に綺麗な赤い瞳が印象的、美青年とも美少女とも取れそうな程の美しさを秘めている。
この世界は非常に綺麗な顔立ちの人が多いように思える。
「すいません‥‥。―――申し訳ありませんが、
一つずつ確認させて下さい。
あの、わたくしがカレンドゥラ様をお救いしたというのは‥‥」
「何とぞカレンとお呼び下さい。ポーア様。」
「‥‥では、カレン様と。」
「はい。‥‥私があなた様に救われたのは、"地下非常通路の戦闘"の時です。」
―――ああ、思い出した。
あの時は目の前の事に集中していた為、気がそちらへ行かなかったが、魔力の感じでなんとなく朧気だが覚えている。
変な骸骨の巨大なヤツを倒した時か。
‥‥そういや、黒服の奴にトドメを刺されそうな女の人を助けたな。
「あの際の!こちらこそ。
時間を稼いで頂き、ありがとうございました。
ですが、あなた様の傷は直したのはわたくしではありません。
こちらのネス様、そしてあちらの‥‥ミレド様がカレン様をお救いしたのです!!」
「ほえ?」
ポーアが横にいる俺を手で指した後、口の中いっぱいに食べ物を放り込んだミレドを手で指す。そんなミレドは気の抜けた(どこから出したのか分からない)声が漏れた。
まるで巣籠もりをする前のハムスターのようである。
「そうでしたか。‥‥ですが、この命はポーア様に救われたも同然!
ポーア様がこちらの御仁とミレドグラル様をお連れ下されなければ私はあの地下でこの命を失っておりました!
どうか私をここに!!」
「‥‥どうしましょう、ネス様‥‥。」
いや、そこで俺に振られても困りモノなのだが?
なぜかは分からないが俺へと熱い視線が集まる。別に俺はここの管理をしている訳ではないのだが‥‥。
「‥‥ポーアはどうしたいんだ?」
「‥‥‥‥私の身分は既に『追放者』となっております。姫ではありません。わたくし個人としてはこの先、危険が沢山、降りかかるやもしれない所に他国の者達を‥‥わたくしの都合で巻き込む訳にはまいりません。」
顎に手を当て渋るポーア。"元"になったとはいえ、自国民だった者達を想っての事なのだろう。
だが、それは彼等の為にはならない。
「なら、こうしよう。『ミレドの弟子として彼女を置く。』という事で。」
「ネス様!?」
ポーアの意見をひっくり返したような意見をした為、予想通りの、ポーアの驚きが飛び出る。
「確かにコイツを置いて怪我されてはその責任はこちらに来るかもな。だけど、怪我程度で問題となるようではこの先、その貧弱な兵士どもの国の将来が心配だな。敵国から攻められたら一瞬で‥‥」
ネスクが両手を打つ。
―――パァン!!―――と綺麗な破裂音が響いた。
「こうなるだけだ。ポーア、人を想う事も大事だけど、国を想えば‥‥って事も視野におくべきだと思うよ。そら、ポーアが決めろ。」
投げられたボールをキャッチして投げ返す。こういうのはポーアが決めた方が良い。後にも先にもその方が目の前の者達にとってはそちらの方が納得出来る。
「私もネスク様に賛成です!色んな人と接する事があの子達の治療にも繋がると思います。今のままでは、あの子達、怯えたままだと思います。」
クーシェのいう『あの子達』とは、恐らくナザラから受けた心傷を癒す為に連れてきた子達の事を指すのだろう。今も家の窓から複数の怯えたような視線を感じる。――それはクーシェも気付いているだろう。
「‥‥分かりました。カレン様を聖域に置きましょう。」
「ありがとうございます!ポーア様!!」
カレンが今までの固い表情から喜びが滲み出た表情をする。
「これは決定事項です!これからはわたくしの前で改まった体勢はせず、自然体でお願いします……。先程も申した通り、わたくしは姫ではありませんので。」
「はい!!これから宜しくお願いします!
ポーア様!」
ポーアが差し出した手をカレンが握って体を起こす。そして、微笑みかけたポーアに釣られて自然とカレンの表情が柔らかくなった気がする。他の後ろの者達にもポーアがどうするか聞くが即答で国へと戻ると答えた。
団長からの指示なのだろうか。
足並みを揃えて来た道をそそくさと帰っていった。‥‥‥‥魔法で送ってあげようかと思ったのだが。
「ミレドもいいよな?」
護衛の者達を見送った後、一応ここの主のミレドに確認を取る。といっても、もう護衛はいってしまった為、その返答は確定している。
「何人増えようが大差ない。空き地は幾らでもあるからのう。」
食べカスを頬にいっぱい引っ付けて二つ返事でOKが出た。クーシェの良い稽古相手になるのではなかろうか。
彼女、確かに男性と比べると筋肉はそれほど無い。しかし、それなりの使い手だと思う。
―――足の動きが常に右を意識した動きをしている。
そして、携えている剣も右。いつでも斬りかかれるように訓練されているのだ。その習慣が一つ一つの動作から滲み出ている。
「さて、ネスクよ。作業に戻るぞ!
休憩も終わった事じゃ、ささっと用事を済ませようぞ!!」
考え込んでいたネスクの襟首を掴んでミレドがずるずると引き摺りながら内の中に入っていく。
そう、いつもは連れてきた子達の為に近寄らないネスクが此処にいるのは『釜』と『暖炉』を作るためだ。
中へ連れて行かれる家には高らかと積み上げられた石造りの煙突が既に出来上がっていた。
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キッチンに石を積み上げて、
合成魔法【繋ぐ土】で隙間無く密閉した中が空洞の『釜』を作り上げる。底にはミレドが組み上げた魔結晶の<火>を込めた物を入れて魔結晶の上部分に薄く伸ばした鉄板を填めて完成である。
「こんな感じで良いのか?ネスクよ。」
ミレドに【繋ぐ土】を使ってもらっている。
「ああ。後は乾かせてからこれを填めて終わりだ。」
あと、十分もすれば乾き切るだろう。
暖炉の方は四角に切ったした石を積み上げてその下に魔結晶を填めた。後は魔力を込めて薪を入れれば機能するだろう。
クーシェやポーアは二階で他の子達の世話でもしているのだろう。カレンはまあ、ポーアに付いている筈だ。
「‥‥ふう。」
作業を終えて大粒の汗を拭う。夏は過ぎても体を動かして作業すると自然に汗が出る。
今は秋の月下旬。もうすぐ、本格的な冬がやって来る。
この世界にやって来て初めての冬だ。
こちらの冬は寒いのだろうか。
雪が降るのだろうか。
雪が降って積もるのであれば、色々しよう。
雪だるま作りに、ミレド達と雪合戦。
鎌倉に、そうだな。雪を積もって、雪ソリも楽しそうだ。
なんだか、思考が子どもの思考になった気がする。前世の俺は17。子どもの年齢ではないのだが、体に吊られているのだろうか……。
「ネスク、おぬし。冬籠りの時くらいこっちで過ごさぬか?」
物思いに耽っていると、不意にミレドの声が掛けられた。
「いや、俺は東の小屋で……。」
「おぬしがアヤツらの事を考えてくれておる事は重々承知しておる。じゃが、もう少し、妾達の事も考えてくれぬか?」
立ち上がろうとしたネスクの服の端を皺が出来る程ぎゅっとミレドが握り締める。そして、ミレドの目と目がピタリと合う。
その目は真剣その物。一見、黄金に輝く澄んだ瞳をしているように見える。だけど、どこか影を落としているように感じた。
いよいよ、冬到来!!
この世界の冬はそれなりに厳しい季節。
雪は降る。その天候も変わりやすく、ひどい日になると吹雪になったりもします。
その内、コタツの話も作ってみたい物です。