The world moves
今回は『クロ』の話です。
長くなるのも申し訳ないので、本編どうぞ。
人が寝静まった屋敷の一室。
使用人の気配すら無くなった部屋で一人の人物が外の様子が伺える窓から月を愛でながら、ワインを開けて傾けている。しわしわの手でワイングラスを持ち、椅子に深く腰掛ける。
―――誰もが深い眠りに誘われたこんな時間までグラスに入ったワインを一口飲み誰かを待つ。
部屋の空気がドロッとした粘り気のある空気へと変わった。
「戻ったか‥‥クロ。
報告を聞こう。」
その部屋の片隅の影が物理的に有り得ないように膨らんでそこから一人の小柄な人物が現れた。
「おう。きっちりと持って戻ったぜ。」
ぼろぼろの黒いローブの下から琥珀色の結晶を取り出す。淡く灯った光が内部で渦巻く。
「依頼品だ!‥‥確認しろ。」
その結晶を椅子に座る依頼人に向かって投げる。依頼人へと投げられた結晶が月の光を浴びて一際光る。投げ渡された結晶を難なくキャッチして確認する。
「これが『魔力塊の樹液』‥‥か。ふむ、伝承に伝わる通り濃厚な魔力を感じる。」
「人様をこき使いやがって‥‥!
濃すぎる魔力のせいで魔物どもがわんさかと襲ってきやがったぜ。今は俺の魔法で抑えている。だが、‥‥使うのならさっさと使え。
それをずっと持つのは止めとけ。魔物どもが過敏になってこの国に攻めてくるぞ。」
フードの奥の眼光が赤く光る。それがクロに差した月のせいか元からの物なのかは分からないがその眼は至って真面目だ。
「忠告痛み入る。だが、その心配は無用。直ぐに使う事になるから、な。‥‥で、お前に付けた他の連中はどうした?」
『魔力塊の樹液』を手の中で遊びながら、報告の続きを聞くその人物。
「聖域付近へ向かわせたが、使えない奴らばっかりだったぜ。俺に手間だけ掛けさせておいて集められた魔力は微々たる物。‥‥全く、あんな使えない奴等を付けるなよ。思わず殺っちまったじゃねえか!!」
肩を解しながらため息を付く。
「それはすまない事をした。その詫び次いでだ。‥‥報酬を倍にしておこう。」
「なら、武器を貰おう。今回の依頼で馴染みの得物が鉄屑になっちまった。詫びはそれで良い。」
「‥‥良かろう。
魔力集めの進捗はどうだ?」
クロのフードに隠れた口の端がニヤリと吊り上がる。
「バッチリだぜ!」
「‥‥素晴らしい。では、計画の実行を開始しよう。‥‥して、そちらの荷物は?」
「ん?ああ、良い物を拾ったんだ。‥‥コイツは俺の獲物だ。手出したらお前のその命、刈り取らせてもらうぜ。」
クロの背後には男が一人倒れ込んでいた。
―――それはミレドにボコられた男。
その人物は全く動かない。死体かと思えてしまいそうであるが、きちんと生きている。ミレドの攻撃のせいで気絶しているのだ。
「‥‥使えるのか?」
「さあ?だがコイツの能力はこの目で見た。
コイツはお前が寄越した奴らよりかは使える。」
「‥‥クロの目に狂いは無いと記憶してある。
よかろう。だが、それがもしも裏切るようであった時はクロ、お前の責任だ。いいな?」
「言われずとも‥‥コイツはきちんと俺が調教してやるよ。エルメスの爺さん。」
ワイングラスを机の上に置きその人物がクロと向き合う。
白髪に長い髭を携えたその人物は、ヤグラシア共和国で最も魔法に長けており、国中の人々から『大賢者』と呼ばれ尊敬される人物である。
「‥‥集めてきた魔力は『球』に入れておけ。新たな得物は出来次第届けよう。今は武器庫から仮の物を使うと良い。」
「了解、報告は以上。じゃあな!!」
クロの姿は彼の影と一体化して闇に溶け込むようにその姿を消した。もちろん、連れてきた男も一緒だ。
「‥‥さて、これから忙しくなる。
はて?クロの奴、あんなに魔力が少なかったか?―――まあいい。」
クロの魔力があまりにも少なくなっている事に疑問を抱きつつもこれからの多忙な日を思うととても小さな事に感じどうでもよくなった。
外の月を見上げると、
連なる雲に隠れる所であった。
「いよいよ、か。『勇者の召喚』」
勇者、かつて人間の国に平和をもたらせたとされる存在。『英雄』と呼ばれた者達と協力して魔王を倒した人物。最強の力を持ちあらゆる敵を葬り去ったその存在はかつて『召喚の儀』にて異世界から呼び出したと伝承ではいわれている。
平和をもたらせた勇者のその後は語られていないが元の世界に帰ったとも、この世界に残り受けた傷を癒やす為にひっそりと消え去ったとも言われているがそれはもう神のみぞ知る。誰も知らないのだ。
異世界の人間を無理やりこちらの事情に巻き込むというのは少々気が引けるがそうも言っていられないのも事実。
この数週間の内に魔族の住む国『魔国デスラム』での魔力の量が異常をきたしたと観測隊から知らせが来た。
どうやら、魔王の復活まで時間が無いという事が浮き彫りになった。今から攻めても元々、魔法素養が高い魔族には太刀打ち出来ない。
その上、大陸で最も人口、領土を誇る帝国が付いている。
他の国と連合を組んで戦うしか方法が無い。
(っ!頭痛がする。考えるのは明日にしよう。)
ずきずきする頭を抱えてエルメスは席を立ち寝室へと向かう。閉じられた部屋には暗闇が広がり影が部屋中を支配していた。
いよいよ『勇者』の存在が登場しました。
そして、動き始めた世界は様々な思惑や人々を巻き込んでいきます。
暗い話は今の所あまりしたくないので、次回は明るめの話でいきます!!