姫と臣下
「グラス!!皆さーん!!」
ポーアの透き通る声が薙ぎ倒された木が広がる森の中に響き渡る。
「敵反応、なしじゃな。しかし派手に暴れたのう。」
ミレドが魔力探知をして辺り一帯を確認する。
見渡した限り、在存したあやしい魔力反応は無い。
「それは仕方ないと思います、ミレド様。あれだけの魔物がいればこうもなります。」
クーシェが邪魔な倒木を尾の炎で燃やす。
「確かにのう。餌に群がる蟻のようじゃったな。力こそ無いが、数が揃えば厄介じゃったのう。」
嘆息を溢すミレドの服は倒した魔物の返り血で真っ赤に染まっている。戦った魔物の量を証明している。
「結局、魔物を作り出すあの力の正体分かりませんでしたね。」
「うむ、じゃな。でもまあ、ロクな力じゃなかろう。」
「‥‥‥‥そうですね。」
「グラス!!‥‥‥‥全く。一体何処まで飛ばされたのでしょうか。」
二人が会話する傍らでグラス達の安否を気にするポーア。更地となったこの場で一時の休憩を取りつつ周囲の警戒は欠かさない。
既に神器<盾>が解除されたため、ポーアの胸元には神器の琥珀色をした石が輝く。そして、髪や瞳は元の若葉色へと戻っている。服もロープのような長いロングスカートから元の薄緑の動きやすい服に戻った。
「姫様!!」
声が聞こえた方に振り向く。
そこには、グラスが他の兵士を引き連れて帰って来た。
全員砂ぼこりまみれで汚れているが無事のようだ。蔓で縛られた敵兵がぞろぞろと連なって連行されて来る。この中には、叔父、ナザラの姿もある。泡を吹いて気絶しているのか、グラスに担がれて酒樽のように肩に持ち上げられている。
「ポーア!!避けるのじゃ!!」
まるでスローモーションのように動きがゆっくりと動く。一気に総毛立ち青ざめるグラスや兵士の顔、慌てたミレド様の声が響く。
振り向くと、影から人のような形をしたモノが短刀を持ち上げて襲ってくる姿が目に入る。
咄嗟の事すぎて、遅れたテンポで体がのけ反ろうと精一杯動かすが、間に合わない。
「ぐう!!!」
クーシェの尾だけがギリギリ間に入る。
しかし、易々と炎の尾がその刃で切り裂かれた。
再度切り裂こうと刃を構えて迫るが、再び尾が遮り追撃を許さない。その間に魔力を込めて、神器を強制発動させる。
錫杖になった杖で殴り懸かる。黒いソレはひょいと杖を避けて蹴りをいれようとするが、攻撃は通らない。
「ん?」
見えない壁のようなモノが蹴りを受け止める。驚きの声を溢したその人物は再び蹴りを入れる。
バリンというガラスが砕ける音と共に壁が崩れ去った。
そして、短刀を振るう。
紫炎が発せられその風圧で軽々と吹き飛ばされる。
「きゃああっ!」
「姫様!!」
グラスがナザラを地面に放り出してポーアを受け止めた。
「【鋭爪・戦鎚】!!」
構え下ろした突然の襲撃者に戦槌を持ち上げて飛び掛かる。襲撃者が退くと地面を砕く。
「目的は果たした‥‥。」
退いた襲撃者の影から見たことのある物が現れてそれを掴む。髑髏の奥の瞳が怪しく光る。
「神木の根!貴様の目的はそれか!!」
ミレドが戦槌を構えて走り出す。そして、間合いに入った瞬間に力の限り横に振り払う。
しかし、空を切るだけで当たった感覚は1ミリも無い。空振りに終わった。
「くっ!!どこ行きおった!!」
「‥‥駄目です、完全に消えました。」
クーシェの探知網にも引っ掛からないとなるとお手上げだ。
「姫様無事ですか?」
「‥‥ええ、ありがとうグラス。貴方も無事ですか?」
「はい、何ともありません。あ、この傷は関係ありません。ちょっとそこらで転んでしまっただけですから。」
「転んだだけではこんな血まみれになる筈がありません!!いいですから。傷、見せなさい!」
そう言いポーアが傷だらけのグラスの腕を診る。かすり傷が多数、そこから少しずつ血が溢れて流れ出る血の量が多くなっている。
小川が大河に合流して水量が多くなるような。
「【白炎】」
グラスの腕がクーシェの白い炎に包まれた。傷だらけだった腕が治っていく。傷口が炎に焼かれると血が止まり、そして傷口の皮膚が再生。
「おお、腕が。傷口が!すげぇ」
「ありがとうございます!クーシェ様!!」
「いえ、これぐらい‥‥‥‥!
他に傷付いた方はいらっしゃいますか?」
「あ、俺もお願いします!!」
「俺も!団長だけずるいです!」
「俺も足を打撲して‥‥‥‥!」
「俺も!」「俺も!」「俺も!」
クーシェの呼び掛けでぞろぞろと負傷人が現れる。
「クーシェ様!不肖ながら手伝います!」
「はい!流石に私一人では荷が重すぎますのでお願いします!!」
二人で分担して、それぞれの回復魔法を掛けて行く。
「「「「ありがとうございました!!」」」」
怪我した兵士全員に回復魔法を掛けると、
全員が声を合わせて気迫のある声と一緒に、見事な頭の下げ方をした。
「い、いえ。大したことはしておりませんので‥‥‥‥。」
「クーシェ様の言う通りです。頭を上げて下さい。」
回復魔法を掛けた張本人達であるクーシェとポーアはその気迫とお辞儀に困惑。ポーアは両手を前に出して手を振る。クーシェは尻尾をブオンッブオンと激しい音を立ててまるで竜巻のように揺らす。
「おぬしら、そろそろ行くぞ!このままでは先に進めぬし、クーシェが更地をキレイに掃除しかねないぞ。」
既に何も無くなっているこの場所。そこに箒のようにクーシェの尻尾が掃く事で、残っていた残骸がキレイに吹き飛んで整地される。
この場所を新しい住居にでも改築するつもりなのだろうか。
「そうですね。行きましょう!
あの、影のような人も気になりますがそれよりも、先に‥‥‥‥」
「ネスク様、ですよね。」
「うむ、感じた魔力からして、クロと呼ばれておった輩で間違い無いのじゃが、あやつはネスクが相手しておった筈じゃ。‥‥‥‥急ごう」
◇◆◇◆◇
胸騒ぎが止まらない。先程からモヤモヤして治まらない。
「わたくしが【ЩЖЙ(エキザカム)】を使います。少しお待ち下さい!」
ポーアが魔法陣を地面に書く。ドルイドの言葉の魔法陣。円を書き、この中に魔法発動に必要な文字を組み立てる。そこに指を少し切り血を一滴垂らす。
「【ЩЖЙ(エキザカム)】」
呼称を言うと、魔法陣が光出す。
「ミレド様、クーシェ様、わたくし。まずは、この三人で先に飛びます。グラス、貴方達はここで待機していて下さい。」
「姫様、ダメです!俺達が先に行きます!
まだ伏兵が何処に潜んでいるかも分かりません。」
グラスがポーアに詰め寄り説得しようと試みるも、ポーアは首を縦に振らない。
「では、グラス、部下の皆様。命令です!
この場に残り、今回の騒動を引き起こした叔父、ナザラとその他を見張りなさい。
はっきり申し上げますと、叔父様達は邪魔以外の何者でもありません。いざという際に守りながらの戦いですとこちらが不利になり得ます。ですので、ここは二手に別れます!
ここに残り、見張り兼、守る側。そして、ネスク様を迎えに行く側。」
「うむ、確かに邪魔がおっては力も半減じゃな。」
「はい、そうですね。ここは、ポーア様の提案が最善かと。」
クーシェとミレドの後押しのお蔭か、やる気に満ちていた部下の兵士も引き下がる。
「よろしいですか、グラス。」
「‥‥‥‥‥‥ああ!
たくっ、‥‥‥‥分かりました。
俺達はこの場で待機します。確かにこの豪華なメンツでは邪魔にしかならなそうですから‥‥。」
クーシェ、ポーア、ミレド。グラスが国一つを軽く捻り潰してしまいそうなメンツを見渡した。
「ですが、これだけは言わせて下さい。
‥‥‥‥絶対、ヤバそうなら戻って来て下さい。」
「‥‥‥‥ふふっ、
相変わらず心配性ですね、グラス。分かりました。危険過ぎると判断した際は直ぐに戻ります!」
ぶっきらぼうなグラスの顔が少し緩む。
姫と臣下、というより、娘と心配性の父親のような二人。
「行くぞ、ポーア。」
「はい!」
水を差すようで申し訳ないが、今は急ぎたい。早くネスクのいる所に行きたい。精霊の二人、ネモとペーレの事も気掛かりだ。精霊だから、多少の事ではビクともしないと思うが、それでももしもの事がある。
「ミレド様。‥‥‥‥姫様の事、宜しくお願いします。」
「‥‥‥‥当たり前じゃ。」
グラスに返答して魔法陣をくぐる。続いてポーア、そして最後にクーシェ。炎で巨大化したクーシェが入る大きさに魔法陣が自動調整する。
「グラス!彼女達の事もお願いします!」
光に包まれる間際にポーアが追加でもう一つ、頼み事をした。グラスが返事を返す前に、【ЩЖЙ(エキザカム)】が発動して一瞬で景色が切り替わった。
****
「‥‥‥‥たくっ、人使いが荒い姫様だ。」
ポーア様の頼み事を聞き終えた所で光が包んで一瞬で消えた。返事を返す暇も無く頼み事の一方通行である。
「お前ら!聞いた通り。
この場で夜営の準備しろ!もうすぐ日も暮れる!」
部下に号令を飛ばしながら、自らも夜営をする準備を始める。すっかり開けたこの場では太陽の位置が確認出来る。
西の空に沈みかけの太陽が、そして、東の空には薄く見える月が一つ浮かんでいる。
夕暮れ時の今、夜になるまでにはそう遠くない。
焚き火を起こして、食物を探したりとやる事は
多い。幸い人手は足りている。そう時間が掛からずとも夜営の支度は終わる。
「団長!!」
呼ばれた方に振り向く。
「おお、トーバか!
お前ら無事だったんだな!!」
トーバと残り二人。体を張って【束縛するは我らの力】を使いサポートした部下達の無事の姿に喜びが湧き出てくる。
あれだけの広範囲な被害。トーバ達のいた場所も吹き飛んだ筈で心配だった。
「はい、ポーア様が張ってくださった守りの魔法のお蔭でこうしてピンピンしてます!!」
顔色も戻っている。魔力も回復したようだ。
「‥‥そちらが姫様の言っていた……。」
トーバ達の背後には少女達がいる。生気の無い全てに絶望仕切った瞳がトーバの後ろから覗く。此方が喋る言動一つ一つでビクッと体を震わせて縮こまる。
種族はバラバラ。だけど、その中にはエルフ族の少女も混じっている。
「団長、俺達に手伝う事はありますか?」
「ん?ああ、そうだな。トーバ、お前は彼女達の傍にいろ。見たところお前の方が彼女達も安心するだろう。お前ら二人には少し用事を頼みたい。」
トーバに視線を送った後、トーバが少女達を引き連れて更地の中心へと向かう。既に焚き火が出来ている。
「お前ら一度町に戻って報告してこい。状況説明、あー、あと、住民を数名連れてこい。特に女性をな。」