白い花園が咲いた時
いつもより遅い時間になりましたが更新します。
冷えた風が森の合間を駆け抜ける。
夏の夕方だというのに、背筋がぞくぞくして寒気が止まらない。
目の前の四方から迫る脅威とは別だ。
九つの首がそれぞれの牙を立て襲い掛かるヒュドラ、でも、前方から槍や剣、弓を構える敵兵でもない。ヒュドラの首の動きが止まっている。
「姫様‥‥?」
振り返ると、炎のように真っ赤な花がドルイドの象徴たる『羽衣蔦』から咲いている。紫に染まった髪が揺れる。そして、緑の葉っぱが不自然にポーアの周りを回る。
その発生源であるポーア様から感じる。魔力がすり変わるように唐突にポーア様の魔力の質が変わった。先程の暖かな日差しのような魔力から降りしきる雨のように冷たい魔力。
「グラス‥‥‥‥いえ、団長。
向かってくる兵を御願いします。」
ひらりとスカートを翻して背後から迫るヒュドラの方へと向き直る。声音を聞いた瞬間、ピリピリと肌を指すような痛みが走る。
「声に、魔力が?」
声の空気が振動する音波に乗り、魔力がポーアから漏れ出ている。
神器<盾>は今までに、『声』に表すことで魔法の現象を起こしてきた。だが、それはポーアの意思によって成されていたこと。魔力が普段の声に流れる事などは、今までに無かった。
ヒュドラが最も魔力の高いポーアを狙い打つ。
人口的に作られた魔物でもその性質は変わらない。グラスが思わず飛び出す。
九つの内の二つの頭がその巨大な口を開く。
木々を縫うように動き、ポーアを喰らう為に迫る。
「侮られたモノですね、たかが二つ。それだけではわたくしを仕留められるとでも思ったのですか?」
ポーアが右手を上げて親指と中指を合わせる。
そして、
パッチン!!
―――――森に指をスナップした音が鳴る。
「「「えっ?」」」
グラスも他の兵士も。駆け寄ろうとした者、そして敵兵までもその場にいた全員がその光景を見て驚愕し固まる。
音が鳴った後、ガタンと地響きを鳴らして地面に落下。そして、少しの間、痙攣したようにビクビク動いた後に完全に動きを停止させる。
「なっ、おい、貴様!!い、一体何をしただニか!!」
耳障りな叔父様のキャンキャンと怒鳴り散らす声が耳に届く。
先程まで牙を剥いて食い掛からんと襲って来たヒュドラの頭が二つ。目と鼻の先に転がっている。そして、着れ落ちた断面から大量のヒュドラの血が噴水のように溢れ出る。
残った七つの頭が痛みに堪えかねて、襲い掛かる事を中断して暴れ狂う。どうやら、痛覚は共有しているようだ。
「‥‥‥‥騒がしいです。
『少し、黙っててくれませんか?』」
ポーアの冷たい声が発せられると共に、大量の蔦植物が暴れまわるヒュドラの首を抑え、口を縛り付ける。抵抗するもなすすべなく、捕らわれて身動きが取れなくなる。
「グラス?」
「えっ、はい!!姫様!」
唐突にポーアに呼ばれ、少し間を開けて答える。
「叔父様は出来れば生け捕りにお願いします!
コレについてまだ確認しなければなりませんので‥‥!」
振り返ったポーアがニコリと笑う。いつもの暖かな笑顔だ。でも、飛び散ったヒュドラの血が頬についてとても不気味に見える。
「まさか、魔法の行使前に一瞬で終わるとは思いませんでした。」
ポーアが右手を再び振り上げる。ギチギチと細胞が千切れるような音を立てて締め上げる蔦植物の引っ張る力が増していく。
あと数回程、力を込めれば全ての首が千切れるというところで異変が生じる。
切り飛ばした首の断面に黒い煙が発生した後に何かが此方に向かって飛び出す。
「【蕾の盾】」
風船のようにふわりとした花の蕾の盾が自分を包み込む。衝撃の後に盾が消滅して消える。
盾が崩れ去り視界が見え始めた光景で先程の衝撃の正体を知る。
「‥‥‥‥やはり、簡単には行かなそうですね。」
驚いた顔をせず、ヒュドラを見つめるポーア。
ポーアが切り落としたヒュドラの首が二つ。紫の霧状の物質を口から吐く姿がそこにある。
吐いた霧状の物質に触れた分厚く強固な蔦が溶ける。そこにヒュドラの七つの頭が力を入れることで易々と引き千切れてしまう。
「グヒヒヒッ!!驚かすなだニ。
貴様らはいずれコイツに食われるだニ!!
魔力がある限りコイツは再生を繰り返すだニ。
貴様らの魔力は有限、だが、コイツの核は『神木の根』を使っているだニ。尽きるその時までせいぜい足掻けば良いだニ、グヒヒヒヒ、グヒヒヒッ!!」
「叔父様‥‥!!」
『神木様の根』を魔物の核に使う。それだけでも神木様、"ヒサカキ様"への無礼千万万死に値する。
ヒサカキ様は人々をお守り下さるために自らの魔力の一部を戴いている。それを本来の使い方と逸脱した使い方をしてはいけない。
世界の秩序を乱し、最悪の場合は、『世界の理』にも触れ兼ねない。―――――あってはならない事だ。
「‥‥けど、これで理解できました。ヒサカキ様がわたくしにこの力を授けて下さった理由が!」
胸元の神器<盾>に触れる。
触れた神器<盾>が光出す。光と共に神器の形が変わる。細長く棒状の物へと。
光が収まると右手にポーアの背丈程ある杖が収まっていた。深緑の宝玉が錫杖部分に収まり、そこに二つの蔓が螺旋を描いて装飾されている。
「螺旋状の盾」
コツンと杖先を地面に軽く叩く。目に見えないポーアだけが感じ取れる魔力の波紋が広がる。
全ての人の"根源"が目に透けて見える。
様々な色の花を咲かせて彩る。赤、青、黄、緑、紫、白など様々だ。だけど、罪を犯した者にはその花は咲かない。茶色く花が枯れてもう咲くことはきっと無い。叔父様の花は、枯れた花どころか既にその花すら見えない。
「‥‥‥‥見えた。」
向き直ってヒュドラを確認すると、見える。
魔物だから、見えないのかと思ったが見える。淡く光る球が九つ。そして、そこに繋がった魔力の糸の先に大きく、黒く、染まった魔力が一つ。
恐らく、これが魔力の核だ。汚された事で黒く染まり切っている。
ヒュドラが九ヶ所全ての口から毒の霧を放射する。排除対象とみなされたようだ。
その動きがゆっくりとした動きで見える。常軌を逸した感覚になっているせいだろう。皆の動きが手に取るように分かる。
駆け寄り守ろうとするグラスと部下である兵士達、魔法を使い結界を張ろうと画策する敵兵士、愉悦の笑みを浮かべる叔父様。
‥‥‥‥このまま殴り飛ばそうかしら。
「【Й∫ΣЁ∬фΞΨ(バルサミナ)】」
コツンと杖を再び軽く叩く。
それぞれの吐かれたその吐息と交わる位置、九ヶ所に魔法が現れる。そして、爆発が発生して吐息を散り散りに爆散させる。
「なっ!!」
後ろで驚くグラスの声が聞こえる。
再びもう一回、杖で叩く。
木々がざわざわとざわ付く。自分の魔力が周りの木々に浸透していく感覚が伝わって来る。
浸透した魔力を通じて膨大なエネルギーが逆流する。減った魔力分が満ちる。
「【чёрЫйФ(リールキボシンス)】」
沸き起こる力を感じながら魔法を発動させる。自分の一部のようにスムーズに魔力が回り発動出来る。
そして、辺り一面が花で覆われる。
花の咲く時期でも無いにも関わらずに花が咲き乱れる。
状況を理解していない者達はその光景に戸惑う。
「い、い、い、一体何だニ?何をしただニ!?」
白い絨毯が敷かれたかのように花で足元が覆い尽くされる。
ヒュドラの頭が動きを見せるその長い首を巧みに動かして後ろへ回り背後から牙を立てて襲い掛かる。
再び左手でスナップすると頭が再度切り落とす。それを皮切りに他の頭が一斉に動く。
四つの頭が一斉に牙を剥き出しにして襲い掛かり残った四つが吐息をする。
「【ёЫЙЁЯξ(ヘリアンテス)】」
杖を二回コンコンと地面に叩く。四方向から全ての頭を縦に切り裂くと同時に、切り裂かれた頭から大きな向日葵の花が四つ咲く。
無限に等しい魔力を吸い上げて魔力充填が瞬時に完了する。そして、吐息を放とうとする他の頭四つ目掛けて発射する。
ヒュドラも毒の吐息を放つ。ヘリアンテスの光の光線とヒュドラの毒の吐息が空中でぶつかる。
二種類の攻撃が空中でぶつかるもあっさりとした結果に終わる。
吐息が太陽から吸収されたエネルギーによって徐々に焼かれて行く。
ヒュドラも力を強めるが押し返すことはままならない。
「【限界突破】」
ポーアが杖を回した後にコツンと地面に力強く叩き付ける。ポーアの背後に多数の向日葵の花が出現。
一斉に放射する。
四つの頭の攻撃は虚しく、その攻撃を受けて光に穿たれる。
シャアアアッ!!!
穿たれた頭とその背後の木々に穴を開けて射貫いた光線が太陽が傾く黄昏時に光り輝く。
一つの頭が復活を果たすが、八つの頭は再起不能に近い状態。四つは、向日葵の花が養分を吸い取り未だに復活できない。残りの四つは今、穿たれて時間が掛かる。
「残り一首です。さあ、どうしますか?」
ポーアがニコリと微笑む。残ったヒュドラの頭は尚も好戦敵な姿勢を取るも体は正直のようだ。恐怖のあまりに後退しようとしている。
「‥‥はっ!!今だ、お前ら!武器を構えろ!!突撃する!!!」
「おおおおおおっ!!!!」
グラスの掛け声と共に止まっていた時が動き出す。グラスが先頭を切り込み敵兵士の陣形を崩しに掛かる。未だに狼狽えを隠し切れない敵兵士達は陣形を立て直すことが出来ず、突破されて行く。
指揮の高まったグラスの部隊が圧倒的な力でねじ伏せ徐々に引き始めつつある。完全に流れが寄ったようだ。
さて、こっちもささっと片付けてしまいましょう。
杖を持って、ヒュドラに歩み寄って行く。
残ったヒュドラの頭が歩いて寄って来るポーアに再度、吐息を放つが【蕾の盾】で防御されて、毒はポーアの花によって無害に浄化される。
一歩、また一歩と近づく。
八つの内の四つが首を再生させるも再生速度が遅く、先程までであれば既に再生している時間が過ぎたというのに、まだ直っていない。
人口的に作られたとはいえ、魔物は魔物。
その事実に変わりは無く、魔物は自身と真逆の存在、『光』に弱い。
向日葵の光線は太陽の光、その光はヒュドラの再生速度を妨げる。例え、魔力が無限でも破壊された挙げ句に、再生を妨げてしまえば、その効果は意味が無い。
そして、残りの四つも未だに再生されない。養分として魔力を吸い上げられているため、再生に回せる魔力が全て養分として奪われる。
「これで"チェックメイト"です。」
昔遊んだ盤上ゲームの言葉を口にする。駒をそれぞれ一回ずつ順番に動かして敵を追い詰めて行くゲームだ。チェックメイトはそのゲームで詰みを意味する言葉。
コンと右手に持っていた深緑の宝玉の錫杖杖を鳴らす。
風が一閃した後にヒュドラの頭が崩れ去る。
落ちた頭を確認した後、
「『縛れ』」
声と共に蔦植物が絡めとり、しっかりと縛り付ける。
そして、次は三回、杖を叩く。
三回目の杖の音と共に大きな魔法陣が現れる。
填められた宝玉に淡い光が灯る。
「【нЖρξЖтй・λσπБВ(プラタヌス・オリエンス)】」
真っ赤な花だった『羽衣蔓』が再び真逆の純白の花へと変化する。
そして、淡く光っていた宝玉の光が増す。
宝玉に密集した光をヒュドラの体に向かって突き出す。宝玉が眩しく光った後にヒュドラの体に向かってその光を放射する。
光に包まれたヒュドラの体が崩れ始める。
尻尾の先から崩れて行き、胴体、各首へと広がって行く。そして、核が姿を現す。
初めて見たときの琥珀色が失われ、黒く淀んだ結晶へと変化している。
――――ここからはヒサカキ様から教えていただいた秘術の出番です。
はいっ!
いつもより長くなりましたが、一旦切らして頂きます。
劇中、説明不足な所がありますので説明させて頂きます。
【чёрЫйФ(リールキボシンス)】
とは、自身の魔力を広げて、『ドルイドの秘術』を最小の魔力で高威力の魔法へと変える魔法です。劇中では、向日葵の花を多数出現させたりしています。それはこの魔法によって通常時の魔力消費量と同じで、威力だけが倍以上に変化させてます。
長文失礼しました、
次回も読んで頂ければ励みになります。\(__)