縁<えにし>
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「お久し振りです、叔父様。お変わり無さそうでなりよりです。」
ポーアがスカートの裾を軽く持ち上げて優雅な動作で挨拶を叔父であるナザラに挨拶する。
「ふんっ、相変わらず嫌みな兄妹だ二な!
親の威光だニで、貴族でいられるモノだの二。」
悪態をつき、嫌みを言うナザラに後ろの部下達が今にも襲い掛かっていきそうである。右手を後ろに上げて制する。正直に言うと、俺自身もイラッとしている。
姫様やディル様がどれ程の苦労をされているかも知らずに、
―――やれ、平民だ。貴族だ。と、身分でしか測れない。そんな者が貴族というのであれば、女神様の怒りで焼かれてしまえば良い。
「お久し振りです。ナザラ外交閣下。
ドルイド族兵士団長、グラス・レルムルです。お日柄も宜しく存じます。‥‥‥‥所でこれはどういう事でしょうか?」
物騒な考えをしてしまった思考を引っ込める。
そして、チラリと『ヒュドラ』に目を向ける。
「何故、魔物をあなた様が使役しておられるのでしょうか?」
『ヒュドラ』は一番近くにいるナザラとその部下達には見向きもせず、九つの頭が今か今かと指示を仰ぐように「シャアアアッ!」と低くうねる。
「平民風情が、儂にその汚い口を開くなだ二!!」
次は、ポーアが右手を翳して制する。
グラスはというと、今にも襲い掛かりそうな勢いで背中の剣の柄に手を掛けている。
「では、わたくしからお伺いします。率直に申し上げます。今回の、『国家転覆及び、内乱に殉ずる騒動』。叔父様、貴殿がその主導をされたのですか?」
ポーアが淡々と述べる。その言葉には、怒りでもなく、悲しみでもない何とも言い知れない思いをグラスは感じる。
ただ、冷静に全てを見通そうという意志。
紫に変化した髪が木々を抜ける風に吹かれて揺れる。
「その煩悩な頭でも分かるように、言ってやるだ二。そうだニ、儂が主導した事だ二!!」
「……無垢なる民である彼等にその刃を向けたと?」
「ふんっ、儂を王の座に認めない輩に刃を向けて何が悪いだ二か!始めから儂を王にしていれば、誰も苦しまずにすんた物だ二を!!!」
傲慢極まり無いその上からの物言いに思わず剣の柄に手を掛けた方の手に力が入る。
他の兵士も同じである。瞳に怒りを宿し、臨戦態勢。着火寸前だ。
「……では、最後にもう一つ。テントの中にいた彼女達。叔父様、彼女達に何をされたのですか?」
優しい瞳のポーア様の目付きが鋭くなる。ナザラは気付いていないがメラメラとポーアの魔力が密かに燃えがっている。
「そんな事決まってるだ二。
――――遊んでやっただけだ二!!」
「‥‥‥‥アレを―――――"遊び"ですか。」
傷だらけの女の子達が。テントの中の檻の中の光景が頭を過る。
「そうだ二!!外で売られていたあの"玩具ども"を買ってやっただ二!グヒヒヒッ、元の場所に戻してやっただけだ二。感謝して欲しいだ二!!
グヒヒヒッ!鞭でしばけば、良い声で鳴くだニよ!全く良い買い物をしただニ!!」
醜悪極まり無い笑みを浮かべ、ナザラがペラペラと喋る。人を人としない非人道的なその内容に誰もが怒りを通り越して、ナザラに憎悪の視線を送る。
「グヒヒヒヒヒヒッ、壊れた玩具はこの『ヒュドラ』の餌となるだニ!再利用だニ!グヒヒヒヒヒヒッ、そういや貴様らを誘き寄せる餌として置いたままだっただニな!」
ナザラが手でちょいちょいと指示を出すと、ひかえて指示を待っていた兵士がナザラの前に陣形を取る。ヒュドラが四方八方から首を持ち上げて、獲物を狩る体勢に入る。
「貴様らを葬った後、たっぷり遊んでやるだニ。グヒヒヒ、グヒヒヒヒヒヒッ!!!!!」
ナザラの下卑た笑いが森を反響する。
「‥‥『人の道』を外れましたね、叔父様。」
ポーアの魔力の質が変わり始める。
羽衣のような蔦植物に咲いた花の色が白から深紅の色へと変化する。
「‥‥‥‥わたくし達。王族や貴族は、民がその存在を認めて下さるからこそ、わたくし達はその立場でいられる。民を幸せに、そして、民を守るために。
それを‥‥‥‥。」
ポーアの魔力変化と呼応するように森中の木々がざわざわと揺れ始める。
「所詮は平民の血だニ。考えもどこまでいっても平民だニな。
平民は貴族の為に尽くす物だニ!貴族が平民に何をしようと良いだニよ!!」
ヒュッと風を切る音と共に掲げていた手を振り下ろす。陣形を取っていた敵兵士が突撃を開始する。それと同時にヒュドラも襲い掛かる為に毒牙を剥いて来る。
退く道も閉ざされたこの場所で火蓋が切られる。
***
ここはどこだろう?
周りを見渡しても何もない。
只、だだっ広い空間が広がるだけだ。
記憶を思い返す。叔父の言葉を聞き終えた後、それ以降の記憶が無い。どうやら、聞き終えた後に此方に引っ張られたのだろう。
「‥‥ようやく、繋がりましたね。」
掛けられた言葉に驚いて後ろを振り返る。大きな樹の根の上に少女が一人足をバタバタさせて座っていた。
「貴方は?」
樹の根から飛び降りると、ウェーブ掛かった若葉色の髪が揺れる。そして、自分の前に着地した後、自分の周りをぐるり一回りする。
幼い顔立ちが際立つ。髪と同じ若葉色の瞳。曇りの無いその瞳に吸い込まれそうになる。
「‥‥‥‥良かったです。ネス、無事に渡してくれたようで‥‥‥‥。」
「ネス?ネス‥‥‥。ネス‥‥ネスク様?」
「はい。では、時間がありませんので、ささっと始めます。」
少女はそう言うと急に両手を絡めて来る。
二人の両手を絡ませた後、
「私は、"ヒサカキ"。神木の本体であり、貴方が使う神器<盾>でもあります。」
そう告げる。目の前の少女を凝視してしまう。
まさか、目の前に自分達の守護神である神木様がいるとは思いもしなかったからだ。
「貴方の名前を教えて下さい!」
「わ、わたくしは、ポーア・ツェリア・ペルメス。」
その時、両手から光が輝く。
「な、何?」
「ここに、縁は結ばれました。これより、貴方は私の代行。私が選んだ私の持ち主。
貴方の成すべき事に私は力を惜しみ無く尽くします。」
そして、ポーアの額にヒサカキが額をこつんと合わせる。
「私の可愛い持ち主。貴方の真っ直ぐなその気持ち、あの醜い男をギャフンと懲らしめて下さい!!」
そこで意識が現実へと、引き戻される。
それと同時に額をくっ付けたあの時、魔力と共にイメージが流れてきた。
今までに使ったことの無い伝承にも載っていないドルイドの秘術。その魔法が使用法と共に流れてきた。
次回、ポーアの力が覚醒。更なる強さで悪たる叔父を追い詰める。