狂気の影
暗い森の中で目で追えない程の速度で大きくそびえ立つ樹を縫うように2つの閃光が近づいては離れてを繰り返す。2つの閃光がぶつかる箇所では火花が放たれる。
白い閃光がネスク、黒い閃光が顔がローブで隠れしていて分からない黒装束の者である。
二人はそれぞれ刀と刀身が短い剣、ダガーを構えて振り下ろす。2つの武器がぶつかる箇所で火花が発生しているのである。
「キサマの目的はなんだ!!」
ネスクは刀を下ろしながらその者へと問い掛ける。
男はひらりとそれを避けてネスクへと高速でダガーを突き刺そうと攻撃してくる。
「言うと思ったか?俺に勝てたら教えてやるよっ!!」
首を反らしダガーの突きを避けるもネスクの頬にかすり傷が出来る。
(・・・この剣筋、こいつ...)
目の前の男の剣筋は、
『人を殺すための剣筋』だ。
「ほう、今のを避けるか。大抵な奴はこれで一撃だったんがな。ヴラムとかいう奴よりやるな。」
"ヴラム"という言葉にネスクは反応する。
「‥‥なぜ、ヴラムを知っている。」
「ほう、お前も知っているのか。
‥‥俺が何故知っているのか。それはな、」
その男から黒い何かが見えるようにネスクは感じる。そして、フードの奥の瞳が怪しく赤く光る。
まるで飢えた獣が獲物を狩った後の優越感に浸るように。
『俺が殺したからだ。』
その一言を皮切りに再びクロが切り掛かってくる。
ネスクもそれにつられて刀で防御し受け流し男へと刀を振るう。
ネスクの脳内ではパニックが起こっている。
(どういうことだ?アイツは確かに俺が殺した筈だ。)
そうこう考えているとダガーによる猛攻が更に激しくなっていく。
(くっ!考えるのは後だ。まずはコイツ集中しないと)
頭を切り替え、クロの突きをいなして、攻撃を加える。両者の攻撃と防御が光のような速さで斬り合う。
「ひゃはははは、俺がここまで斬り合ったのは初めてだぜ。ほれ、もっと本気を出してみろや!!!」
クロの狂喜に狂った笑い声が森を駆けずり回る。
「くっ、【霞み】」
激しい剣撃の嵐が全方位から連続して繰り出されている錯覚に襲われそうな程速い。
【霞み】で何とか攻撃を避けつつ防いでいるが、このままではジリ貧だ。
(くっ、このままじゃ‥‥!)
体中に軽い切り傷が徐々に増えていく。
『【泡の破裂球】』
突如何かに後ろを押される。倒れる体をひねって後ろを確認する。
巨大な水球だ。巨大な水球がいつの間にか俺とクロの凶刃の間に入っている。そして、クロがその球を引き裂くと、水球の中の水が爆発する。
『【風圧の緩衝】』
優しい風が水爆発による衝撃を弾き、倒れ掛かっている自分の体を包み込み優しく地面に立たせる。
「助かった!二人共。」
魔法を発動させたであろう人物、二人に感謝する。あのままでは確実に大きな傷を負っていた。
ミレドの訓練で多少は強かった。と思うが、俺には経験の差という分野ではまるっきり、素人。
あの男、クロは数々の死線を越えて来たという技が多々あった。
『ネスネス~。お礼は後で~!!』
『まるで手応えが無いの~。』
ネモとペーレがそう言った直後、爆発し細かな水の粒になった空気が揺れ動く。
そして、黒い影が差し迫って来る。
「っ!!」
再び【聖雷】を稼働させる。
「ひゃははははっ!!もっとだ!
お前の力はあれだけじゃね~んだろ!!!
もっと俺を楽しませろ!!!」
濃密な殺気、先程よりも速いクロの凶刃の連続攻撃が容赦なく、ネスクを追い詰める。
(くっ、コイツ更に速く‥‥!)
【聖雷】で体の反射速度を極限まで上げているというのに、この男はそれを上回りつつある。
これでは手数で押し負ける。
『【時雨の針】』
ペーレの魔法発動を感じとり、タイミングを合わせて後方へと引く。入れ替わるように針のように鋭い雨がクロに降りかかる。
「っんなの効くかよっ!!」
!!
目の前の光景に絶句する。針の雨がクロの高速の連撃に全て彼に当たる前に叩き斬られる。
だが、これで良い。
「【|聖なる光雷は邪を討つ刃なり《アストゥラピ・アポラピ・カーコ》】」
刀を振るい、空気を切り裂く。雷が空気中の大量に分散した水爆発の残留水粒を伝い、クロを直撃する。
水は電流をよく通す。
大量の水分を含んだ空気に触れたクロの体には大量の水がローブ越しとはいえ、大量に付着している。
「ああっ!あわわわわわ!!」
クロは今、極度に電流を流しやすい体となっている。何ボルトになるかはわからないが、それでも人が黒くなる位は流している。
「はああっ!!」
クロに向かって回し蹴りを横腹に叩き込む。【聖雷】による速度に加え、電流で『見えない回し蹴り』となった攻撃でクロの体を吹き飛ばし、近くの大樹の幹にめり込ます。
ローブで分からなかったが、蹴りの感覚的には俺と同じ位の体格だろう。背が低い割にがっしりとした筋肉質。かなり鍛えられていた。
『やった~?』
『やったよね~!』
「おいっ!フラグを立てるんじゃねえ!!」
視線をクロがめり込んだ木へ。
やはり、フラグだったようだ。
「おー、痛えー‥‥。」
めきめきと大樹の破片がぼろぼろとクロから崩れ落ちる。
「っ‥‥。」
―――言葉が出ない。
化物じみたタフさに加えて、怪力の暗殺者。
クロの強さは、完全に人という種の限界を越えている。と思う。
「‥‥‥‥今のは効いた‥‥。へへっ、舐めて掛かった俺が油断した。………次は油断しない。さあ、準備運動ももう終わりだ‥‥‥‥。」
回りの空気が変化する。全ての音が消えた。
そして、チリチリと肌を焼くような痛みが全身に広がる。クロが肩を回し、体をバキバキと音を鳴らせる。
ここからは一つの読み違いで『死』に直結する。刀を構える手の汗が止まらない。
「【影縛り】」
「っ!これは‥‥‥‥!?」
『う、うご、けない~!』
『ん~!!』
体がピクリとも動かせない。ネモとペーレも同様。濃密な殺気と一緒に魔法の発動を確認した。
体中が鎖のような物が影の中に繋がれている。これがクロの魔法。強固な鎖が体の自由を奪う。纏った【聖雷】の雷もこれには通用しないようだ。精霊である二人も同様に鎖に拘束されジタバタしているが、動けない。
「【影は心臓を穿つ槍】」
『ネスネス~!!』
『ネス~!!』
これは、――――何だ。
じわりと、胸辺りの服が赤く染まっていく。異物が胸の中心から飛び出ている。
そして、後から体を激痛が駆け巡る。
背後でぐしゃりと引き抜くような感覚の後にドピュッと赤い液体が自分から飛び出る。
(ああ、これ、自分の血か‥‥‥‥。)
頭がクラっとした後、体が地面に崩れる。遠くで二人の悲鳴に似た叫び声が聞こえる。地面が流れる血で赤く染まっていく。真ん中にぽっかりと空いた穴を早く塞がないと。
‥‥‥‥ダメ、だ。意識が………。
意識が暗転する。
『主の生命危機を確認。敵生命体を感知、これより、<第一禁扉>を強制起動致します。』
ネスクの意識を失った後にソフィアの声が頭の中に鳴り響く。吹雪を思わせる程、いつも以上の冷徹な声音が静かに響く。そして、開きかけていた扉が開く。