その血に刻まれた名は‥‥
大地が焼けて大きな木々が一瞬で燃える。熱気に包まれた大気で肺が焼けそうである。
無尽蔵に湧き出るスケルトンと亡霊がクレーターの中心目掛けてゆったり、ゆったりと強烈な魔力の魅力に掛かったように、炎の獣と化したクーシェに向かって進んでいく。
しかし、一定の線を越えた所で炎に焼かれて(空を自由に動く亡霊も例外なく)消滅する。
物理攻撃が効かない筈の亡霊が炎に焼かれて消滅する。
―――この世に地獄があるのならば、まるで地獄の業火に焼かれているかのようだ。
大樹の幹を支えにしながら、体を起こす。出血した内臓も治ったようだ。普通の人間ならば、まず動けない所だ。それぐらいの激痛であった。
この体で命を宿して下さった想像主、女神セレネ様に感謝しかない。
「‥‥さて、呆けておられぬ。【纏・雷】!」
頬っぺたをひっぱたくいて、魔力を全身に流す。ビリッと電気が走り、体を包む。
そして、キイ――ンッ!という甲高い音と共に一気に最大火力へと至る。黄色の電流が白く変わり、ネスクの【聖雷】と同じ現象へと変化させる。
「【鋭爪】!!」
両手の雷が龍の鉤爪を模した籠手となり、顕現する。見惚れてしまう程美しい白い籠手。通常の【鋭爪】より何倍も威力が増した籠手を構える。更に魔力を消費する。雷で髪が逆立つ。
髪が針のように鋭く伸びる。そのまま駆け出し、クーシェの前までに立ちはだかり、地面から這い出てくるスケルトンを刈り取っていく。
―――クーシェのアレは、恐らく暴走状態。
昔、一度だけ戦場で見たことがある。
とある若者が危機に陥った仲間を救うべく無理矢利魔力を使おうとして自分自身が魔力に呑まれ暴れ狂う獣のような姿へと変わり敵味方関係なく襲い出した。
その時は、先代守護者のジルと勇者レイブの二人係りで対処したため何とかなったが、暴走状態となったその者は二度と魔法の行使が出来なくなった。
「早く止めなくてはマズイ‥‥‥‥!!」
両手の鉤爪が交差する。
光が走った後、スケルトンと亡霊の混合軍勢がバラバラに砕ける。一直線に開けた道を全力で駆ける。
強大な力には、大きな代償を、
――――世界が定めた理には逆らえない。現に禁忌魔法を使用したネスク自身も髪の色を引き換えにしている。『守護者』、世界の秩序を守り、触れてはならない物を監督する者。ネスクは『守護者』に選ばれたため髪の毛だけで済んだが、他の者がすれば命に関わる。暴走状態のクーシェは間違いなく禁忌魔法と同じ脅威の筈だ。それは、感じる魔力で分かる。
赤灼の光が頭一つ横を通過して飛ぶ。髪の毛が少しチリチリと燃えた。背後で爆発が起こった瞬間に、スケルトンが骨諸とも溶けて無くなっている。背後に向いていた目を前方のクーシェに向ける。三本の尾の穂先から赤黒い玉のような物が出来ている。さっきの攻撃はあれようだ。
強過ぎる力にはそれ相応の代償が伴う。早く止めなければクーシェの命に関わってくる。
額に大きな汗が流れる。いつものクーシェとは桁違いな強さをこの獣は示した。さっきの光線も速すぎて反応できなかった。
「くっ、しょうがない、か‥‥‥‥。」
絶え間無い赤灼の光線を避け、捌ける物は両手の籠手で捌く。
「限定解除【光麟翼】!!」
背中から生えた光で編まれた翼を羽ばたかせて空へと舞い上がる。自分へ放たれた光線が木々に直撃して燃え溶かされる。
大樹に隠されたいた日差しが森の中を優しく照らす。太陽を背景に炎の獣となったクーシェを見下ろす。
「限定解除【龍の囁き】」
『聞こえておるか、クーシェ‥‥。
心を強く保て‥‥。魔に呑まれるな!』
クーシェの頭に直接語りかける。
ワオォォォォォーーーン!!!
呼応するかのように遠吠えのような声を上げた後に、赤灼の光線が一斉放射してくる。
「はあっ!」
空気中の光の粒子を集めて片手を迫り来る光線に向ける。光線が光の壁となった粒子とぶつかると壁を弾くように後方へと流れて行った。
再び放とうと赤色に浮かぶ球に魔力を集中させている隙を付いてクーシェ目掛けて滑空を開始。
あと、少し。ほんの少しで手が‥‥‥‥。
超高速でクーシェに近付き手を伸ばせば届きそうな距離まで詰めたその時、再びあの高熱の光線が放たれてしまう。
「『分散』!!!」
光の翼がミレドの掛け声と共にミレドの前に形状を変える。光線は放たれる筈であった起動を大きく変えて上空へと打ち上げられる。
「ぐっ‥‥。」
翼を盾代わりにしたため、ゼロ距離からの攻撃はある程度は防げたが、それでもダメージが左手に残る。威力が威力だけに左手が焼けるように痛む。だが、今が好機。
地面に飛び降りると同時に前方で隙だらけな体勢の炎の獣に伸ばせる右手を纏う炎に突っ込む。
手が炎に焼かれて今にも朽ちそうだ。だが、自身の『癒す』力が焼かれた皮膚を瞬時に回復させて癒す。
焼かれては、治して、焼かれては、治して。
こんなに何度も壊しては、癒すを繰り返せば、腕の細胞が破壊されるかもしれない可能性もある。でも、そんな事は、今は些細な事だ。
大切な家族であり、初めて出来た友達。の命に比べれば何て事無い。
滅 ボ セ 、 全 テ ヲ 破 壊 シ テ 、
ソ ノ 血 ニ 刻 メ 。 我 等 ガ 宿 願 ヲ
これはクーシェの中に流れる何かなのであろうか。触れた事で自分の頭に流れ込んで来た。これが、原因でクーシェの暴走を引き起こしたという事だろうか。
「かつての老いぼれ共が‥‥‥‥!」
この声の正体は知っている。知らぬ筈がない。
こんな想いが流れてしまうのは、クーシェの『血脈』にある。だが、これが流れてしまったという事は彼女の覚醒も時期早々という事だ。
『誰か‥‥助けて‥‥。』
これはクーシェの想い。
自分の力をコントロールしようと必死な想いが触れた手から流れてくる。
スゥーと大きく息を吸い込んで、
『やかましい!引っ込んでおれ!
そして二度と出てくるでない!!今を生きる者を、
―――死した貴様らが縛るでない!!』
怒鳴り声と共に大量の魔力を言葉に乗せてぶちまける。
『我が名は[聖龍・ミレドグラル]。
貴様らの血にも刻まれている筈じゃ!!
女神・セレネ様が申し子!!
しかと、刻み直すがよいわ!!』
怨念に似たその声はミレドの一喝を最後に聞こえなくなり、クーシェの中からも感じる事は無くなった。
「‥‥‥‥おっと」
炎の獣は鎮火されて、炎に包まれていたクーシェの体が解放される。クーシェをキャッチして地べたに寝かせる。
やはり、と言っていいのであろうか。全身が火傷のような状態。皮膚が爛れて、このままでは危険だ。聖エネルギーを集中させた魔力をクーシェの体にある程度流す。流し過ぎれば今のクーシェの体では体が持たない。クーシェの中で光が彼女の体を徐々に癒していく。
光の籠手を出現させて何もない空間へ光の衝撃波を飛ばす。衝撃波が再び、何かと衝突した後に消えて無くなる。
「かくれんぼもここまでじゃ。」
瞬間にミレドの姿が地面から消える。
そして、大樹の枝が大きな音を立てて砕け散る。
「ぐはっ!!」
地面にクレーターを作り、例の男が落下する。