結界の崩壊
ポーアが魔法を行使したせいなのか。大樹の根がうねうねと大蛇のようにうねり出す。
結構な距離を離れている筈。……なのだが、ここまで魔法の影響が来ているのだからつくづく、神器の凄さを実感させられる。これでは、援護ではなくポーア
一人で"殲滅"してしまうのではなかろうか。
『ネスネス~、やる~?』
『ネス~、やろう~!』
さて、俺達もぐずぐずせずに行動開始!
目を瞑り、自身の魔力へと意識を集中する。……集中、集中。心臓、そして、更に深く、深く。
―――心臓の奥、魔力の根源へ。
ヘヴラ戦で気絶した時、
自身が無意識下で行ったように自分自身と向き合う。
瞼の裏には肯定する自分と否定する自分が写る。
自身の肯定と否定の狭間に僅かな光を見る。それを掴み取る。
これは"可能性"。最大限出来る事だ。
それを掴むと、手の平から体全体へと伝わって行く。
魔力満ちる時、―――体から溢れる水粒となりて、空気を濡らす。
「‥‥‥‥よし!行くぞ!」
両手を自身の前で広げたまま合わせる。手と手の間に両手程の水球が出来上がる。
「【愛雨の魔】」
両手の水球を大樹で隠された天に掲げる。水球から細かな水粒となって噴水のように打ち上げられる。そして、優しい雨となって樹木に降り注がれる。
『そ~れ!【風が大地を駆ける】』
『いっくよ~♪【慈愛の雨が大地を潤す】』
ペーレが自身の体に泡を生み出す。ふぅーと吹き掛けると、小さい泡となって分散する。
ネモの小さな体躯から力強い風が吹く。俺の作り上げた雨とペーレの作った泡を遠くへと運んでいく。流石は上級精霊。難易度の高い事をいとも簡単にこなす。
今まで見てきた下級生精霊。精霊達も運んでくれる。ネモの風と一緒に翔んでいく。
『『我が子達よ。我らの思いを叶えよ。』』
いつものふわふわしたペーレとネモの言葉がその立場らしい口調へと変わる。
『ぱーん!!』
無数の生み出した泡がペーレの声と共に一気に破裂する。泡が破裂し、中に仕込んで貰っていた細かい水の粒が樹木の合間に満たされる。
雨と泡による細粒で北全域に霧の領域を作り出す。―――これが今回の作戦の1つ。
「クー!!」
次はクーシェの出番。
雨と細粒の水が立ち込める中で全感覚を研ぎ澄ませる。両手足の皮膚、耳、鼻。目を閉じてあらゆる事象を見逃さない。
ネスク様が作った雨の音が木々を濡らす音。水気と血が混ざり合ったような嫌な匂いもする。
その匂いで嫌な記憶が脳裏を過る。血塗れの知り合いの人達、そして、兄様。
かけがえの無い者が私の傍から消えた。
その光景を見ていない筈なのに目の前で見ていたかのように鮮明に浮かんで来る。これを夢に見ると、いつも震えが止まらない。
でも、今は。部屋の片隅で踞って震えている訳には行かない。ただ泣いている訳にもいかない。きちんと受け止めて前へ進む!!
色んな音でまるで今起こっている事が手に取るように分かる。ポーア様の援護を気に、反撃へと切り替わる兵士の人達の勇猛な雄叫び声と徐々に退く敵兵士の鼓動の音まで聞こえる。
そして、その後方。雨が降りしきる中に異質な物を感じる。まるで、最初からそこに無くあらゆる物を弾いている異物。
「‥‥‥‥見つけました、ミレド様!!」
「【結界無効】。うむ、待っておった!準備済みじゃ!クーシェ、位置は?」
「こちらから北西2.5km、巨大樹の先の藪の中です!!」
上空へと既に翔んだミレドに声を掛ける。ミレドは、クーシェの指示通りの方角に狙いを定める。
白色の翼と透き通る翼膜を羽ばたかせ、上空へと舞い上がったミレドの両手には角錐の透明な形の中に光を宿した【結界無効】の魔法が出来ている。
ミレドの猫目のような細い瞳孔が開きソレを捉える。
「全く、手こずらせてくれたモノじゃ!ここまで完璧に隠された結界を見るのは何百年かのう?
じゃが、ここまでじゃ!!」
角錐の【結界無効】が解き放たれる。螺旋を描いて突き進み今まで見えなかった結界にぶつかり相殺する。
ガラスが割れるようなガシャンッという音と共に崩壊してキレイサッパリに消え去る。
「【長距離探知】」
魔力反応で真っ赤に染まった中、円で囲んだように一部分だけが白いまま。これが壊した結界だろう。その中の中心に赤い点が幾つもある。
魔力で生み出したこの領域は当然、結界がはじき返す。
この状況を作り出す為にはどうしても他の仲間の力が必要だった。
『やった~!』『いえ~い!』
先程までの威厳溢れる口調は何処へやら。と言ったように砕けた口調に変わっているネモとペーレが頭の上でちょこちょこと動き回る。
その時、寒気に襲われて咄嗟に、ネモとペーレを庇いながら刀を抜く。
刀に何かがぶつかる衝撃と共に火花が散る。攻撃を受け切ると同時に後方に下がって体勢を立て直そうとするも、息ピッタリのように攻めてこんで来る。影のように黒く蠢くソレを捉える。
「【凍てつく槍】」
氷の柱、いや槍が俺と影のようなソレの間に割って入る。上空にいたミレドの援護だ。
その攻撃を受けてソレは俺と距離を空ける。
「‥‥‥‥へえ。今までの奴よりやるね。」
黒い―――ソレ。いや、『人』が武器を構え直す。
ダガーのように刀身が短い武器。
「始めの攻撃で仕留めきれないなんて、初めてだよ。」
咄嗟に殺気に気が付いたから良かったがコイツ。気配も魔力も全く気付かなかった。ミレドの援護がなければ危うかった。
「先走るな、クロ。」
目の前の黒い服を着た正体不明の背後の影からスッと現れる。この男、あの時の‥‥‥‥。
「また合間見えるとはのう。つくづく、懲りぬと見える。」
上空から降りて来たミレドが俺の隣に着陸する。
『びっくり~!』『だね~!』
ネモとペーレは殺されかけたというのに、相変わらずな口調。
「クロ‥‥‥‥。ポーア様が仰っていた者の名前ですね‥‥。気を付けて下さい。」
此処に来る前、情報を擦り合わせるために話していた時にポーアが言っていた。コイツがその。
刀を構え直して向き合う。先程から寒気が止まらない。体がコイツと戦う事を避けたがっているようだ‥‥。