熊が暴れ作戦決行
「ここが正念場だ!!お前ら!!斬り込め!!」
斬りかかって来る敵兵士を薙ぎ倒しながら一喝入れる。携帯食を食べたとはいえ、昨日の夜から一夜明け、今は恐らく昼下がりだろうか。
日差しが差し込まない広大な樹木が立ち並ぶ森の中、あちこちで剣と剣がぶつかる音が鳴り響く。
「団長!!未だに敵本拠の発見出来ません!!」
「伏兵により、西部が陥落寸前!ご指示を!」
こちらにとっては不利な情報が飛び込む。
しかし、ミレド様の特訓を受けた影響か彼らの士気は未だに衰えていない。
「西部の部隊は直ちに退かせ、東部に回してある人員を西部と合流!!探知部隊はそのまま探索網を維持しつつ西部へ支援をさせろ!!」
「はっ!!」
部下に指示を飛ばして、そのまま己自身も正面に群がる敵六人とぶつかる。
俺専用の巨大な剣を構える。魔力を通して六人分の力がわき上がって来る。俺の型『倍加の型』だ。その力を込めて地を蹴り六人の背後へと回り込む。
まずは二人の首に腕を回して剣を持ったまま、ダブルラリアット!!その勢いで左手側にいる二人に向けて剣を勢いよく投げる!常人では受ける事も、持つ事も厳しい剣が勢いを付けて二人へ飛んでいく。
ぐはっ!という悲痛な声と共にその二人が剣と共に後ろに吹き飛ばされる。投げた際の隙を付いて兵士の残りの内の一人が斬りかかってくる。
「遅い遅い!!こんな腰の入っていない剣、坊主の足元にも及ばん!!」
ひらりと降られた剣を横に避けて振るった剣と腕ごと蹴り上げる。その兵士は勢いよく上に打ち上げ、そして落ちて来る。
「人を喰らい栄養とする者、彼の者を喰らい汝の欲する欲望を喰らい尽くさん【人食い植物】」
無数の牙を携えた人食い植物が迫る。
手に繋がった鎖を勢いよく引っ張り回転の力を加えて回す。鎖に繋がった巨大な剣に遠心力が加わり、人食い植物を縦一文字に切り裂く。
「ば、化け物!!」
【人食い植物】を放った敵兵士が腰を抜かして座り込む。
「俺を化け物呼ばわりとはみる目が無いんだ、
よっ!」
打ち上げられた兵士に向かって拳を振り下ろす。水平に方向を変えて吹っ飛び、魔法を放った男を巻き込んで樹木にめり込む。
『ドルイド族の暴れ熊』、俺に付けられた戦場での名称。その荒々しい戦い方と素早い巨躯な体から何時しかそう呼ばれるようになった。
「‥‥‥‥俺より化け物染みた奴は他にいるんだよ。」
空中に飛んだ自分の剣をキャッチして背負い直す。思い当たる男、というか坊主が一人思い浮かぶ。
巨大な魔力を持ちながら異常な剣の強さ、
あの若さでありながら、俺に一撃入れた坊主。
大抵の奴は魔法を極めて剣を厳かにするか、魔法が苦手で剣を極めるかのどちらかだ。
あの坊主は今の段階でかなりヤバイ。あのまま成長すれば、それこそ龍になる勢いだ。
人が龍になるのは聞いたことがないが、龍に迫る位の強さになることはあの訓練での一試合で実感した。本人は気付いていないようであったが。
ポツンと鼻先に何かが落ちてきた。
「何だ?‥‥‥‥雨、か?」
ポツリポツリと雨が降り注いで来る。
おかしい。樹木で天を覆われたこのドルイドの森に、下層部まで届くなんて事は今までに無かった。
「うわあああああ!!」
雨に意識がいっていた所を前方へと見る。樹木の根が生き物のようにうねり出して、敵の兵士を縛り上げる。こちらの兵士には反応しない。
一瞬、ディル様の魔法か何かかと思ったが、違う。そもそも、今、ディル様は東部と南部からの敵を魔法で相手しているためこちらに割く余裕は無い。となると、残る所は妹君だけだ。
「お待たせしました。グラス団長‥‥。」
背後から透き通るようなキレイな声が聞こえて振り返る。深緑の髪の雷を靡かせて、灰色のコートを羽織り紫のロングスカート。まるで物語に登場する魔女のような格好をした少々がいた。
「ポー、ア様です、か?」
「‥‥‥‥ええ。驚きましたか?」
「はい、美しくなられて、一時、分かりませでした。」
主君の妹君、ポーア様がいた。あまりの変わりように目を奪われてしまった。
引き込まれそうになる深緑の瞳。容姿がまるでディル様とポーア様の母君であらせられる、 『ティア様』そっくりである。
「それは良かったです‥‥。」
ポーア様はそう言って微笑む。本当に微笑み方までそっくり、生き写しのようだ。
「援護します!
皆様はそのまま突き進んで下さい!!」
巨大樹の根がいとも容易く敵の包囲網を崩し去る。俺達があれだけ苦戦していた敵が力を振るっただけで戦闘不能となる。
「ははっ、こりゃ見物だな!」
呆れを通り越して思わず失笑してしまう。アリの子を散らすかのように敵兵が退いていく。
雨が強くなって来た。
ガシャンッ!!!
遠くで何かが割れる音が森の中に響き渡る。
「団長!!本拠地の特定致しました!!」
「何っ!?何処だ!!」
「北西に1㎞地点の藪の中です!!」
思わぬ吉報に心が踊る。やっとだ。
このふざけた争いを始めた、どこぞの馬鹿貴族をぶちのめす機会がやっと訪れた。
「団長………顔が完全にゴロツキの顔になっておりますよ。」
「おっと、失敬失敬。そういうポーア様は思う所がござらないのですか?」
ポーアに諌められて顔の筋肉を両手で解す。昔からの癖で、良い事があるとつい、出てしまう。
「まさかそんな‥‥!思う所が無いわけではありませんよ!民の心を不安にさせた張本人をとっちめる事が叶うのですから。フフフッ。」
そう言うポーアの顔は笑っているのに全然目が笑っていない。その顔に思わず身震いしてしまう。ポーアの父君、テル前王とは旧知の間柄、よく酒を飲み合った仲だ。
酒を飲み過ぎて泥酔したテルがティア様に怒られる顔がまさにこんな顔だった。
「ふふふふっ、ふふふふっ‥‥!」
俺は思う。将来、ポーア様の夫になる者はその尻に敷かれると。
少し時間を遡る。
昼下がりだというのに薄暗い森の中をあちこちで金属と金属がぶつかり合う音がする。恐らくグラス団長の部隊とぶつかっているのであろう。
という事は、ここが北の森『フォルン』か。
【水面鏡】で移動したは良い物のの、初めての場所でどこだか検討が付かない。
「それじゃ皆!手筈通りに!!」
「うむ!」「はい‥‥!」「はい!」
『は~い!』『あ~い!!』
未知の場所だが、予定通り。
作戦開始の合図と共に動き出す。
「まさかこのような方法で炙り出すとは、敵も思わんじゃろうな!」
ミレドを中心に光が集まる。そして、手の平に小さな魔力が形を成した小さな球体が現れる。
「はあ!」
その球体を上に掲げると球体が大きくなっていき、いつしか、球体の中に取り囲まれる。
別に息苦しいとか頭痛するとかはない。
ミレドが言うには結界の構築の基礎となる物だそうだ。
「ネスク!いつでもいけるぞ!!」
よし、後の準備は整った。
「ポーア、彼らの援護を頼む。」
「分かりました。神器<盾>を使用させて頂きます!」
「使い方は‥‥?」
「初起動で既に理解出来ております。
では、参ります!!」
ポーアが胸元のペンダントの神器<盾>を引っ張り出して握り締め、目を閉じる。
手の内が淡く光ポーアの全身を光が包む。
『意志確認。神器<盾>の姿顕現を実行します。』
声が俺の中にも届く。光が収束すると、初起動同様の変化が起きている。
深碧の髪と瞳に、紫のロングスカート。更に、森の中でも動けるような靴底がしっかりとした
皮靴。小さな蕾を宿した蔓がポーアに纏う。
最初と違う所といえば、灰のローブが追加されている。
「‥‥‥‥敵、見つけました。では、行って参ります。」
例の植物を通して目で見える魔法だろうか。静かにそう告げてポーアは再び目を開き駆け出す。