知らない事だらけ
石造りの階段を下ると、
その先は鉄格子の牢屋が所狭しと並ぶ広めの空間。
ここはあの(神木のある)洞窟の中の一角である。
非常通路もそうだが、この洞窟――――めちゃくちゃ複雑な構造になっている。
一体誰がこんな物を考えたのだろうか。
すれ違う兵士が皆、
俺の顔を見ると足を止めて振り返る。
俺って、ここではやっぱり目立つようだ。
さて、何故俺がここに来たかというと、
―――敵に関する情報を得るためだ。
朝食騒動の後、一度。
ポーアのお兄さんこと、"ディル王"に報告をするために戻った。
敵の一部隊を捕まえた事。敵が操っていた魔物の事。―――他にも色々あったが省略する。その話を(ミレドやポーアが)すると、お偉いさんは皆、唖然としていた。
口をポカーン。
と開いて、張子の虎見たいに首が上下に揺れていた。
まあ、それはどうでも良いことだ。
問題は、捕らえた敵兵をどうするかだった。
情報を引き出したあとに処分するという意見の方が多かったが、牢屋に入れて捕虜にするという意見にまとまった。
国を転覆させようとした者達。
即、斬首されても不思議ではなかったが、
――――――ポーアが珍しく強気に意見した。
例え内乱者でも、自国民でもあり、ナザラに逆らえず、加担したという者もいるのであろう。あちらは、魔王時代に手柄を立てた貴族中心だ。
という事は、自然と従わざるを得ない者も増える。その事も踏まえて情状酌量の余地はある。
『彼を知り己を知れば百戦殆からず』
昔の偉い人の言葉だ。情報は戦場において、最も重要視される。敵を知らなければ作戦の立てる事もままならない。
その事も含めてまずは『情報』だ。
幸い、(グラス)団長の部隊は精霊二人の話によれば、今も森の中で健在のようだ。しかし、敵の本拠地を発見には至っていないようだ。巧妙に結界か何かで隠しているのであろうか。
牢屋の中を見渡すと敵兵で一杯だ。捕虜は全くいない空の牢屋が多かったらしいが、今は捕虜でおしくらまんじゅう状態。
本当に全員を収監できるのであろうか。
兵士の人が慌ただしく行き来している。急に捕虜が増え忙しくなったのであろうな。
「【異次元の監獄】」
【異次元の監獄<ディメンション・プリズン>】
異空間に人(生物)を一方的に閉じ込める魔法。
閉じ込められた者は外から魔法を解除しなければ出てくる事が出来ない。直接接触するか、魔法により接触した者のみ対象となる。
現段階で使える者は、現代人の中には存在しない。
かつかつ
廊下を歩いて行くぞと、最奥の鉄格子の牢屋の前で先行していたミレドが【異次元の監獄】を解除すると空間の穴(直径1m程)から黒焦げになった生物が降ってから折り重なる。
それをミレドが回復の魔力を注ぐと黒焦げのそれが元の皮膚へと変わり、ドルイドの人になる。その人達へとミレドの後ろに待機していた数人の兵士が檻の中へと入り、世話をする。皆、ミレドの魔法で装備していた装備やらがなくなり、何も着ていない。
その人達に薄着の服を着させ、両手足に枷をはめる。
「‥‥‥‥」
俺の前世の体もあんな風に黒焦げになったのだろうか。
「‥‥‥‥ふう、やっと終わったのじゃ。」
ミレドが額に掻いた汗を拭う。ミレドの声で耽っていた思考を振り払い、アイテムポーチから手拭いを取り出して渡す。
「お疲れ。何か情報は聞けたか?」
「うぬ、全くじゃ‥‥‥‥」
肩を竦めて、「ありがとうなのじゃ」と言いミレドが手拭いを受け取る。やはり、情報はないか。
「‥‥‥‥‥‥というか、どいつもこいつも、
話が全く聞けないのじゃ。
何故なのかのう?」
本人は分かっていないようだ。
「‥‥‥‥それ、ミレドのせいだとおもうぞ。」
牢屋の中の様子を見る。まだ目を覚まさないが魘されている者、手足を震わせて端っこで縮こまっている者、半狂乱となり兵士の人に押さえ込まれている者など様々だ。
彼らには手足の枷の他に『恐怖』という名の枷が付いてように思える。というか、トラウマになっているんじゃないだろうか?
皮膚が真っ黒焦げになる程の高密度・高電圧の電気を流され死にかけたのだ。
「それはどういう意味じゃ?妾はそこまでの事をした覚えなどないのじゃが?」
これはヒドイ。本人はした事さえ、覚えられていないなんて。なんだか少しほんの少しだけ、あちらに回った兵士の人が可哀想に思えて来る。(ポーアを追い詰めた事は許さないが)
「まあ、それはいいとして、ここで得られる情報が無いようじゃから、クーシェ達の方に行くぞ!ネスク、空間を開けぇ!」
「はいはい、分かりましたよ、
ミレド様‥‥。【水面鏡】」
いいのかよと言いたいが、今は時間が惜しい。
内心で今はぐっと堪えつつ、空間魔法【水面鏡】を壁に発動させる。
自分の全体が写る楕円形の鏡となる。光が放たれると別の空間に繋がる。クーシェ達のいる神木の根がある部屋へ。
「あっ!ネスク様!ミレド!」
鏡の中へと(別の空間から空間へと)移ると、クーシェが俺達目掛けて飛び付いてくる。
流石はクーシェ。少しの変化だけで俺達に気付くとは…。でも、空間を繋げただけなのにその変化に気付けるモノなのだろうか。
「ネスク様~、ネスク様~♪」
クーシェを受け止めると体に頬擦りしてくる。
なんだか、子犬に舐め回されているみたいだ。
「して、変化はないようじゃな。ポーア」
「はい、ございません。あぁ、強いて言うのであればあちらでしょうか。」
ミレドがさらっとクーシェのダイブを俺だけにしてポーアに確認をとると、ポーアが目線だけで変化を告げる。
「これを外せ!!!この!」
『あはは、おもしろ~い♪』
『いもむし~♪あおむし~♪ミノムシ~♪』
『ふふふふっ♪』
『ははははっ♪』
目先には氷の龍に縛られ地面を転がる男、それを面白そうに見てその回りを飛び回る精霊が4人いた。
「えっ、と‥‥‥‥どう、いうこと?」
確か精霊はネモとペーレだけだった筈なのだが。確か、下級精霊はたくさんいたが目の前にいるのは、全員人型の精霊だ。
人型の精霊は上級精霊以上と聞いたがそんなほいほいと上級精霊が現れるのか。
「‥‥‥‥これは、驚きじゃ。
まさか、『眷族』を使えるとは……。」
「やはりミレド様はご存知だったのですね。」
眷族?
なんだそれ。RPGによくある使い魔、
みたいな何かか?
「ネスク様~、くすぐったいです~♪」
クーシェをモフりながら、考える。
『フフーン、すごいでしょ~』
『ネモ達は~、これでも一応~属性精霊なんだ~』
今まで遊んで楽しんでいた二人がふわふわと飛んで来る。更にわからん言葉が出てきた。
情報もそうだがわからんことばかり。
―――うん、これが終わったら、俺。
書庫の中に引きこもろう。
心の中でそっと決意する。
この世は知らないことだらけ、情報は大事。
「ネスク様~~♪」
懐のクーシェはくっついて離れない。まあ、別に良いが……。
クーシェの尻尾がゆらゆらと揺れる。まるで、満足したというかのようにゆっくりと大きく揺らす。
朝の事もありクーシェがネスクにべったり。
狼というより犬、みたいですね。まるで‥‥‥‥
さて、次回はネモとペーレの話です。