串肉
【エキザカム】による魔法の蔓植物が収まり、迷路のような非常通路から外へと切り替わる。この景色は見覚えがある。
クーシェと一緒にポーアに連れられて来たヒサカキの木がある洞窟の入口近くだ。
「無事に戻って来れたようじゃのう。」
ミレドが魔法陣の外に出て体を伸ばす。相変わらず森の木に遮られ、太陽の光は届いていないようであるが、今となってはもう慣れた。
「クーの方が気になる。行こう‥‥‥‥!」
急ぎ足で【水面鏡】を発動させてクーのいる場所に戻ろうとする。
「まあ、落ち着くのじゃ、ネスク。クーシェの容態の安定は確認しておろう。まずは広場で休憩しよう。
まだ全てが収まった訳ではなかろうし、また、何時攻めて来るかも分からぬからのう。
まずは腹ごしらえをしよう‥‥‥。」
ぐううう~と、お腹が鳴る。
ミレドに宥められ、腹がなった事で自分の体の置かれた状態に気付かされる。
―――腹の中に何も入っていないため空腹だ。
まだ朝ごはんを食べていない。
焦りが遮られた事で頭の中が冷えて冷静になる。こんな事ではダメだな。
俺は身内の事になると、どうしても頭が回らなくなるようだ。
「ふふふっ、ミレド様の言う通り、お腹をまずは満たしましょう!
わたくしもクーシェ様の容態は気になりますが、わたくし達が先に倒れては元も子もありません!―――さあ、広場に向かいましょう!!お兄様にも報告がありますし!!」
「そうじゃ!そうじゃ!腹が減っては戦も出来ぬとも申すからのう!!行くぞ、ネスク!!」
顔色が少し戻り一人で歩けるようになったポーアと腹ペコ龍のミレド。
二人に片手ずつ引かれて広場のある西へと連れて行かれる。
途中でいくつかの巨木の家がちらほらとある。ざっと見た限りでは、広場の方へは戦火は届いていないようだ。
巨木の家も無事な所が多い。ちらほらとは崩れた所が見受けられるが、全壊までとは行っていない。専門家ではないため見た目でしか、何ともいえないが壁を修復すれば住む事は可能の家ばかりのようだ。
「もうすぐそこです!」
「飯じゃ!!飯じゃ!!」
優しく微笑み掛けるポーアと口から涎を垂らすミレドに小走りで引かれる。
主人に引かれる馬のような感じであるが広場が見えてくる。
‥‥‥‥荷車に乗せられて別に売られに行くわけでは、決してない。
広場にたどり着くと住民達で溢れ返り賑やかさを取り戻している。あちこちで会話をし、子ども達が元気に走り回っている。てっきりパニックを起こしている物ばかりと考えていたが、最悪の自体にはなっていないようである。というより、これが本来の姿なのだろう。
「姫様が戻られたぞ!!」
ポーアに気づいた誰かが叫ぶ。
「姫様!!」「姫様!!」「姫様!!」
「ポーア様だ!!」「ひめさま~!!」
「妹君様!!」「姫・様~☆」
すぐ横にいたポーアの姿が住民の人達で見えなくなる。大人気のようだ。
彼女の優しさと住民を思いやるその気持ちが住民達にとっては心の拠り所となっているのであろう。王族でありながら、高圧的な態度は一切なく、親しみのあるお姫様。
ポーアへと集まる人々に押されに押され、
桃太郎の桃のように川の流れに沿って、たどり着いた所でその様子を見る。
「ふむ、はいにんひはほう。ほーあは‥‥。」
振り返るとそこにミレドが一足先にいた。その手には、焼いた肉を串に刺した料理を両手に持てるだけ持って口の中へ頬張っていた。
その串肉がまるで掃除機にでも吸われるかのように次々と、ミレドの胃の中へ入っていく。
「お前も相変わらずよく食うな。」
見ているだけで腹が膨れそうだ。実際には何も入っていないので俺も何か口に入れなければならない。
「はむ、当たり前じゃ!!アヤツらのせいで魔力を消耗したからのう!
これぐらいではまだ足りん!!
しかし美味いのう。この肉!
はむ‥‥‥‥もぐもぐ‥‥‥‥もぐもぐ
ほぬひも、ふえ!!」
ミレドが一本、その串肉を手渡して来る。
「食べるか、喋るかどっちかにしろよ‥‥‥。」
ミレドに突っ込みながら、手渡たされた串肉を一口。
「‥‥‥‥‥ん?これは‥‥‥‥。」
懐かしい味がする。
これは紛れもない‥‥‥‥、
『醤油』で作られたタレの味だ。
一噛みする毎にしっかりとした歯ごたえに溢れ出る肉汁と香ばしく焼けた醤油の甘辛なタレの味。
肉汁と極上のタレが口の中で旨味のハーモニーを奏でる。この世界にきてこれほどまでに待ち焦がれていた物は無い。
「おぬし、どうしたんじゃ?急に泣き出しおって‥‥‥‥。」
涙で視界がぼやけながら串肉、もとい俺の中ではこれは焼き鳥だ!!
口一杯にミレドと同じように頬張る。
ミレドが食べる手を止めて突然、泣き出したネスクを心配そうに見る。
「‥‥なんでもない。それよりもっとだ。
もっとくれ!!!」
頬張っていた肉を呑み込んでそう言う。
「なんだかよく分からぬが、
おぬしが良いのなら良いのじゃろう‥‥‥。
よしっ!!食うぞ、たーんとのう!!
おぬしら、もっと持ってこい!!」
ミレドが住民の一角に叫ぶ。
そこから先程の焼き鳥と同じ、香ばしい匂いが漂っている。どうやらミレドはそこから貰って来ていたようだ。
「へーい!!串!山盛り!!」
そこで頭に布を巻いたドルイドの男性が網の上で調理をしていた。まるっきり夏祭りの屋台にいるようなおっちゃんである。
上が袖の無い薄着で下は妙な事に甲冑を着たままという何とも中途半端な格好である。
「お待ちどお~!!」
焼いているその人とは別の同じ格好の人が山盛りに持った串を持ってくる。
「何しておる。おぬしも座れ!!
そして、食うのじゃ!!
本番はこれからなのじゃからな!!」
‥‥‥‥‥それ、意味が違う気がするが、今は後にしよう。ぐうううと再び腹が鳴る。一本だけでは足らないと胃が急かす。
ミレドに食い尽くされる前に自分も食べておこう。腰を地面に下ろして持ってきて貰った串肉を次々に食べていく。
「ミレド様とネスク様、楽しそうですね!!
ふふふっ、私も混ぜて下さい!!」
「?‥‥‥‥‥!?」
食べながら振り返り、驚きのあまりに喉を詰まらせる。
『はい!水だよ~!』
『みず、みず~!!』
小さな二人の精霊から水を貰う。
「うぐっ‥‥うぐっ‥‥うぐっ、ぱあ!!
びっくりした!!」
驚き過ぎて喉を詰まらせたまま、心臓が飛び出すかと本気で思った。
「ふむ?もぐ‥‥もぐ‥‥もぐ‥‥ごくん
動いてもう平気なのか?クーシェ。」
ミレドが口に入れた串肉を呑み込んで言う。
そこには倒れていたクーシェとクーシェに付けていた精霊のネモとペーレがいた。
小さな二人は水を与えた事をよく分からないが胸を張ってクーシェの回りにいる。
「はい!ご心配おかけしました!!」
クーシェが笑顔で言う。ふさふさの赤毛の尻尾がクーシェの背後で元気に揺れる。