神器と聖遺物
「種族を、守るための、力?」
それを聞いた瞬間、何か引っかかるような物を感じる。何故かと訊かれれば理由はわからないが引っ掛かる。
「ポーア、神器と聖遺物との違いが分かるかのう?」
「えっ?」
ポーアが急に問題形式で訊かれて戸惑う。
「そうですね‥‥。神器は種族の選ばれた者のみが使える武器。聖遺物は、‥‥うーん、人族の中でも優れた者のみが使う武器、でしょうか?」
ポーアは答えに悩んだ末、そう答える。
「うむ、大方その通りじゃ。両者とも優れた者が使うという部分、‥‥‥‥‥似てるじゃろう?」
「あっ、確かにそうですね。」
まだミレドの言いたい事が何なのか理解出来ない。
「つまり、どういう事だ?」
「つ・ま・り!
‥‥‥‥‥聖遺物とは、元々、神器だった武器、名を失ったその器の事を指すのじゃ!!」
「!!」
それを聞いた瞬間に始めに感じた言葉の意味が解ける。パズル式にぴったりとはまり、バラバラだったピースがピッタリと合わさる。
そして、末恐ろしい答えが導き出される。
「まさか、神器が聖遺物となった理由って‥‥‥。」
背筋から嫌な汗が出る。導いた答えであって欲しくないと心の底から思う。
しかし、次のミレドの言葉でその期待が儚く砕け散る。
「‥‥‥そう。神器が聖遺物へと変わる理由は、その種の滅亡じゃ。」
****
破壊神から力を与えられた魔王がこの世界全ての種族を呑み込もうとしていた際に、女神セレネは種族毎にそれぞれ特徴にあった『神器』と呼ばれる武器をその種族の代表に分け与えた。
ある種はその独立した魔法センスを活かせるようにその身を守る盾を。
ある種はその優れた索敵能力を活かし、遠方からでも自由自在に操れる弓を。
ある種はその強力な戦闘能力を高め、地にて、無双できる強大な炎の器を。
多種多様なそれは、その種が尽きるまで守り続ける武器である。一時も離れる事を神の名において許さず、その身を賭して種を存続させる器、その名を『神器』 。
種が尽きたその時、武器は神からの授け物、
「名」を失い、只の『器』と成り果てる。
****
ミレドからソレを聞き絶句する。
ヒサカキ達神器は、女神から思っていた以上の、過酷な運命をずっと背負わされていたことに。
「では、ヒサカキ様もわたくし達、皆が、
―――その、死んでしまえば‥‥‥‥。」
「‥‥‥そうじゃ。その通り。
【盾】の器名を失い、聖遺物、妾は『ロストネーム』と呼ぶのじゃが、ソレに変わり果てる。」
ミレドが静かにそう告げる。ポーアがハッと息を呑む音がする。
しかし、俺の中で一つの疑問が浮かぶ。
「なあ、ミレド。ソフィアは、違うのか?
ヒサカの話だと、その器名?とかいう名前を貰っていないと聞いたんだが‥‥?」
そうヒサカは確かにあの時、夢の中でソフィアは、器名を与えられていないと言っていた。
ミレドの話だと、それは聖遺物と呼ばれる物の筈なのだが、ソフィアは『特別』とも言っていた。
ということは、神器達とは違う理由で創造されたという事になるのではなかろうか。
「うむ、その話はまた今度にしよう。ほれ、直ぐそこに魔法陣じゃ。」
角を曲がった先に魔方陣が表れる。
「ポーア、立てれるか?」
背負っていたポーアを下ろして地面に立たせる。
「はい、有難う御座います……。
わたくし、重たくありませんでしたか?」
「いや、全然」
これは素である。お世辞でも何でもない。
スラッとした体格通り余分な肉が無く、女性にしては軽い方だと思う。
「そ、そうですか。‥‥‥‥‥良かった。」
最後の方はネスクに聞こえないように小さな声でぼそりと呟く。そして、頬を少し染める。
「ジー」
ミレドがジト目で二人を交互に見つめる。
「ミレド?何だ?」
何回かミレドが交互に見た後、急にそっぽを向く。そして、頬を膨らませる。
「‥‥‥別に、何でもないのじゃ。」
あっ、これは完全にご機嫌斜めモードである。
以前にも似たような事があった。
珍しく『グヮーグヮー』と呼ばれる鳥を取ってきた時だ。その鳥は滅多にお目に掛かれない代物でその肉はとろけるような歯ごたえでありながら、しっかりとした味で絶品の代物をミレドに内緒でクーシェと食べた時だ。
後にその事がバレてしばらくの間、口を聞いてくれなかった。その上、朝の訓練ではその八つ当たりを晴らすためかボコボコになるまでやらされたりと散々だった。
また、ああなるのは勘弁したい所だ。
はあーとため息をついてミレドに近づく。
「ふぇっ!?」
そして頭を撫でる。驚いたような声を上げた後、そのまま撫でられるがままとなった。
「行きますよ!!【ЩЖЙ(エキザカム)】」
ポーアの声で撫でていた手を止める。
ミレドはもっとしていて欲しそうにしているが、そこでぐっと我慢している。そして、そっぽを向くが、さっきの膨れっ面からは元に戻っている。
「女心は、わからん‥‥‥‥。」
ネスクは困惑する。二人の想いに気付くのは、
まだまだ先のようである。
そんなネスクを他所に【エキザカム】は通常運行で発動する。書かれた魔方陣が光だし、垂らした血を媒介にして蔓の植物が生まれる。
そして、景色が切り替わる。
****
「‥‥‥‥‥今、何と言っただ二?」
ナザラは、目の前のボロ雑巾のようにボロボロになって戻ってきた黒い服の男の報告を受けてその唖然とするような報告に聞き返してしまう。
「‥‥‥‥我ら、西部突入部隊、敵兵部隊と交戦、‥‥‥‥魔物の数で圧倒し、あと一歩まで追い詰める物の増援に駆けつけた敵兵二人により、魔物は殲滅され、部隊は壊滅致しました。」
ナザラはその報告を受けて青筋が額に浮かぶ。
侍らせていた獣人の女性を押し退けて台座から立ち上がる。
「ぐぬぬぬっ!!貴様っ!!よくもそんな報告をしに戻ってこれたものだ二なっ!!」
黒い服の男は頭を垂れて静かに答える。
「‥‥‥‥申し訳ございません。この命で良ければ、ナザラ様の好きなように致しませ。‥‥‥‥ですが、当初の目的の物は確保して参りました。」
怒りで燃え上がるナザラの前に懐から有る物を取り出す。琥珀色の丸い石を取り出して献上する。それは、ドルイドの少女を殴り飛ばした時に、奪っていた物だ。
ナザラは献上したそれを強引に奪い取り、かがり火にかざして確認する。
石は火に照らされた事でその琥珀色が中でキラキラと煌めく。
「ふんっ!!本物だ二な!これに免じて、その首だけは勘弁してやるだ二。だが、貴様にはもう隊の指揮は任せないだ二!!雑兵としてこき使ってやるだ二。覚悟するだ二。」
ナザラは琥珀色の石を控えていた兵士の一人に投げ渡し台座へと戻り腰を据える。
でっぷりとした腹が腰かけた事で強調される。
「‥‥‥‥温情、感謝致します。」
男は感謝の意を告げる。
正直な所、このまま殺されてもおかしくなくかった。結界崩しとして作り出した物が再起動に失敗して、それに腹を立てていた事を兵士の会話で聞いていたからだ。
『‥‥‥‥どうやら、自分の役割は果たしたようだな。』
暗闇の中から小柄な黒い服の者がヌルッと現れる。クロだ。
「貴様がクロだ二か?」
台座に座ったナザラが闇に潜むクロへ問い掛ける。
「ああ、そう。俺が"クロ"だ。」
「貴様の噂は聞いているだ二。
闇夜の死神、常世の狩人、死を告げる者。
その他多数‥‥。数多の暗殺を完遂したこの世で最強の闇人だ二な。」
闇人、その手を血に染め、夜の暗闇で仕事をする者の事を世間ではそう言う。
所謂、暗殺者だ。
その中でも世界で五本の指に数えられるのが、目の前にいるクロだ。その仕事は難攻不落の城であったとしても仕事であれば、絶対に遂行させる。
「呼び名はどうでも良いが、仕事なら受けよう。俺の目的、あー、いや、今受けている依頼も関係するからな。」
クロは声からしてまだ若い。しかし、その得体の知れない何かはその年齢とは似つかわしく無い程凶悪である。
「ならば依頼だ二。この男に代わり隊の指揮をするだ二。」
クロのその気配に気付いていないナザラが依頼する。
「‥‥‥‥いいだろう。
報酬は、‥‥‥‥その石を貰おう。」
兵士に先程投げ渡した琥珀色の石を指す。
ナザラが考える。
しばらくしてから、
「完遂したあかつきに欲しければくれてやるだ二。」
それを聞き届けたクロは再び闇の中に消える。
『‥‥‥‥その契約、忘れるな。契約を違えたその時、お前の命はこの世に無いと思え。』
その言葉に冷や汗が止まらない。まるで死神の鎌が喉元にかけらているかのようだ。
「ガキがっ!付け上がるなだ二!!」
ナザラが聞こえないように呟く。
クロの消えた暗闇にはかがり火に照らされ浮かぶ影がただ、そこにある。
シリアスな真実とちょっと甘々な展開を混ぜた話でした。子供っぽい所が見受けられるミレドですが、これはネスクだけに見せるミレドの甘えです。ポーアもポーアでネスクを意識したりと以前より、その距離は縮まりました。
あと、謎の人物"クロ"が遂に行動開始。
一夜明けた日に再び戦闘が起ころうとしている。