狂い三日月
遅くなりました。更新出来なかった分です。
<ミレド>
ワイトキングの骸が変質していく。
体の肉が全て溶け出して骨のみが具現化する。その過程で失っていた頭部が生えて来る。
目があった部分はぽっかりと窪みと成り果て、妖しい光を宿した巨大な髑髏となる。
「くっ、今宵は『狂い三日月』じゃったか!」
狂い三日月<レッド・ムーン>
魔王・デーゴンが月に掛けた呪い、
この月が昇る夜は魔物の強さが異常な強さになる。魔物の魔力が上昇し、力が通常の何倍にも膨れ上がる。その生命力も凄まじく頭を失っても体が残っている限り再生させることが可能。
「奴が動く前に!【迅雷】」
再び雷が空気を駆け抜ける。
ミレドの姿が消える。しかし、ワイトキングの大きな骨の手がミレドの小さな体を捉え平手打ちする。
「ぐっ!!」
空中へと吹きとばされてしまう。
そこに追い打ちを掛けるように左手がミレドを掴もうと伸びる。
「限定解除【光麟翼】」
伸ばされた左手が掴む。戻された手が開かれるが、そこにはミレドの姿は無い。
「【紫電一閃】」
雷がワイトキングの足の付け根を通過する。
両足の骨が砕けてバランスを崩し、地面に叩き付けて骨がバラバラになる。
「‥‥‥‥硬い、のう。
忌まわしいあの月のせい、じゃのう。」
バラバラになったワイトキングの骨が再び、
元の形へと戻る。
「まさか、この姿になる事になろうとは、じゃが、今宵は仕方がない。」
ワイトキングが倒れた体を起こしながら上空を見上げる。月の怪しい光を背後に当てられながらミレドがそこにいる。
光で編まれた大きな翼がその背中から生えている。両手にはミレドの【鋭爪】が装着されている。その姿は天使にも似ているが紛う事なき、
龍の姿の一部である。
「長引かせれば此方が不利。
‥‥‥こうなれば、一気に片付けるのみじゃ!」
ミレドの翼の羽が白く色を変える。
そして、雷が【鋭爪】に集まりバチバチと火花が散る。
翼の羽ばたきと共にミレドが宙を舞う。
両手の【鋭爪】で切り刻んでいく。
****
突然現れた骸骨の魔物とミレドが激闘を繰り広げている姿が遠くから確認出来る。ミレドから翼が生え空中を自由自在に動き魔物を翻弄している。
そして、容赦無い攻撃で魔物を削っているが、削った側からすぐに骨が再生を繰り返している。
力はミレドに分があるが、異常な再生力がミレドの力と均衡状態である。
何とか助太刀に行きたいが、ポーアを放って置くわけにもいかない。
【視認】で見た限りではかなり危険だ。
まずはその治療を行う。
「‥‥‥‥」
まずは彼女の魔力回路を引っ張り出したいが少し躊躇している。無闇に無防備な女性を触るのは良くない。
「‥‥‥‥背に腹は変えられない、か。」
魔力を込めた手でポーアの腹部に触れる。
「‥‥‥‥ん、ん」
ポーアがくすぐったそうに声を漏らす。
そのまま糸を指先に繋げて引っ張り上げる。
「んん、‥‥‥ん」
更に声を漏らす。
何故かは分からないがとても罪悪感を感じる。
頭をブンブン振って気持ちを切り替えて改めて向き合う。
破損した部分が数ヶ所。そこからポーアの回復する筈だった魔力が漏れている。
『再生』
魔力を乗せて言葉を発する。
青い色だった魔力回路が緑に切り替わり、破損した箇所を癒して行く。
そして、完全に塞がる。
「‥‥‥ふう」
緊張の糸が解ける。浮き出た魔力回路をポーアの中に戻す。
「‥‥‥‥ネス、ク様?」
ポーアがうっすらと瞳を開ける。
少し安堵する。状況は良くないが、それでも目覚めてくれた事は嬉しい限りである。
「ここ、は‥‥‥そう、でした。わたくしは‥‥‥」
「気が付いてくれて良かった。ポーアは此処で待機していてくれ。」
ポーアが状態を起こす。俺は立ち上がろうとする。しかし、ポーアの表情を見てやめる。
「わたくしは、またネスク様に助けられたのですね‥‥。」
「‥‥ああ、間に合って良かった。」
いつものポーアより暗い。
ここはどう言葉を掛けていいのか分からない。
励ましたらいいのか、持ちこたえた事を誉めて慰めればいいのか。
「わたくし‥‥‥何も出来なかったのです。」
横で眠っている女性兵士へと顔を向ける。
「わたくし、‥‥‥この方が殺されそうになった時、‥‥‥すぐ近くで、手が届きそうな所にいながら、‥‥‥‥何も、出来なかったのです。」
ポーアが手を震わせ拳を地面に叩き付ける。
「時間を稼いでくれたにも関わらず、‥‥‥あの魔物も仕留められず、‥‥‥‥守るべき筈の民に守られて‥‥‥‥危うく、わたくし自身の為にその命を奪われそうになったのです!!」
拳をぎゅっと握り締める。
悔しさ、悲しさ、後悔、様々なモノがポーアの中で渦巻いている。その悔しさは俺自身よく理解している。
自分の無力さはヘヴラとの戦いでよーく理解している。それが今はポーアの中にある。
「わたくし‥‥‥‥王女、失格です。」
「‥‥‥今嘆いても何も状況は変わらない。」
俺が今、彼女に伝えられる事はただ一つ。
『立ち上がる事』ただそれだけだ。
「‥‥‥ポーア。どんなに悔しくて、どんなに後悔しても良い。‥‥‥だから今は立て。」
「‥‥‥‥‥」
俯いたまま立ち上がらない。
彼女が今しなければいけない事は嘆いて踞る事じゃない。
「‥‥‥‥ポーア、よく聞け。このままだと、
ミレドが奴にやられる。」
それを聞いた瞬間にポーアの体がビクンと震える。このままだとジリ貧な事は明白だ。
これを回避するためにはポーアの力が必要なのだ。俺でもいいが次に起こる事は予想できない。
予想外の事に備えて二人共が戦えなくなる事は避けたい。
「‥‥‥ポーア、どうして彼女、いや兵士全員がポーアの盾になってでも時間を稼いだか分かるか?」
「えっ?」
「それは、―――ポーアを信じたいと思ったからだ。王女だとか、兵士だとか関係ない。
ポーアという人物を守りたいと思ったからだ。」
此処に来てから感じていた。ポーアに信頼を寄せる兵士の思いを。王女というだけならばここまで戦場で持ちこたえる事は出来なかった筈だ。
あの魔力の反応からして雑魚とはいえかなりいたワイトをポーアに近付けないようにするのは至難の事。
それが出来たのは、一人一人が彼女に強い思いを持っていたということに他ならない。
「誰かを守り抜くということは、それだけの思いを持つということだ。ポーア、死んでいった者の思いを無駄にして良いのか?」
「わたくしは‥‥‥‥‥」
「立って下さい、姫様。」
ポーアが声のした方へと顔を向ける。
そこにはボロボロの兵士達の姿があった。