駆けろ!!
<ミレド>
狭い部屋の空間の中で男の悲鳴がけたたましく響く。それをするのはネスク。
別に男の体を痛め付けて尋問しているわけではない。体ではなく、彼の『器』に尋問しているのだ。
正直、これには妾自身もドン引きしている。
この光景をクーシェが見なくて良かった。
左手でクーシェに魔力を流しながらそう思う。
『激痛』
ネスクがその言葉を発すると、男から魔力の糸で引っ張り出した男の魔力の流れ、全身に巡っている魔力の道、『魔力回路』の色が青から赤に変化する。
「や、やめ、やめろおおおおおおお!!!」
男が悲鳴と共に地面でのたうち回る。
ネスクの言葉通り、男の体中を激痛が駆け巡る。
少しこの男を哀れに思えるが、クーシェにした事、言った事は許していない。
それを思えばこれぐらいの痛みで対等な対価とは言えない。
「話す気になったか?」
ネスクが魔力を抑えて男に聞く。そうでもしないと男が話そうと思っても話せない。
「はあ、はあ、はあ、‥‥‥だ、誰が!!」
男はまだ抵抗するようだ。
『遮断』
両手足に流れている魔力回路の色が赤から黒く染まる。
「ぎ、ぎゃああああ!!!!」
すると、男の両手足が血を失ったかのように真っ青な色へと変化していく。
「俺は"大切な人"に刃を向けた者には容赦しない。早く答えないとこのまま、手足全部使えなくなるぞ。」
ネスクがニッコリと微笑む。いつものあどけない顔から想像出来ない程、不気味なその笑顔は男を絶望へと叩き落とす。
『お 前 の 手 足 に 流 れ る 物
全 て 遮 断 し た か ら な。』
人間の手足は長時間血をせき止めてしまうと、腕に血が通わなくなり使えなくなる。
ネスクは魔力も血も全て止めてしまったようだ。
「い、いや、や、やめろっ!!!
わ、分かった、分かりました!!す、全てお話しします!!ですから、ど、どうか!どうか、命だけは助けて下さい!!!」
どちらが悪人か分からなくなってくる。
その後、男の口からクーシェに使った毒について聞いた。毒の成分がわかればこっちのモノだ。
その毒とは真逆の性質を持つ魔力成分を作り出し、それをクーシェの体内へ流す。
後は直に良くなる。
****
「‥‥‥‥ふう。」
やっと一息付ける。クーシェの容態が安定した。
顔も血色が戻り、魔力の循環も戻っている。峠は越したようだ。
男はネスクに気絶させられ、妾の【氷竜の楔】で身動きを取れなくしてある。
「結局、全部任せてしまったな、すまん。」
少し腰を落ち着けて休んでいるとネスクが話し掛けてくる。
「気にするでない。糸口を切り開いたのはおぬしじゃ!
もっと胸を張れ!!」
ネスクが毒の成分を聞き出さなければ危うかった。
それほどまで危機迫っていたのだ。
ネスクの背中をバンバン叩く。
「‥‥さて、状況から察するに、クーシェはポーアを先に行かせるために奴を足止めしたといった所じゃな。」
「ああ、そうだな。自らの危険を冒してまでそうしたということは‥‥‥」
【氷竜の楔】でがんじがらめにされた男と目の前で先ほどより安らかに眠るクーシェを交互に見る。背中の傷口も既に治療してある。
「‥‥‥うむ、不味いのう。ポーアの方が、
"更に危険"ということじゃな。ネスク、ポーアの魔力は探れるか?」
ネスクが【長距離・探知】で魔力を探る。
大量の魔力反応の中に後方で微動だにしない弱々しい魔力が引っ掛かる。
紛れも無いポーアの魔力反応だ。
彼女の後方にとてつもない魔力反応がある。恐らくこれは何かしらの魔法の類いなのだろう。
「‥‥‥‥いた。魔力が底を尽きかけて弱っているが生きている。」
「直ぐに向かうぞ!!」
「‥‥‥待て。それより、クーはどうするんだ?このままにしておくこと訳にもいかんだろ?」
「それなら、心配無用じゃ!どうせ、あの精霊達が付いてきておるようじゃからな。」
『そうだよ~』
『呼んだ~?』
ポンという音と共に空中に二人の精霊、ネモとペーレが出てくる。
「おぬしらにクーシェとソレを任せてもよいか?」
がんじがらめにされている男を指差す。
精霊二人が顔を見合わせる。
『良いよ~!』
『まっかせて~!』
ミレドがこちらを見て頷いてくる。
「‥‥‥‥行こう。」
刀を鞘から引き抜き、壁に向かう。
このまま全速力で通路を通り向かっても時間にして30分は掛かる。いや、下手するとそれ以上掛かってしまう。何やら複雑な構造になっているよである。探知で脳内に引っ掛かる通路が複雑である。迷路のようにくねくねとしている。
自分なりのやり方で空間を移動する他ない。
壁に円状に斬り付ける。
そこに刀を通して魔力を流し込む。壁に斬りつけた断面が水面のように揺らぐ。
イメージはこの空間と別の空間を繋ぎ合わせにするイメージ。
【転移】とは別の発想である。
【転移】は一度行った場所に移動する魔法。
しかし、今しようとしていることは空間と空間を1つに繋ぎ合わせて、その場所へと移動する魔法。
分かりやすくいうと、
―――ドアの無い『ど◯◯もドア』だ。
「【水面鏡】」
流し込んだ魔力が光り鏡のように透き通り壁に別の空間、薄暗い通路が映る。
刀を鞘に戻してその壁を押す。腕が壁にめり込み、壁の中へと入る。
「‥‥‥よし、突入と行こう。」
そのまま体もその中へと入る。
****
警戒していたが、無用の心配であったようだ。
【水面鏡】の先で敵襲に合う可能性も考慮して全身に巡らせたが、敵の気配はしない。
鏡に映った通路が目の前に広がる。
成功のようだ。
「【探知】」
魔力反応を探る。
左手には何も反応がない。右手に多数の魔力反応がある。
「おおっ!これは面白いのう。」
ミレドが興味深そうに【水面鏡】の鏡を見ている。
「‥‥急ごう、ミレド。嫌な感じがする。」
魔力がある方の通路へ走る。
「【視認】」
走りながら【視認】を発動させる。通路が発光し、大量の足跡が目に映し出される。これは、魔力痕跡だ。
「そこを右、突き当たりを左、しばらく直進の後二手の道を右側....。」
【探知】の脳内マップに【視認】で感知した魔力痕跡を反映させると『正しい道』が浮かび上がった。それを頼りに進む。
二人は通路を突っ走る。ネスクとミレドの速度は常人なら絶対に追い付くことが出来ない程の速度となっていた。
魔力反応の地点まで、残り200m程。
「ネスク、戦闘に備えておけ!!」
こくりと頷き、全身を覆うように魔力を心臓から送り出す。魔力を纏った事で更に速度が上がる。
次を右側に曲がる。
後は一直線、その先の広い部屋にポーアがいる。
その時、足元に何か見えた。
急ブレーキを掛けて足を停止させる。
慣性の法則で体が前へ行こうとするのを足で踏ん張り止める。
「「ふぎゃっ!!」」
後ろを走っていたミレドがぶつかる。
頭に激痛が走る。頭と頭が強打して火花が散る。
「「うっ、‥‥‥痛うう~~!!」」
二人同じように踞る。
その頭にはたんこぶが出来ている。
「これは‥‥‥魔法陣‥‥‥か?」
「うむ、それもドルイドの言語じゃな。
恐らくポーアがもしもの時に備えて描いたのじゃろう。魔法陣を使った魔力痕跡がある。」
たんこぶを擦りながらミレドが調べるのを背後から観察する。【視認】を発動させているため、その痕跡が分かる。
魔法陣から通路の細かい埃とは違う微分子が見える。そして、その魔法陣から一人の足跡が見える。大きさからして女性の大きさ、これはポーアのモノだろう。
そして魔法陣へ向かう大勢の人数、恐らくこれはドルイドの避難民のモノだろう。どれも男のモノにしては小さい。
「住民が慌てて、こちらに戻ったという感じじゃろう。‥‥‥‥急ぐぞ。」
ミレドが座って調べるのをやめる。
その後ろに続き魔力を再び纏わせて走り出す。
感知していた魔力反応に変化が生じる。
多数のあった魔力が一気に消滅する。
そしてポーアのモノとおぼしき魔力反応が更に小さくなりギリギリ反応に引っ掛かる程、
小さい、小さい反応になる。
その後方に控えていた巨体な魔力も散り散りになり消滅する。
「ネスク、妾に掴まれ!!一気に抜けるぞ!!」
ミレドも気付いているようだ。
ミレドの魔力の上昇を感じる。魔法発動の合図だ。そして、ミレドが纏う光が増す。
「【星の光】」
言われた通りにミレドの腰に掴まる。
ミレドが後ろに振り返り両手を合わせる。手の平の先に複雑な構造の魔法が空中に浮かぶ。
そして、魔法陣が輝き俺とミレドの体を押し上げる。見ると、魔法陣からの光がジェットのように放たれる。以前俺が使用した時よりミレドの魔力で威力が違う。
一本道の通路を光が覆い尽くす。
通路を抜けて部屋の光が眩しい。まだ、100m程合った筈の通路を一気に抜ける。
「ネスク!!」
ミレドの声が聞こえ前方を見る。
ポーアが倒れて手を伸ばしている。手の先には女性の兵士が倒れ血を流して死にかけ。
そこにトドメを刺そうと、クーシェの所にいたような黒装束の男が小刀を振り上げて今にも振り下ろそうとしている。
纏っていた魔力を空気中に爆発させる。この辺り一帯、ポーアの元まで届くだけで良い。
それだけで手が届く。
「ミレド!!!」
「行け!!!」
ミレドが俺の体を回転させてポーアの方へ投げる。空中で体の方向を変えて上手く着地する。
そのまま魔法を発動させる。
「【霞の大地】」
ネスクの姿が霧となって消える。地面を蹴る音だけが取り残される。
【霞の大地】
連続で【霞】を繰り返す事を可能にする魔法。
【霞】を連続して発動させるより効率が良く魔力の燃費が少ない。
自身の魔力を空気中に流すことで自身を空間に溶け込ませる。自身の魔力が届く範囲なら瞬間的な移動も可能。
振り上げられた小刀が振り下ろされる。
時間にして一瞬だが、ゆっくりとした動きに見える。空気中に流した自身の魔力を使い、敵の認識と振り下ろされる小刀の軌道をずらす。
倒れている女性兵士を抱えて後方へと退く。その瞬間に【霞の大地】を使い霧の残像を作り出す。後方に退いたタイミングで霧の残像が切り裂かれる。
男が小刀を前に振り返りガードの構えをする。
ガードされると同時にミレドが拳を叩き込む。
「あらよっ!!!」
ミレドが魔力を纏わずに人間一人を吹き飛ばす。相変わらずの馬鹿力である。
男は顔を歪める顔が吹き飛ばすその瞬間、見えた。
抱えていた女性兵士を地面にそっと置く。
前にざっくりと大きな切り傷。そこから血が流れ出る。
強硬な筈の鎧が粉々に砕かれている。しかし、この鎧のお陰で心臓までは届いていない。
「ミレド、何とかなりそうか?」
ミレドが寄って来る。そして傷の具合を確認する。
「うむ、間一髪じゃ。後、少しずれておれば致命傷じゃった。」
ミレドのその言葉で少し安堵する。
ミレドはそのまま傷口にオーラを流し込んでいく。傷口が徐々に治っていく。
【霞の大地】を使い倒れているポーアを抱え上げて戻る。
「ネス、ク様。」
うっすらと開けた瞳でポーアがこちらを見る。
「悪い、待たせたな。よくここまで持たせた。後の事は任せろ。」
髪を撫でながらポーアを激励する。顔色が青い、魔力欠乏症の症状だ。
「おぬしも無茶な魔法の使い方をしたせいで体内の魔力の流れが乱れておるから休んでおれ、ここは妾達がするからのう。」
傷の手当てをするためにミレドがやって来る。【視認】でポーアの状態を確認する。
ミレドの言うとおり魔力回路が既にボロボロで今にも回路が崩れそうになっている。
「ポーア?ポーア!!」
返事が無い。うっすらと開いていた瞼も完全に閉じている。
「大丈夫じゃ、気を失っておるだけじゃ。」
ポーアの閉じた目から涙が流れている。
拳を無意識の内に強く握っていた。
「おぬしは二人を見ておれ。次は妾が奴等の相手をする。妾も少し、頭に来とる故な。」
ミレドが立ち上がりワイトが蔓延る戦場へと歩いて行く。ミレドの魔力オーラが見たことの無い物へと変化して放出される。