強風はそよ風の如く
遅くなりました。昨日の分です。
ミレドの白いオーラの魔力が深い傷の部分へと流れ込んでいく。しかし、何かに弾かれるかのように途中で傷の治りが止まってしまう。
そして、傷口から再び出血し始める。
「くっ、もう一度じゃ!ネスク、おぬしは少しでもクーシェの回復が早まるように魔力を流してくれ!!」
「ああ!」
ミレドが再びオーラを流して回復を施す。ミレドに言われた通りに【治癒】と【再生】を止めて、魔力を少しずつ流す。
しかし、先程同様ミレドの方は途中で治癒が効かなくなる。こちらは魔力を流すものの、魔力の回復の兆候が全くと言っていい程見られない。
まるで、ザルの中に水を注ぎ続けているようだ。
「ぐっ、ダメじゃ。このままではらちが明かぬ。何かないのか、‥‥‥‥クーシェを救う何か。」
回復魔法の拒絶、魔力の流出、傷の悪化。
状況からしてこれ以上手の施しようが無い。
名医もお手上げのこの状況でどうクーシェを助けるべきか。
「せめて、魔力さえ、
魔力さえ戻ってくれさえすれば自然と自己回復するのじゃが‥‥‥。」
クーシェの一族は戦場でも生き抜けるように自己回復に長けている。戦闘種族であるが故なのだと思うが。
ミレドの言葉に自分の中で何かが引っ掛かる。
「魔力‥‥‥‥」
ミレドと横たわるクーシェの後ろ側で瓦礫が崩れる。砂煙が立ち籠る中で人影が動く。
「‥‥ハア、‥‥ハア、‥‥ハア」
砂煙が収まり人影の輪郭がはっきりとする。
ぼろぼろの黒装束の男が這い出て来た。
男は辺りを見渡してこちらに目を向けた後に、クーシェをガン見する。
「く、くはは、くははははっ!!
もう既に死の直前とは、分相応である!!獣人の娘!!!」
いきなりクーシェを見て笑い出す男。
この男こそクーシェをここまでにした張本人ということは明白だ。
再び自分の中でドス黒い何かが沸き起こる感覚に襲われる。
「‥‥‥‥おぬしか。クーシェをここまでにしたのは‥‥‥。」
いつもより低い声でミレドが言う。ミレドのその言葉は冷たく鋭く尖っている。今にも目の前のこの男を睨み殺しそうな勢いである。
この気持ちに苛まれそうだ。
「くひはははっ!!雑魚が二匹増えた所で我の障害にはなりはしない!!我を此処までコケにしたのだ!!外に配置してある魔物の餌にしてくれよう!!!くひひひひっ!」
「‥‥‥‥‥ミレド、クーシェのこと少し頼む。」
クーシェをミレドに任せて歪んだ笑いをこぼす男へと歩いて行く。その足取りは静か。
――だが、ずっしりと重い。
静かに炎が揺らめくようにネスクは怒っている。それに気付かない男はそのまま喋る。
「くひひひひっ!‥‥‥そうだな、そなた一人では寂しかろう。
この二人もそなた同様動けなくした後魔物の餌にしてくれよう。くひひっ!運が良ければ、餌ではなく雌として生き残れるかもしれぬな。その姿同様になっ!くひはははは!!」
男の下衆な声が聞こえるが火に油を注ぐような物。ネスクの体から濃密な魔力が漏れ出る。
「くひひひひっ!詠唱省略【鋭切風の刃】
まずはその両手足から削いでくれよう。」
男が右手を振ると鋭利な風の刃がネスクへ放たれる。しかし、ネスクは何もしない。
ただ歩いて行くだけだ。
『‥‥‥‥‥邪魔だ。』
風の刃が消える。
「!?な、何故!?」
男へと踏み込める距離まで近付いた。
その瞬間にネスクの姿が虚ろへと消え、男はネスクを見失う。
「ど、どこだ?!一体、どこに‥‥!!」
「‥‥‥‥目の前じゃ、阿呆め。」
ミレドがクーシェに魔力を注ぎ込みながら振り返らずにそう告げる。
「はぐあっ!?」
男の腹部に激痛が走る。ネスクの拳がめり込む。男が拳を引き抜くと、男が地面に踞る。
男の腹部から魔力の糸が伸びる。
その糸がネスクの拳の中に繋がっている。
「あ、あ、あ、な、何故。魔法は発動してない筈‥‥‥。だというのに、何故、我の魔法が、何故、消えた!?」
踞る男が動揺と混乱している。
「‥‥‥‥知っているか。魔法は使っている魔力より大量の魔力を別の何かに流されると上書きされる。」
「そ、それが何だというか!!」
男が立ち上がり、殴り掛かってくる。手に握る魔力の糸を引っ張る。男は体勢を崩し地べたに這いつくばる。
男に先程までの余裕は無い。
こちらを睨んでくる。
「お前の魔法は俺の魔力で打ち消した。」
「わ、訳の分からぬ事をぬかすな!!!
詠唱省略、【鋭切風の刃】五連!!!」
風の刃が五枚、飛んで来る。
『無駄だ』
刃が塵と化し宙へと帰る。
「な、馬鹿な。」
男の顔が絶望の色に染まり先程までの威勢が消える。
ネスクが魔力を声に乗せて発する。
すると、魔力はネスクの言うとおりにその現象を引き起こす。そうやって男の魔法を打ち消しているのだ。
「クーにあれだけ罵声をしておいてこれで済むと思うな。」
ネスクが魔力の糸を力強く引っ張る。
「あ、あ、‥‥ああ」
引っ張りあげられた糸は男の形取った物が浮かび上がる。
「答えてもらおうか。
クーに使った毒の事を‥‥‥。」