三十九話「北からの知らせ」
父さんとの剣術の練習を終えた俺は、木剣を片づけて家に戻った。
「おかえりなさい。二人とも、今日は早かったのね」
母さんが台所から顔を出す。
「父さんが今日はここまでって」
「そう。汗をかいたでしょう? 先に手を洗ってきなさい」
「はーい」
セナと一緒に水場へ向かう。
「今日のレイ、最後の攻撃よかったよ」
「本当? でも父さんには簡単に止められた」
「エドさんは強いからね」
「セナだって、前より魔法が上手くなってるじゃん」
「まあね」
セナは少し得意げに笑った。
水で手を洗っていると、玄関の方から声が聞こえてきた。
「エドさん、いらっしゃいますか!」
聞き覚えのない声だった。
父さんが玄関へ向かう。
「はい。どちらさまですか?」
「北から来た商人です。少しお話ししたいことがありまして」
北から来た商人。
その言葉を聞いて、俺は手を止めた。
四年前、村に来た商人たちも北の話をしていた。
魔石が手に入りにくくなっていること。
北の鉱山で、奇妙な出来事が起きていること。
そして、もっと前には北から魔石を持ってきた女性もいた。
あの人は、今どうしているのだろう。
「レイ?」
セナに呼ばれて、我に返る。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
玄関の方では、父さんと商人の話が続いていた。
「最近、北の鉱山で何かあったんですか?」
父さんの声が少し低くなる。
「ええ。実は、採掘場の一つが閉鎖されましてね」
「閉鎖?」
「魔石がほとんど採れなくなったそうです。それだけならまだしも、鉱山の奥で妙なものを見たという者が何人もいるんです」
「妙なものとは?」
「詳しくは分かりません。ただ、灰のようなものが漂っていた、と」
その言葉に、俺の手が止まった。
灰。
まさか。
俺は父さんの方を見る。
父さんはしばらく黙っていた。
「……その話、もう少し詳しく聞かせてもらえますか」
いつもの父さんとは違う声だった。
何かを警戒しているような、そんな声。
商人は続けた。
「鉱山で働いていた者の話では、奥から物音が聞こえたそうです。誰かが歩いているような音だったとか」\
「人がいたんですか?」
「それが、誰も見つからなかったそうで」
父さんは返事をしなかった。
俺はセナと顔を見合わせた。
四年前の森で聞いた、あの音を思い出す。
地面を引きずるような音。
灰をまとった、あの異形の姿。
「……父さん」
思わず声が出た。
父さんがこちらを振り返る。
「レイ。今は少し待っていなさい」
「でも……」
「あとで話す」
また、その言葉だった。
いつか話す。
父さんはいつもそう言う。
けれど今回は、いつもより表情が硬かった。
商人が帰ったあと、父さんはしばらく玄関に立ったままだった。
「父さん、北の鉱山に何がいるの?」
俺が尋ねると、父さんはすぐには答えなかった。
やがて、俺の目を見て言った。
「まだ分からない。だが、確かめる必要がある」
「父さんが行くの?」
「そのつもりだ」
母さんが台所から出てくる。
エド、まさか一人で行くつもり?」
「まだ決めたわけじゃない」
「危険なんでしょう?」
父さんは答えなかった。
俺は父さんの顔を見つめた。
北の鉱山。
灰のようなもの。
そして、誰もいないはずの場所から聞こえる足音。
四年前の出来事と関係があるのだろうか。
「父さん、俺も連れていって」
「駄目だ」
返事はすぐだった。
「でも、俺の灰魔法が関係しているかもしれない」
「だからこそ連れていけない」
父さんの声は、いつもより強かった。
俺は言い返せなかった。
父さんは俺の肩に手を置く。
「心配するな。何か分かったら必ず話す」
その言葉を聞いても、納得はできなかった。
それでも、今の俺にできることはない。
北で何が起きているのか。
そして、灰喰らいと関係があるのか。
俺はまだ何も知らない。




