第44話 密かな連携
ラルヴィクが扉に視線を移すと、そこに立っていたのは――万能の魔道士ヴィケルだった。
「俺を疑っているのか?」
低く、まっすぐな声。
ヴィケルは部屋へと足を踏み入れる。
机の上に並べられたミスリルゴーレムの残骸、その後頭部に刻まれた王国の紋章を指でなぞった。
「シーエンから連絡があってな。お前を殺そうとしているんじゃないか、と」
ラルヴィクは小さく息を吐く。
「わかっている。シーエンの早とちりだ」
「そうか?」
ヴィケルの瞳がわずかに細まる。
「なら――見せろ」
次の瞬間、空気が張り詰めた。
部屋の中央に、幾何学的な魔法陣が展開する。
複雑に絡み合う光の線は、王宮魔道士“万能”の象徴。あらゆる属性を内包し、理を強引に塗り替える魔法構成。
床板が軋む。
窓が震える。
城全体が低く唸った。
ラルヴィクは動かない。
ただ、右手をわずかに上げる。
細い魔力が、糸のように空間へと伸びた。
音もなく。
派手な輝きもなく。
だがその糸は、ヴィケルの魔法陣へと触れた瞬間――
バチッ、と小さな破裂音。
一枚目が崩れる。
ヴィケルの眉がわずかに動く。
「ほう」
二枚目、三枚目。
分解。
糸が触れた箇所から、構成式がほどけていく。力で叩き潰しているのではない。構造を読み、最小単位で“解体”している。
「相変わらず気味が悪いな」
ヴィケルが出力を一段階上げる。
光が濃くなる。
圧が増す。
空気が押し潰され、壁の石材に細かな亀裂が走る。
その瞬間。
ラルヴィクの足元から、目に見えない何かが広がった。
音が、消える。
揺れが、止まる。
膨れ上がった魔力が、吸い込まれるように静まった。
ヴィケルの魔法陣は、最後の一枚が残ったところで、ふっと消えた。
沈黙。
重い静寂だけが残る。
ヴィケルは腕を組み、ラルヴィクを見つめる。
「……本気は出していないな」
「お前もだろう」
短い応酬。
視線がぶつかる。
敵意はない。
だが、完全な信頼でもない。
ミスリル片を手に取り、ヴィケルはふっと鼻で笑った。
「精巧だな。王宮技術と遜色ない」
ラルヴィクは目を細める。
「お前の仕業ではない」
「ほう?」
ヴィケルがにやりと笑う。
「俺は逆に思ったぞ」
一歩近づく。
「お前がこれを口実に王国へ牙を剥くのではないか、と」
「冗談だが半分はな」
ヴィケルが低く言う。
「王宮内部に手を出す奴がいるなら、容赦しない」
「俺もだ」
視線が交差する。
敵ではない。 だが味方とも言い切れない。
それが、王宮魔道士。
「お前が王宮を裏切るような真似をするとは思っていない。だがな――」
紋章を指で叩く。
「これは王宮刻印だ。精巧すぎる。内側の技術だ」
「お前なら、これを解析できる。俺よりもな」
一拍。
「……そして、もし王宮に裏切り者がいるなら」
視線が交差する。
ただ、机上のゴーレム残骸に視線を落とす。
「静寂」
ヴィケルの声が、わずかに低くなる。
「これは遊びではない。王宮魔道士の格が揺らげば、王国全体が揺らぐ」
「知っている」
沈黙。
扉へ向かいながら、ヴィケルが最後に言う。
「解析が済んだら報告しろ。これは王宮案件だ」
扉が閉まる。
部屋に残るのは、再び静寂。
だがそれは、先ほどとは違う。
嵐の前の静けさ。
ラルヴィクはゆっくりと魔法陣を展開する。
解析のための、精密な陣。
「……王宮の内か、外か」
静寂が、深まった。
翌朝。
城の一室に並べられたミスリルの残骸を一瞥し、ラルヴィクは立ち上がった。
「調査に出る」
サリアが首を傾げる。
「ご主人さま、まだ何か?」
「生きている個体が必要だ。壊れたものでは解析に限界がある」
シーエンがまだ眠そうな目をこすりながら言う。
「朝から物騒ね……」
「ヴィケル直々の願いだ。急ぐ」
その一言で空気が変わる。
シーエンの目が大きく開く。
「え!?ヴィケルさま来たのですか?」
「ああ」
「な、なんで起こしてくれなかったのよ!珍しいツーショットを見逃したじゃない!」
ラルヴィクは無視する。
リーシアは面白そうに目を細めた。
「王宮最強同士の密会ですか。甘い匂いはしました?」
「しない」
即答だった。
三人を伴い、森へ向かう。
ミスリルゴーレムを撃破したあの洞穴付近。
朝の光が差し込む森は静かだが、空気がわずかに重い。
ラルヴィクは足を止める。
右手を軽く掲げる。
無数の糸状の魔力が放射状に広がり、地面や木々、岩肌を透過していく。
サリアが息を呑む。
「……ご主人さまの索敵」
シーエンが小声で言う。
「範囲、広すぎるわよ」
リーシアは黙って周囲を見渡す。
その時。
ある一点で、糸が――
弾かれた。
いや、弾かれたのではない。
解除された。
ラルヴィクの目がわずかに細くなる。
「やはり、まだいたか」
森の奥。
木々の影が、不自然に揺れる。
地面が低く、震えた。
次の瞬間。
土を押しのけ、銀色の巨体がゆっくりと姿を現す。
昨日よりも一回り大きい。
装甲は分厚く、表面に細かな魔法陣が刻まれている。
シーエンが舌打ちする。
「対静寂仕様、って感じね」
リーシアが嬉しそうに微笑む。
「ちゃんと学習していますね」
サリアは静かに魔法剣を構えた。
「今回は捕獲、ですよね?」
ラルヴィクは一歩前へ出る。
「可能ならな」
ゴーレムの胸部が赤く発光する。
ラルヴィクの糸を無効化する術式が展開される。
「……なるほど」
低く呟く。
「今度は“俺だけ”を拒絶するか」
魔力を纏う。
空気が引き締まる。
「いいだろう」
その瞬間、ラルヴィクはすでにゴーレムの目の前に立っていた。
五メートルはある巨体。
昨日の個体よりも明らかに速い。
ミスリルの腕が振り上げられ、轟音とともに振り下ろされる。
空気が裂ける。
サリアが息を呑む。
しかし――
「魔力鎧」
ラルヴィクの身体を、単純で厚い魔力の層が覆う。
複雑な術式はない。
ただ、圧倒的な密度。
ゴーレムの腕を、真正面から受け止める。
ギギィィイイイイインッ――
金属同士が軋むような不快な音が森に響いた。
ゴーレムの外見に変化はない。
だが、内部から“苦鳴”のような振動が漏れる。
ラルヴィクの手が、わずかに握り込まれる。
「……なるほど。術式の核はそこか」
次の瞬間。
ゴーレムの身体が波打った。
硬質なミスリル装甲が、液体のように崩れ始める。
銀色の巨体がとろりと溶け落ち、地面に広がる。
残ったのは――
拳大の魔力核。
そこから伸びる、無数の魔力の“神経”。
地面に張り巡らされた回路が、うごめくように蠢いている。
シーエンが目を見開く。
「ちょっと待って……今のって……」
「壊したのではない。分解した」
ラルヴィクは淡々と答える。
「術式と構造を切り分けただけだ」
シーエンが息を吐く。
「ゴーレムを生きたまま分解したってこと……?」
リーシアは迷いなく魔力核へ近づく。
しゃがみ込み、じっと覗き込む。
銀の瞳が、わずかに細まる。
「……この魔力核」
指先で触れ、確信する。
「魔族のものですね」
空気が、静かに張り詰める。
サリアがラルヴィクを見る。
「やはり……」
ラルヴィクは、溶けたミスリルを見下ろしながら呟いた。
「王国の紋章は偽装だな」
魔力核から伸びる神経回路を、指先でなぞる。
「術式は王国式。核は魔族式」
その目が、わずかに鋭くなる。
「混ぜたな」
森の奥から、風が吹く。
誰かが、二勢力を利用している。
だが――
ラルヴィクは感情を動かさない。
「生きたまま捕まえた。収穫だ」
リーシアが立ち上がる。
「……これは、面白くなってきましたね」
シーエンが苦笑する。
「面白がってる場合じゃないのよ」
サリアは、そっと魔法剣を下ろした。
「ご主人さま、どうされますか?」
ラルヴィクは魔力核を空間収納へ収める。
「解析だ」
一拍。
「そして――作ったやつを見つける」
静かな声だった。
だが、森の空気が、わずかに震えた。




