表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/52

第39話 リーシア


少女は、胸の前で両手を揃え、少しだけ誇らしげに名乗った。


「私は――

リーシア・ゼルネアビスです」


一拍。


「魔王の娘です」


空気が止まる。


サリアの呼吸が浅くなる。

シーエンは一歩だけ下がった。


「……魔王、の……娘?」


リーシアはこくんと頷く。


「はい。パパです」


あまりにも自然な口調だった。


「私は王族ですが、あまり表に出されませんでした。

角がありませんから」


銀色の髪をかき上げる。

額には確かに何もない。


「突然変異らしいです。

見た目が“王族らしくない”と」


少しだけ、視線が揺れる。


それは怒りでも悲しみでもなく、

“どう扱えばいいかわからない感情”だった。


ラルヴィクは静かに問う。


「それで、なぜ俺の元へ?」


リーシアは少し考えて、正直に答える。


「面白そうだったからです」


にこりと笑う。


「危険なものほど、気になります」


サリアが小さく息を呑む。


リーシアはさらに距離を詰めた。

手が届く距離。


「あなた、静かですね」


「魔族はもっと分かりやすいです。

怒るか、笑うか、殺すか」


「でもあなたは、何も揺れない」


じっと見上げる視線。


「だから知りたくなりました」


そして。


ほんの少しだけ――

ラルヴィクの胸元に額を軽く預ける。


だが距離は十分に近い。


サリアの頬が一気に赤くなる。


「ち、ちょっと近すぎます!」


シーエンが目を細める。


「……王族って、距離感も規格外なのね」


リーシアは顔を上げ、きょとんとする。


「信頼の意思表示です」


「パパもそうします」


ラルヴィクは淡々と言う。


「それは人間社会では誤解を生む」


「誤解?」


「恋愛感情と取られる可能性が高い」


リーシアは数秒思考する。


「では」


「それは、悪いことですか?」


その一言で、

サリアとシーエンの視線が同時にラルヴィクへ向く。


ラルヴィクは静かに息を吐く。


「……リーシア」


「はい」


「ここにいるなら、人間の“距離”を学べ」


リーシアは嬉しそうに微笑む。


「先生ですね、静寂さん」


その言葉に、サリアの胸がざわつく。


リーシアがお腹をさする。

「ところで、そろそろ食事にしませんか?」



 四人で食卓を囲むという、どう考えても普通ではない光景。


 サリアが緊張気味に皿を並べる。


「お口に合うかどうか……」


 リーシアは椅子にちょこんと座り、料理をじっと見つめる。


 そして。


 ぱくり。


 もぐもぐ。


 ぱあっと表情が明るくなる。


「美味しい」


 間髪入れずに次を口に運ぶ。


「これも美味しい。これは少し甘い。好きです」


 止まらない。


 皿の上の料理が、みるみる減っていく。


 サリアが少し安心したように微笑む。


「よかった……」


 対してシーエンは、フォークを持ったまま固まっている。


「……私は緊張感で喉が通らないかも」


 視線はリーシアから離れない。


 目の前にいるのは、


 魔王の娘。


 しかも、隠された王族。


 王宮に知られれば大騒動。


 魔族に知られれば戦争の火種。


 それが今、肉料理を頬張っている。


 ラルヴィクは黙々とパンをちぎり、スープを飲む。


 いつも通り。


 まるで何も変わらないかのように。


 シーエンがたまらず言う。


「ラルヴィクさんは、どうしてこの状況を受け入れられるの?」


「何がだ」


「魔王の娘よ?」


 ラルヴィクは一瞬だけリーシアを見る。


 口元にソースを付けたまま、幸せそうに食べている。


「腹を空かせた子供だ」


 さらりと言う。


 シーエンが額を押さえる。


「ヴィケルさまに相談したほうがいいんじゃないかしら……」


「やめておけ」


 即答。


「ヴィケルは心配性だ。騒ぎは起こしたくない」


 リーシアが顔を上げる。


「騒ぎは嫌いです。うるさいのは疲れます」


 魔族の王族が、当然のように言う。


 サリアが恐る恐る尋ねる。


「リーシアさんは……どうしてここに?」


 リーシアは少し考える。


「面白そうだったから」


 一拍。


「それと」


 ラルヴィクをじっと見る。


「あなた、怖くないから」


 シーエンの手が止まる。


「……怖くない?」


「うん。魔族を見ても怒らない。焦らない。殺気も出さない」


 リーシアは真顔で続ける。


「だから気になる」


 ラルヴィクはスープを飲み干す。


「食事中だ」


 それだけ。


 リーシアはまた料理に戻る。


 シーエンは小さく呟いた。


「……この人、本当に規格外だわ」


 食卓は、奇妙な均衡の上に成り立っていた。


 リーシアは食後のお茶をちびちび飲みながら、じっとラルヴィクを見る。


「ところで、静寂さん……」


「ラルヴィクでいい」


「ではラルヴィクさん」


 姿勢を正す。


「普段は何をやられているんですか?」


 サリアとシーエンが、なぜか同時にラルヴィクを見る。


 ラルヴィクはあっさり答える。


「冒険者だ」


 一瞬の沈黙。


「……え?」


 リーシアの目がぱちぱちと瞬く。


「魔族と戦ったり、ダンジョンに潜ったり、魔物を討伐したり」


「それは知っています」


「それが仕事だ」


 リーシアは目を輝かせた。


「良いですね!」


 椅子から身を乗り出す。


「私もやりたいです!」


 サリアが固まる。


「え?」


 シーエンが頭を抱える。


「待ちなさい」


 リーシアは純粋な顔で続ける。


「魔物と戦うんですよね?

 強い相手と戦えるんですよね?

 報酬ももらえるんですよね?」


「そうだ」


「最高じゃないですか!」


 テーブルを叩く。


「王族って退屈なんですよ!

 毎日政治、儀式、会議、視察!

 魔族なのに戦えないんですよ!?」


 サリアが恐る恐る言う。


「でも……魔族の王族が冒険者って……」


「バレなければ問題ありません」


 即答。


 シーエンが鋭く言う。


「問題しかないわよ」


 リーシアはきょとんとする。


「なぜですか?」


「あなたは魔王の娘よ?」


「だからです」


 真顔。


「魔王の娘が人間側で冒険者やったら、絶対面白いじゃないですか」


 サリアが小声で呟く。


「この子、楽しさ基準なんですね……」


 ラルヴィクは腕を組む。


「魔族は討伐対象だ」


「私は討伐されません」


 即答。


「むしろ討伐します」


 シーエンが噴き出す。


「あなた何しに来たのよ」


 リーシアはラルヴィクを見上げる。


「ダメですか?」


 赤い瞳が真っ直ぐ向く。


 計算はない。


 本気で言っている。


 ラルヴィクは少しだけ考え、言う。


「条件付きだ」


 三人が一斉にラルヴィクを見る。


「力を制御できること」


「はい」


「正体を明かさないこと」


「はい」


「勝手に魔族領へ帰らないこと」


 リーシアが少しだけ間を空ける。


「……それは検討します」


「却下だ」


 即答。


 シーエンが笑う。


「魔王の娘を面接してる人、初めて見たわ」


 リーシアは両手を握りしめる。


「じゃあ、まずは登録ですね!」


 サリアが青ざめる。


「ギルド水晶、どうするんですか……」


 リーシアがにっこり笑う。


「そこは、うまくやります」


 その笑顔が一番不安だった。




翌日。


 辺境のギルド。


 いつも通りのざわめき。


 そこに――


 銀髪の少女が現れた。


「ここが冒険者の集う場所ですね」


 きらきらしている。


 サリアが小声で言う。


「リーシアさん、本当にやるんですか……?」


「もちろんです」


 シーエンが額を押さえる。


「やっぱり止めるべきだったかしら……」


 ラルヴィクは無言で歩く。


 受付嬢がにこやかに迎える。


「いらっしゃいませ。今日は――」


 リーシアが前に出る。


「冒険者登録をお願いします」


 一瞬の沈黙。


「……お若いですね」


「120歳です」


 全員が固まる。


 ラルヴィクが即座に言う。


「16歳だ」


「はい」


 リーシアが素直に頷く。


 余計に怪しい。


 受付嬢は戸惑いながらも、水晶を差し出す。


「では、こちらに手を――」


 リーシアが触れた瞬間。


 水晶が――


 光らない。


 いや。


 光る前に、黒く染まった。


 ざわ……。


 ギルド内が静まる。


 水晶の中で、赤い光が揺れる。


 受付嬢の顔が引きつる。


「え……?」


 リーシアが首を傾げる。


「壊れてます?」


 その瞬間。


 水晶が耐えきれず、ひび割れた。


 パリンッ。


 破裂。


 ざわあああああ!!


 冒険者たちが立ち上がる。


「何だ今の!?」


「魔力暴走か!?」


「黒くなったぞ!?」


 リーシアはきょとん。


「私、強すぎました?」


 シーエンがラルヴィクの袖を掴む。


「どうするのよこれ」


 ラルヴィクはゆっくりリーシアの前に立つ。


「制御していないな」


「してますよ?」


「していない」


 リーシアはむっとする。


「ちゃんと抑えてます」


 シーエンが叫ぶ。


 受付嬢が震える。


 周囲の冒険者がざわめく。


「いや、魔族っぽくなかったか今の……」


 リーシアが楽しそうに笑う。


「バレました?」


 ラルヴィクの指が軽くリーシアの額を弾く。


「黙れ」


 次の瞬間。


 ラルヴィクが水晶の破片を拾う。


 魔力が静かに流れる。


 黒く染まった残滓が、すっと消える。


 空気が落ち着く。


「壊れた。新しいものを用意してやれ」


 受付嬢は呆然。


「……はい」


 リーシアが小声で言う。


「怒ってます?」


「制御を覚えろ」


「はい」


 だが、その赤い瞳は嬉しそうだった。


 ギルド内の冒険者がざわつく。


「静寂の連れ、やばくないか?」


「また厄介なの連れてきたぞあいつ……」


 シーエンが呟く。


「王宮魔道士どころの騒ぎじゃないわよ……」


 リーシアは胸を張る。


「私、頑張ります!」


 その笑顔の裏に、


 人ではない魔力の深さが潜んでいた。


 ラルヴィクは思う。


「……面倒なのが増えたな」


 だが。


 どこか、退屈ではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ