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第11話 昇格


 討伐依頼は、相変わらず順調だった。


 森や荒野に出没する魔物を、

 ギルド経由で淡々と片付けていく日々。


 危険度は、徐々に上がっている。

 だが、足取りが重くなることはなかった。


 いつの間にか――

 ラルヴィクは、前に出なくなっていた。


 いや、

 出る必要がなくなっていた。


 前に立つのは、サリアだ。


 魔力を身体に通し、

 踏み込み、

 無駄なく振る。


 魔法でも、純粋な剣技でもない。

 オーラとも、完全には一致しない。


 だが、その中間にあるような戦い方が、

 確実に形になり始めていた。


 ラルヴィクは、

 少し距離を取り、

 ただそれを見ている。


 魔力の流れ。

 踏み込みの癖。

 判断の速さ。


(……安定してきた)


 修正すべき点は、

 もう多くない。


 戦いが終わると、

 サリアは一度深く息を吐き、

 こちらを振り返った。


「……どうでしたか?」


「問題ない」


 短い言葉。


 それで十分だと、

 互いに分かっている。


 ギルドへ戻ると、

 受付嬢がいつもより改まった様子で声をかけてきた。


「ラルヴィクさん、サリアさん」


 二人分の書類を揃え、

 はっきりと告げる。


「討伐実績を鑑みて、

 本日付で――

 Bランクへ昇格となります」


 一瞬、

 サリアの思考が止まった。


「……え?」


「やりましたね!」


 次の瞬間、

 弾けるように声を上げる。


 抑えきれない喜びが、

 そのまま表情に出ていた。


「……はい」


 胸の前で、

 ぎゅっと拳を握る。


「ありがとうございます!」


 受付嬢は、微笑んで頷いた。


「これからは、

 依頼の幅も広がります」


 ラルヴィクは、

 少し考えてから口を開く。


「……そうか」


 当初の目的は、

 単純だった。


 生活費。

 研究費。


 王宮から切られた分を、

 自力で補うため。


 それだけだったはずだ。


(……だが)


 視線が、

 無意識のうちにサリアへ向く。


 喜びを隠そうとして、

 隠しきれていない横顔。


(最近は……

 それだけじゃないな)


 ラルヴィクは、

 自分の内心を整理する。


 魔法とオーラ。

 似て非なる力。


 その違いを、

 実地で観察できる。


 理論だけでは分からない、

 変化と成長。


(……それを、

 見ているのが楽しい)


 そう結論づける。


 感情ではない。

 興味だ。


 きっと、そういうことだ。


 サリアは、

 ようやく落ち着いた様子で振り返る。


「……次は、

 どんな依頼を受けられるのでしょうか」


「無理はするな」


 いつも通りの返答。


 だが――

 その声は、

 どこか柔らかかった。


 ギルドの中で、

 二人の立ち位置が、

 また一つ変わった。


 それを自覚している者は、

 まだ、少ない。




 Bランク昇格の話は、

 思ったよりも早く、ギルドの中に広がっていた。


 依頼掲示板の前。

 酒場スペース。

 装備を整える冒険者たちの間。


 視線が、

 ちらり、ちらりと向けられる。


 その中の一つが、

 遠慮なく声に出た。


「……なあ」


 筋肉質な男が、

 ラルヴィクを見て鼻で笑う。


「女に前に立たせてる最弱が、

 Bランクだって?」


 周囲が、

 くすりと笑う。


「ヘルハウンドも、

 たまたまだろ?」


 その言葉に、

 ラルヴィクは特に反応しなかった。


 いつものことだ。

 説明する気もない。


「運が良かっただけで――」


 男が、

 そう続けかけた瞬間。


 ――空気が、裂けた。


 鋭い魔力が、男の頬のすぐ横を掠める。


 風圧だけが走り、

 男の髪が揺れた。


 ほんの一瞬の出来事。


 だが、

 ギルドの中の空気が、

 一変した。


「……っ!?」


 男は、

 何が起きたのか分からないまま、

 固まる。


 その前に、

 サリアが立っていた。


 杖は、構えていない。

 だが、

 彼女の視線は真っ直ぐだった。


「……それ以上、

 言うのであれば」


 声は、低く、静か。


「覚悟してください」


 魔力が、

 彼女の周囲に――

 薄く、張り付く。


 威圧ではない。

 誇示でもない。


 ただ、

 本気だという事実だけが、

 そこにあった。


 周囲の冒険者が、

 息を呑む。


「……サリア」


 ラルヴィクが、短く呼ぶ。


 それだけで、

 サリアは一歩下がった。


 魔力が、

 すっと消える。


 男は、

 ごくりと喉を鳴らし、

 視線を逸らした。


「……冗談だ」


 そう言って、

 その場を離れていく。


 残された空気は、

 まだ、張り詰めたままだ。


「……すみません」


 サリアが、

 小さく頭を下げる。


「問題ない」


 ラルヴィクは、淡々と返した。


「言わせておけばいい」


 だが――

 それ以上、

 何か言われることはなかった。


 周囲の冒険者たちは、

 サリアを見る目を変えていた。


(……そうか)


 ラルヴィクは、内心で整理する。


 もう、

 “女だから”ではない。


 “後ろにいるから”でもない。


 Bランクとして、

 見られ始めている。


 それは、

 悪くない変化だった。


 ざわついていたギルドの空気は、

 時間とともに、少しずつ元に戻っていった。


 依頼を選ぶ者。

 装備を整える者。

 酒を煽る者。


 だが――

 サリアに向けられる視線だけは、

 確実に変わっていた。


 敬意でも、恐れでもない。

 警戒だ。


 それを、

 サリア自身も感じ取っていた。


(……私、

 前に出てしまった)


 だが、

 後悔はなかった。


 ラルヴィクの隣に立つ以上、

 曖昧な立場でいるつもりはない。


「……気にするな」


 ギルドを出る前、

 ラルヴィクが言った。


「今のは、

 必要な線引きだ」


「はい」


 短く答える。


 だが、

 その胸の内は静かに揺れていた。


「……私、

 守られているだけでは、

 いられませんね」


 ぽつりと漏らす。


 ラルヴィクは、足を止めた。


「最初から、

 そうだと思っている」


 振り返らずに言う。


「だから、

 前に出させている」


 その言葉に、

 サリアの胸が熱くなる。


「……ありがとうございます」


「礼はいらん」


 いつも通りの、

 素っ気ない返事。


 だが、

 それで十分だった。


 城へ向かう道すがら、

 ラルヴィクは、先ほどの光景を思い返す。


(……速い)


 魔力の展開。

 精度。

 判断。


 訓練の成果としては、

 十分すぎる。


 だが――


(目立ち始めているな)


 それは、

 ギルド内だけの話ではない。


 力を持つ者は、

 必ず、誰かに見られる。


 王都。

 貴族。

 あるいは――

 魔族。


「……少し、

 訓練の内容を変えるか」


 独り言のように呟く。


「え?」


 サリアが振り返る。


「次からは、

 “隠す訓練”もやる」


「隠す……?」


「ああ」


 淡々と続ける。


「強くなるのと同じくらい、

 目立たないのは重要だ」


 サリアは、

 一瞬考え――

 深く頷いた。


「……はい」


 城が、

 夕暮れの向こうに見えてくる。


 二人の影が、

 長く伸びる。


 ギルドでの日々は、

 確かに、順調だった。


 だが――

 その静かな充実が、

 いずれ何かを呼び寄せることを。


 この時、

 二人とも、

 まだ深くは考えていなかった。


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