320 書いている間は逃れられる
私が夢中になって読んだ作品があります。
前にも猫デコで1度書いてる気もするけど、同じ話を繰り返すのは年かさの人間のお約束なので許してください。
それは「うっかり陛下の子を妊娠してしまいました~王妃ベルタの肖像」です。
なろうの原作は36万字もあって内容も濃厚。
先生はその後、どうなさっているのかと思ったけど、2作品だけで投稿が2024年で途切れている。
本当に残念です。
私はこの作品に影響されて「小国」を書きました。緑の濃い国を舞台にして、南国の人間のおおらかさ、逞しさなどを書きたいと思ったのです。
残念だなあ。王妃ベルタの肖像、もっともっと読みたかったわ。
そういう私はどうなんだというと、今日更新した『隠れ家』はいったん本章完結したんですけど、私がまだあれこれ書きたいからその後の隠れ家として書いています。
心が苦しいとき、つらいときでも読めるような、そんな作品を目指しています。
私自身、感情の起伏が結構あって、ちょっとしたことがスイッチになって「私はもうだめだ」と落ち込むことがよくあります。
もうだめというのは「人として成長してなくて、価値のない人間だ」と落ち込むのですが、そんなときでも小説だけは書けます。
落ち込んでいる時って、それこそ何十年も昔のことを思い出してまた傷ついたり、悔しい気持ち悲しい気持ちになるのですが、もう、ほんとこの行為は生産性がない。何も変わらないし何も生まれない。ただただ私が傷ついて苦しむだけ。たぶん相手の人は私が苦しんでいる過去の出来事を覚えてもいない。
それをわかっていながら繰り返し思い出すのはトラウマってやつですかね。
たぶん死ぬまでこの悪癖は治らないと思いますが、苦しんでいても小説を書いているときだけはトラウマから逃れられるんですよ。
楽しい会話、ハラハラする展開、癒されるセリフに、書いている私が癒される。
なのでたぶん、パソコンで小説を書く体力がある限り書き続けるような気がします。




