41.森のクマさんと腕試しです
学内からは簡単に開けられるロックを上げて観音開きの鉄格子の扉を開けると、目の前には鬱蒼とした暗い森が広がっていた。出口から真っ直ぐ森に入っていく道は、灌木に覆われて見分けにくくなっているのだが。実習で週に何度も人の出入りがあるはずだから、不思議な状態だ。そもそも、こんな暗い森で背の低い木が育つだろうか。
疑問は教師らしくレイン教授が解消してくれた。
「ここの灌木は学院で植えているものだ。主に魔物の侵入防止だな。学院に近い場所で道がジグザグしているのもそのためだ。だから、枝は払うなよ」
「はーい」
何度もここに入っているのだからとっくに知っているはずのエリアスとヘリーまで一緒になって、よい子のお返事をする。楽しそうだな。緊張してるのは俺だけか。
しばらく進むと、灌木はなくなって喬木で日差しの遮られた森に変わった。下草も育ちにくいようで、腐葉土で足元がフカフカしている。
このあたりもまた、魔物の餌が少なくなるように草が生えにくい処置がされているらしい。なるほどそれで「管理森林」なわけだ。
「この辺から魔物が出始めるぞ。襲ってくるのは全部魔物だから殲滅のつもりで行け」
殲滅とか物騒な。とはいえ、その通りなんだけどな。
まだ管理森林エリア内なので、出てくる魔物はウサギやネズミ、イタチなどの小動物形ばかり。小動物とはいえ、魔物だからなのか、俺が想像するそのものより2、3倍はデカい。俺の腕で一抱えもあるネズミとか、流石に怖い。
ただし、小動物系の魔物たちは人間を敵わない敵と見ているのか、こちらを見つけると一目散に逃げていくのがほとんどだ。
どんどん森の奥へ進むと、小動物とはいえない魔物にようやく遭遇した。イノシシが原形だな、あれは。
猪突猛進の言葉もある。突っ込んでくるタイプなのは見た目判断で間違いないだろう。ドイトも盾を背中から下ろしたし、エイダは後ろに待避した。
が。
「ドイト! クマ!!」
エイダの叫び声とどちらが早かったか。こちらに飛び出すべく足元を蹴っていたイノシシが、突然横に吹っ飛ばされた。そのまま大木に叩きつけられて崩れ落ちる。
代わりにそこにいたのは、後ろ足で立ち上がり片腕を振った形で止まっている、巨大なクマだった。イノシシを吹き飛ばした犯人で間違いない。そして、初戦の難易度が爆上がりしたのもまた、間違いなかった。
「ドイト。俺は背後に回る。引きつけてくれ」
不幸なことにこのあたりは背の高い木の幹が点在する見通しの良い場所で身を隠す術がない。反対に幸いなのは、足元がほとんど腐葉土で足音を隠すのに不便がない。
イノシシから人間に敵意が移ったところで、エリアスから風の魔術が飛んだ。戦闘開始だ。
ドイトの盾を利用して身をかがめ、こちらに突進してくるクマの視線から隠れて移動する。野生の敵を想定して自分の気配を消す訓練をしてきた成果を実戦で確かめよう。
刀を抜いて脇に構え、クマの右側斜め後ろからそっと近づいて。みんながクマの意識を引きつけてくれているから、ここまで問題は起きていない。
クマが大きく手を上げて横に薙いだ直後が好機だ。
上段から腕の付け根を叩き落とし、返す刀で首元を払う。思った通りにうまくいった。
ポンと上に飛んだクマの首が、ドシャリと地面に落ちた。身体はそのまま仁王立ちで、やがてゆっくり前方に傾いでいく。
体長3メートル近いクマの身体が地面に崩れ落ちたのを確認して、血糊を払い刀を鞘に納めた。
うん、折れず曲がらず。鍛冶屋のご店主に感謝だな。良い得物だ。
「お疲れー」
「流石リツだな。危なげ皆無か」
「普通初戦はウサギあたりだよねぇ」
俺もそう思う。ウサギには逃げられたけどな。
落ち着いたら気になって、最初に現れたイノシシの方へ行ってみた。こいつはどうやら、クマの一撃で即死、もしくは木に叩きつけられてトドメを刺されたようで、目を剥いたまま事切れていた。
今更ながら首元を半分ほど斬って血抜きを促し、足を掴んで引きずって仲間の元へ持って行く。いや、イノシシの頸動脈がどこなのか分からなくてな。
「最初から大物狩れちまったな。どうする? 帰るか?」
「死骸の状態も良いから高値で売れそうだしな。帰ろうぜ」
エリアスとエイダが今後の行動を相談している間に、レイン教授はすっぱり切り落とされたクマの首を吟味している。ヘリーは指揮棒のような杖を右手に手帳を左手に持って何かぶつぶつ唱えていて、ドイトは少し離れた踏み荒らされていない地面に大きな布を広げていた。
イノシシを引きずっている俺を見つけてドイトが駆け寄って来てくれた。身体強化無しでこれは重いと言って引き取ってくれたんだが、本当に軽々と肩に担ぐとか。身体強化のとんでもなさを今更認識した。良いなぁ、それ。
「なぁ。こんな巨大な獲物、どうやって持って帰るんだ? ここで解体か?」
「いや。丸ごと持って帰るぜ。こんなところじゃ危なくて呑気に解体なんてしてられねぇしな」
ドイトがどしっとイノシシを下ろしたのはクマのそばで。そこにヘリーが長々と呪文を唱えていた魔術が降ってくる。
「クリーニングドライ!」
魔素を素通ししてしまう俺の身体の中を無形不可視の塊が通り抜けていくのを感じる。魔術の影響範囲内にいるとこんな感じなのか。ついでにかいていた汗まで吹き飛んだので不思議になったが、クマの死骸を見下ろして理解できた。体外に出て汚れになった体液を乾かしてキレイにする魔術だったようだ。血が固まってポロポロと地面に落ちていった。
「エイダ、そっち持ってくれ。エリアスはボアを頼む」
俺に手伝いの指示はないのが寂しいんだが、みんなテキパキと作業しているので、邪魔にならなさそうな方にどいておいた。
クマとイノシシを積み上げたのは、先ほどドイトが敷いていた布の上。電気カーペットのように布の端に付いていた器具を弄ると、その布がピシッと固まって空中に浮き上がった。
すげぇ。魔法の絨毯だ。
「リツ、帰ろ」
同じく見てるだけだったヘリーが声をかけてくるまで、唖然としていた俺でした。




