食事中に争うべからずなのです。byクロ
ひょんな出来事から始まったその戦いは、凄絶を極めていた。
「ふぉらぁっ! 隙ありぃぃぃぃ!」
「うぐぬぅっ! させるかぁぁっ!」
片方が料理に向かってフォーク百連突きを繰り出せば、もう片方がそうはさせじと、高速回転させた二本の箸で全てを叩き落とす。
片方がスープを掬おうとスプーンを掲げた瞬間、狙い澄ました様に炎熱を纏ったナイフが持ち手に向かって飛んでくる。
投げられた方は、無駄なくらい高等技術で強化されたナプキンをさっと広げてガードする。
なお、たまに魔力の火炎弾が飛来する模様。一度躱しても反転して付け狙ってくる追尾機能付きなので、面倒だからもう全部真正面から叩き潰している。お返しに、指先で気を練って高速の指弾を打ち返す。
「チィッ!? うっとおしい技使いやがるわね! 見え辛いったらないわっ!」
「そりゃこっちのセリフだ。吸って吐く様に無詠唱魔法の追跡弾なんて撃ってくんじゃねぇよ!」
「ハッ! ところでさっきからアンタが振り回してるのも付喪神なんじゃないの!? 敬意だの畏れ多いだとか抜かしてるわりに、ずいぶん扱いがぞんざいなのねっ!」
「『畏れ』の本質ってのは『赦し』を見極める眼力だからな! その神にとって決して越えちゃならない一線を弁える! それさえできてりゃ問題ない!」
言い合いながら二人の視線は、しっかり互いが食べた物を全て把握していた。
(っていうか今あの女、さっきからオレが目を付けていた芸術的な切り口なタコさんソーセージに手を伸ばしやがった!? おのれぜってーゆるさん!!)
(ざっけんじゃねぇわよあのクソガキ、そのゆで卵とプチトマトのサラダはあたしのモンだっつーのよなにモシャモシャ貪ってやがんの!? マジぶっ飛ばす!!)
闘う理由や二人の思考はともかく、攻防自体はあまりにも凄まじい速度で行われる、一流の達人同士にしかできない高次元なもの。
傍目には黒い影が飛び交っているだけにしか見えない状況の中、獣人の視力でそれに追い付いていたクロは、しばらくその様子を見ていたが、
「むむむ……」
だんだんと、眉間にシワが集まっていく。
それから口から零れたように、ぽつりと言った。
「これは、良くないのです」
一つ決めて、タイミングを見計らう。
そして――
「くぉらあああ二人共! ストォーーーーッップ! なのです!」
闘いの手が止まった一瞬の内に、二人の間に割り込んだ。
「むっ!? 邪魔すんなクロ!」
「こいつとは決着をつけなきゃいけないのよ!」
「いいえ! 二人とも耳をかっぽじって聞くのです!」
二人からガウガウと吠えられるが、クロは腕を振って遮る。
「今までこの宿に止まる時のルールは二つでした! 一つ! 『代金は前払い』! 二つ! 『特別な理由がない限り、朝食は必ず決まった時間にここで食べる』! そして今ここに、第三のルールを追加するです!!」
クロはことさらに強調して、三本立てた指を掲げた。
「別にマナーがどうとか、細かいことなど言わないのです。ていうかそんなん、ボクも分からないので! しかぁし――」
グッと拳を握り締め、芝居掛かった動きをしつつ、言葉を溜めている。
しかし他の二人は空気を読んでくれなかった。
「ええからはよ言え」
「まどろっこしいのはキライなのよ」
「せっかく格好付けてるんだからもうちょっと付き合ってくれてもいいじゃないです!?」
クロは咳払いをして気を取り直した。
「と、とにかく三つ目の新ルールは『食事の最中に争い事は持ち込まない』です! これからはこの場所で闘う事は、主であるこのボクが許さないのです! 文句があるヤツは前に出ろです!」
「オッケー」
「やったろーじゃない」
「おっわ二人ともバッキバキに拳を鳴らしながら当然のごとく出てきやがったです!? そんなに戦うの大好きなのですか!?」
「「うん。ちょー大好物」」
「うわーん! こいつら両方戦闘狂だったですーっ!!?」
微塵の躊躇もなくVサインを作って即答する二人に、クロは絶叫した。
「うう……でも負けないのです! まだ奥の手があるです!」
「へぇ? 面白いじゃねぇか」
「その奥の手とやらを、見せてもらおうじゃない」
凶悪な笑みを浮かべ、じりじりとにじり寄ってくる二人に後退りつつ、クロは口を開く。
「もも、もしもこのルールを破ったりしたら――」
「「破ったりしたら?」」
「~~~~もう絶対にぃッ! ご飯作ってあげないのですぅぅぅっ!」
「「もう二度としませんすみませんでしたぁぁぁぁぁ!!!」」
伝家の宝刀一閃。
すっかり胃袋を捕まれてしまった二人に抗う術などあるはずもなく。
二人は即行でジャンピング土下座をかましたのであった。
――食事が終わり、後片付けの途中。
クロがふと思い出した様に言った。
「ところでマーシャ、冒険者ギルドのギルド長に呼び出されてるんじゃないでしたっけ? 時間はいいのですか?」
「うあっ!? やっばっ!」
時計を見たマーシャはバタバタと準備をして、足早に宿から出ていく。
それを見たシキは。
「あ、ちょっと待ってくれよ。オレも行く!」
小走りに、彼女の後を追った。
しかし宿を出てから思うところがあり、少し走ったところで脚を止めて、振り向いた。
「付喪神の宿に住む、獣人の女の子、か……」
眼前に聳えるは七階建ての、少々古めかしいながらなかなか立派な木造の宿……に、見える。
シキは一度、深く瞼を閉じる。そして両眼に気を込めて、見開いた。すると……
――目の前には、廃墟があった。
古びているとかそんな次元ではなく。
一目で人が住める環境ではないと分かる、いつ崩れ落ちてもおかしくない、全体が腐敗し荒廃した、もう終わってしまった場所だった。
「幻術で姿を取り繕わなきゃいけないほど弱ってる、か。もう永くはないだろうに、アナタは何を信じている……?」
答える者は誰もおらず。
シキは首を振って、改めてマーシャの後を追い駆けて行った。