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ノッキーン・ポチーンは擬音じゃない

今日は2話更新してます。ひとつ前を読んでからこちらを読んでくださいね。

「自分で言うのもなんですが、私、結構いい物件ですよ。王都の学校でもいい成績でしたし、一応宮廷魔術師の資格だってあります。今は王都と領地と行ったり来たりですけど、結婚したら領地に落ち着いてもいい。王都の仕事はマーク君に任せればいいですし」


 カッちゃんは立て板に水の勢いで猛烈にアピールを始める。言葉遣いは丁寧だけど、目が据わっていてどう見ても酔っ払いだ。


「ちょ、ちょっと待って、酔っぱらってるでしょ!?」


 猫が腕を突っ張るみたいにして離れようとするが、失敗。そのままもっとしがみつかれて動きを封じられ、完敗。

 うう、細く見えるのにカッちゃんって意外と力が強い!


「酔ってなんかいません。それに待つことなんかないですよ。ね、一生大事にしますから、私に決めちゃいましょう」


 そう言われてやっと、しがみついているんじゃなくて抱きしめられているのだと気づいた。

 し、仕方ないじゃないか、こういう経験はほとんどなかったんだから。(ほとんどの部分は見栄じゃないぞ!)


「まさか、本気でプロポーズしてる、とか?」

「もちろんです。私の嫁になってくれたら、一生、それこそ命がけで守ります。自慢ではありませんが、うちの領地はこの国の要でして、王族と言えどもピクセルには手を出せません。私の嫁なら聖女だと知られてもめったなことでは手出しできません。辺境にもずっといられますよ」

「ほうほう、それでカッちゃんのメリットは?」

「私は一生メイたんといられます。それで充分です」

「いや、十分じゃないっしょ!」


 カッちゃんの一生とか、重たいから!

 私はカッちゃんの腕に爪を立てた、そのままキリキリとつねる。

 痛みに顔をしかめたところで、鼻先にデコピンした。痛みはなかっただろうけど、びっくりしたのか固まっている。


「さてはフラれたことないな?」

「フフフ、当ったり前でしょ?」

「ちっ、可愛くない腹黒め」


 笑いながら膝から降り、椅子の横にぺたりと座る。見上げると、カッちゃんは素晴らしい笑顔で私をじっと見つめていた。おおう、眩しい!

 でも、なんというか、しっくりこない。まだそんなに深く知ってるわけじゃないけど、何かが引っかかる。酔っぱらってるのもありそうだけど、酒のせいで素が出てきてるのかな?


 よし、もっと飲ませてみよう。


 私は水を出すふりをしてぱっと見は水に見える度数の強い酒を出した。小さい冷酒用のグラスだから、たぶん大丈夫だろう。一口目で気づくかもだけど、舌を軽くする効果はあるかもしれない。

 はい、と渡すと、カッちゃんは疑いもせずに一気飲みした。


「うわ、喉が焼ける! なんか、すごい味の、みる、れ、ふね……」


 へたへたへた、と崩れて椅子から落ちる。急性アルコール中毒か!?


「うわあ、ごめん! そんなにすごいと思わなかった!」


 って、なになに、ノッキーン・ポチーン!? 擬音みたいな名前なのにアルコール度数世界第3位の凶悪スピリッツじゃんか!

 私は急いで水をたくさん出すと、カッちゃんの口元に押し付けた。飲んでくれなかったら口移しも覚悟していたら、ぼーっとしたままだけどなんとか飲んでくれた。

 よ、よかった……。危うく若い子の唇奪っちゃうとこだったよ。アルハラにセクハラだよ! おまわりさんこっちです!


「ごめんね、大丈夫?」


 遊びで酒を飲ませようとした私が悪い。本当にごめんなさい。

 朦朧とした男性の体は重たくて大変だったけど、なんとか椅子に寄り掛かるように座らせる。本当は横向きに寝かせたほうがいいんだけど、意識があるのか嫌がるので足だけを伸ばすようにした。

 それから布団を持ってくる。体にかけようとしたら暑いと呟いたので足元に置いた。


「うう、くらくらする。気持ち悪い」

「ごめん、度数の高い酒飲ませた。大丈夫?」

「うん。毒じゃないならいいよ」


 カッちゃんは私にもたれかかってきて、ふうふうと息を吐いた。そのままポロリと涙を落とす。


「でも毒でもいいや。なんか疲れた」


 ぽろぽろと泣きだすカッちゃん。実は泣き上戸だったらしい。言葉遣いも何となく幼くなってるし、飲むと気が緩むタイプなのかな。

 私はよしよしと頭を撫で、腕を回して背を叩いた。佳乃ちゃんが泣いてた時、よくこうしてたなあと懐かしく思う。


 カッちゃんは時折声を詰まらせながら、できのいい兄と弟にはさまれて辛いと言った。

 それと自分はいくら頑張ってもスペアにしかなれないと、スペアでもいいけどそのせいで王都でたくさん嫌がらせを受けていることを話してくれた。


「頑張っても『タークの弟でマークの兄なら当たり前』だし、できなければ『スペアは劣化品だからな』となる。あとはターク兄さんが死ぬくらいなら僕が死んだほうがいいとも言われてる。その程度の存在価値しかない」


 だから聖女と結婚したい、カッちゃんは続ける。


「僕が聖女の鎖になってここに縛っておけば、それで存在価値になるよなって」


 ……、ひょっとしたら、この子、腹黒いんじゃなくてただ難儀な性格してるだけなのか?

 丁寧な物言いは自分を守る鎧で、他人との距離を作るための武器。

 柔らかな物腰は意識して作っていくうちに身についたものなのかもしれない。


 なんだかなあ。


「だから、メイたん、僕と結婚して、お願い」

「カッちゃん……」

「僕、もうスペアは嫌だよう。誰も僕のこと見てくれないの辛い。弟だから我慢しろ、お兄ちゃんだから譲りなさい、真ん中は影が薄いとか、なのに有事には犠牲になれとか、そんなことばっかりで、もうヤダ」


 ぽろぽろと涙を流しながらしがみついてくる。


 なんか、部下に酒の席でからまれたのを思い出した。懐かしいなあ。あの時は3年付き合った彼女が浮気して、問い詰めたら「あんたが浮気なの!」って言われたとか言ってたっけ。セツナイ。

 あの時は全部吐き出せと言って、一晩付き合ったんだったなあ。いや、色っぽい意味ではなく、カラオケボックスで朝までサシ飲みしつつ朝まで語り合ったんだった。その後、彼氏と別れたらしい元カノが戻ってきたけど蹴っ飛ばしたと聞いてよくやったとほめたっけ。


 この子にそれは、無理かなあ。吐き出させてあげてもいいけど、あとですごく落ち込みそう。部下みたいに吐いてすっきりタイプのが楽だね。


 それにしても、あんなに腹黒そう、もとい冷静沈着キャラだったのに、酒でここまで崩れるとは思わなかった。メイたんとか、誰だよと思ったなんて言えない。


「カッちゃん、聞きたいんだけどさ」

「うん」

「私のこと好き?」


 私はカッちゃんの額に自分のをくっつけた。視線が近くなるけど、うん、ときめきポイントがない。ちっちゃい子が泣いてるみたいで、可愛いんだけどねえ。

 カッちゃんはのろのろと顔を上げて私の目を見た。


「聖女関係なく、私のことが本当に好きなんだったら、お嫁さんになってもいいよ」

「え?」

「でもね、私は今までお付き合いした人もいないし、プロポーズされたのも初めて。ちゃんと好きな人にされたかったとか思わない?」

「……、思う」

「だからね、明日になって、今のこと憶えてたらもっかい話そ? ね?」

「うん」


 頷くと、カッちゃんは再び私にしがみついて泣きだした。

 ひっくひっくと肩を震わせて泣き続けるカッちゃんをあやす。

 ヤバイ、なにこの子、めっちゃ可愛い……。私を萌え殺す気か!?

 大きい体をちっちゃくして、全身で甘えてくるところがまた何とも。

 それにしてもイケメンは泣き顔もいいな。こんな素敵な男性にプロポーズされるとは、聖女生活、悪くないぞ!


 とはいえ、残念ながら今のところ一人の男性としては難しい。どう見ても弟だよ、これ。

 まあいいか。たぶん明日になったら忘れてるだろうし。

 お酒って怖いわあ。飲ませたの私だけど。

 ま、せっかくここまで『誰のものでもありません』を貫いたんだから、これという男と結婚したいよね。

 とか言ってまた今回も結婚しない率高そうだけどな!


 そうしているうちに、カッちゃんは寝てしまった。

 スースーと気持ちよさそうに寝息を立てている。抱き合ったままなので正直姿勢が辛い。ただ、移動したくてもがっちりと囲われていて逃げられそうない。


「仕方ない、私がまいた種だしね」


 掛け布団を持ってきてよかった。私は足で布団を引き寄せると、なんとかして上に掛け、そのまましばらく一緒にいた。

 酒のせいで熱を帯びたカッちゃんの体温が心地よい。濡れた頬をぬぐってやると、小さく笑ったりしてまた悶えた。くう、この顔でそれは犯罪だぞ!


「それにしても、異世界でもいろいろあるなあ」


 私はこちらで会った人たちを思い出した。


 領地の心配で顔をしかめていた領主様や、おじさんたち。

 領地のために頑張ってるピクセルさんちの兄弟。

 美味しい食事を作ってくれるベアモンや、使用人のみなさん。

 私の面倒を見てくれたラビファたち。

 ここで頑張ろうと思わせてくれた黒さん。

 悩みを聞いてくれた黒姉さん。


 たとえ世界は変わっても、悩んだり苦しんだりしつつ、手探りで最善を探している。

 それが間違っていてもやり直しすればいいんだから問題なんてない。間違ったままなのを正しいと思うのが問題なんだ。


 そういえば、聖女ってまだ召喚儀式してるんだったよなあ。

 こっちに火の粉がかからないように、しばらくは瘴気に近づかないことにしよう。魔法石作りはちょっとお休みして、スローライフするぞ!


 とりあえず、明日、辺境の砦を黒姉さんに任せたら、こっちでの生活を本格的に考えますか。

 まずは、なにを、しようかなあ……。


 などと、いろいろ考えていたら、うとうとして、そのまま寝てしまった。

 仕方ないよ、あったかいんだもん、カッちゃん……。




 そして朝。

 抱き合って寝ているところをマー君に見つかり、ものすごい勢いで怒られたけど、断じて私のせいじゃない。

 タッちゃんが爆笑しながらカッちゃんの頭を拳でぐりぐりしてるけど、それだって私のせいではないのだ。


 だからカッちゃん、頼むから、全身真っ赤にして恥じらいながら、小声で「一生ついていきます」って言うのヤメテ……。






読んでいただいてありがとうございます。


前後編、みたいな感じでした。また1月くらい空きそうなので一気に2話アップしますよ。

カッちゃんは崩す予定なかったのですが、気が付けばこんなことになってました。酔っ払いで素が出るのかわいい……。次の日憶えているのはもっとかわいい。

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― 新着の感想 ―
[一言] かっちゃん覚えてたね(笑) これはちゃんと向き合わなきゃねー!
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