正直、聖女の力ってなにさ?
「今のところ私が使ったのは『浄化の呪文』と『望んだ酒とつまみを出す』の2つの魔法なんだけどさ」
私は手のひらをくるくる回してウーロン茶を取り出した。
「これもどこから取り出してるのかわからないんだよね。ちゃんと美味しくいただけてるし、味もイメージ通りだから問題はないっちゃないんだけど、なんというか、これって聖女の魔法なのか、みたいな?」
佳乃ちゃんに借りて読んだ異世界転移物のラノベだと、アイテムボックスとか空間収納的な、青いネコ型ロボットのポケットみたいなものが使えて、そこにいろいろ入ってるってのが定番なんだけど、私が使っているのはそれとは違うっぽい。どうもイメージしたものをこの世界の魔法的な何かで作り出しているみたいなんだ。
それを私たちがおいしく食べられるのはいいとして、正直、聖女の力というのがよくわからない。
「浄化ってさ、瘴気を吸い取って魔法石に変えるだけだと思ってたんだけど、それだとちゃんとした石にならないのよね。途中の奴、さっき見たでしょ?」
前回はスーパーボール系高反発、今回はムニムニ系低反発で、どちらも石とは言いにくい品物だった。固まっていたから使えないことはないと思うけど、魔法石と呼ぶにはいまいち偽物っぽいんだよね。
「こないだの黒さんの石ができた時もそうなんだけど、瘴気を単に吸い取るだけだと中途半端な石ができるの。そのあと、真っ黒い人みたいな瘴気の塊と会って、なんやかんやで浄化をすると、仮の石とくっついて綺麗な魔法石になるんだ。黒さんの話だと「同じ瘴気」ってことだったけど、瘴気が何で人の形なのかもわからないし、とにかく情報が欲しいんだよ」
この世界に来たばかりの私には知らないことが多すぎる。一つ一つ取り込むしかないんだけど、それにはまずちゃんとした仕事ができるようにしたい。仕事人のプライドは転生しようがしまいが関係ないのだ。
「暇なときに読んでた文献だと、聖女の力は浄化をして魔法石を作るというただそれだけに特化してた。召喚されたからだと思うんだけど、魔法を使う環境にいなかった分、適応性がないのかもしれない」
「適応性?」
「うん。例えば剣を一度も触ったことがない人に剣を振れって言っても振り方がわからないじゃない? どこをつかんでもいいかわからなくてケガをするかもしれない。魔法もそんなものなのかなって思うんだ」
「なるほど、興味深いですね」
「私のいた世界は魔法は存在してないから、その分別のことが発達してた。こっちで魔法石でできることは『電気』っていう別のエネルギーを使ってやってたの。こっちだと雷を集めたみたいな感じなのかなあ。説明が難しくてうまくできないけど」
せっかくファンタジックな世界に来たんだから、と魔法についての文献を探したら、聖女は独自の魔法以外は使えないもしくは下手という記録を見つけた。火の玉を手のひらに乗せて灯りにしたり、風を起こしてみたり、空を飛んだりしてみたかったのに、無念。
でもそこに出ていた『聖女独自の魔法』というのがとても気になったのだよ。
「まあそんなわけで、歴代の聖女様方がどんな方法で瘴気を浄化していたのか、どんな魔法石を作っていたのか、知りたいんだ。砦の図書館もたくさん本があるから探せばありそうなんだけど、実はこっちの文字、読みにくくて」
不自由しないようにと補正が入っているのかもしれないが、なぜローマ字にした……。英語じゃなかっただけいいじゃんと言われればそれまでだけど、読みにくいんだよねえ。
「それだったら、王都にいる私の知り合いが役に立てるかもしれません」
顎に手を当てて考え込んでいたカッちゃんがポンと手を叩いた。
「前聖女様のお世話係をずっと勤めていた方なんですが、今は聖女の記録室にいます。アカリ様が亡くなって以来、窓の外を見てぼーっとしているだけだと聞いてますから、連絡すれば情報をいただけるかもしれませんね」
「おお、それは」
いい、のか?
「カーク兄、それはまずいよ」
マー君がポッキーをハムハムしつつ首を振る。
「あのおっちゃん、メイの話をしたら絶対飛んでくるよ。そうしたら王都に聖女召喚が成功してることがばれる」
だよね……。
「俺も反対だな。ただでさえ王都では懲りもせず聖女召喚の儀式を行う準備をしていると聞く。辺境に聖女が現れていた上にそれを隠していたなんて知られた日にゃ、父上だけじゃなくてうちの領地全体が危なくなるだろう。今はまだその危険は犯せない」
デスヨネ……。
というか、不審な言葉が聞こえたよ?
「まだ聖女召喚やってるの?」
「噂だがな。毎週金曜日の夜に魔術師の塔が光って揺れてると聞いた。メイがここにいる以上、どんなに頑張っても新しい聖女は召喚されないから、魔力の無駄遣いだな」
あ、また、フラグを発見してしまった。
「ということはさ、私が死んだら新しい聖女が召喚されると、そういうわけですね?」
「「「…………」」」
「王室に都合の悪い聖女だったら、リセットして新しいのを呼んだほうがいろいろ便利だもんねえ」
うんうん、と頷く。
これはあれだ。
辺境に聖女が出現して魔法石いくつか作ってるけど、辺境から出たくないし王都に行きたくないってさ。
それって、役に立たないんじゃね?
よし、消そう。
となるわけですね、わかります。
私みたいな擦れた大人じゃなくて、マー君みたいな若くてまじめな子が召喚されて「貴女だけしか頼れないのです!」とか「貴女がいないとこの国は、ううっ……」とか言われたら、100中99くらいは「頑張ります!」って言うと思う。佳乃ちゃんが貸してくれた本にもそう書いてあった。まあ本はそうでないと話が進まないからってのもあるんだろうけど。
それにしても困った。私の魔法はあくまでも『瘴気を浄化して魔法石を作る』ことしかできない。食べ物が出て飲み物が出てはそのための手段なんだろうけど、それで殺し屋が手を止めてくれるとは思えない。ワンチャン「ウメェ……。ママ、アイタイ」みたいなシーンがあるかもしれないけど、ってないか、ないな。
何とか自衛する手段を考えなくちゃならんのかあ。
それもまためんどくさい。
「ま、それはおいおい考えよう」
というわけで、一時保留。
「今考えたところで仕方ないし、一度死んでるんだからまあいいや。そもそも今ならこっちに知り合いいないから、いなくなったところで気にする人もいないしね」
そう言うと、突然マー君ががばりと抱き着いてきた。
「知り合い、俺!」
「え?」
「いなくなったら気にするから!」
マー君、ええ子や、ホロリ。
そう言えばマー君の肉付き結構好きなんだった。タッちゃんのがっちり筋肉もいいけど、これからの俺に期待してくれ!みたいな発達中の体はなんかいい。
って、おばちゃんだよ! 悪かったな!
せっかくなのですりすりしてみたら、ぺちりと叩かれた。ヒドイ。
「すみません、メイちゃん。私が考えなしでした」
カッちゃんが頭をいい子いいこと撫でてくれる。
「この件は私も調べてみます。書庫にも聖女に関する本が少しはあると思うので、帰ったら一緒に探しましょう」
それはありがたい。そして、カッちゃんのナデナデは力加減が絶妙でとても気持ちがいい。一緒に撫でられているマー君も気持ちよさそうに目を細めている。お互い猫みたいだねえ。
ニヤニヤしていると、タッちゃんが三人まとめてぎゅっと抱え込んだ。
「昨日会ったばかりだが、メイは俺がちゃんと守ってやる。かわいい妹だからな」
おっ、妹に昇格した!
「ということは、カッちゃんかマー君の嫁に!?」
ニヤリと笑うと、今まで抱き着いていたマー君とナデコしてくれてたカッちゃんがそれぞれ手を取った。
「素敵な結婚式にしましょうね、メイちゃん」
「……、なんかごめん」
なぜ謝った! そこは空気を読め、マー君!
とまあ(酒のせいか)いろいろと脱線したが、ここにいる三人は聖女の魔法についてあまりわからないと言うことで終わった。残念。
ただ、伝承では『歌を歌った』とか『絵を描いた』とか『ともに涙した』とかいろいろなパターンがあるらしいので、その時召喚された聖女が手探りで頑張った成果なのかもしれない。
仕方ない、私も足掻くか。
その後、タッちゃんが魔法石を見たいと言うので、枕元に置いていたタオルの中から引っ張り出してきた。
さっきできた黒姉さんの石。うん、やっぱり綺麗よ。
「これが……」
ごくりとつばを飲み込みつつ思わず手を出したタッちゃんが、急に何かを思い出したように手を引っ込めた。
「触っても平気か?」
黒さんの時におじさんが吹っ飛ばされたのを聞いたらしい。
「多分大丈夫だと思うんだけどなあ。姉さん、イケメンたちが触るから堪能して」
石に触れながら言うと、ほんのりと光ってすぐ消えた。許可してもらえたらしい。
「というわけで、マー君、触ってみて」
「なんで俺が!?」
「だってマー君だし」
なんか、ごめん? と小首を傾げたら、タッちゃんもカッちゃんもうんうんと頷いた。
「ううう」
マー君は顔を背けながらゆっくりと人差し指を伸ばし、石にツンっと触れる。石がぴかっと光ったのに驚いて後ろに飛んだマー君と、うわあと叫んで布団に頭を突っ込んだ上二人を見て、うっかり笑い転げてしまった。
「黒姉さん、笑いすぎ! ダメだよ、若い子で遊んじゃ」
笑いながらペシペシと布団を叩く。マー君は唇を尖らせて膨れながら、布団にもぐっている兄たちの上に倒れ込んだ。くぐもった悲鳴があがる。まったく、何やってんだこの子たちは。
大丈夫だと安心したのか、タッちゃんは石にそっと触れた。
「なるほど。さっきのは柔らかかったけど今は堅い。大きさはさほど変わらないが、重さは倍以上だ。それにこっちのが断然綺麗だな」
綺麗、の言葉に石全体が淡く瞬いた。黒姉さん、照れたのね! 可愛いわー。
ほんのり色づいた石をカッちゃんがそっと撫でたら、瞬きが早くなった。もう黒姉さんったら、ひょっとしたカッちゃんがタイプなの? 腹黒いよ、この子。ニヤニヤしていると、カッちゃんの指が点滅になった輝きを探るように全体に伸びていく。
「こちらの魔法石のほうが魔力の含有量が桁外れですね。先ほどのものでも今まで購入していた魔法石の10倍以上の力はあったのに、これは私ではわからないほどの量です。砦が120年くらい持ちそうな気がします」
ひ、120年!? それはまた……。
「なんというか、すごいものできちゃったのね」
「うちにとってはありがたいがな」
タッちゃんがニヤリと笑う。だけど直後に体を強張らせ、苦虫を噛んだ顔をして頭を下げた。
「すまん。これをメイがくれるかどうかはまだ決まってなかったのに、使う気でいた」
「え?」
「父上と約束していただろ?」
なんかしたっけ? と首を斜めにしまくりつつ思い出す。
『次の魔法石からは優位で対価交渉できる』
あ、これか。従者が何たらでうっかり飛んでいたわ。マー君やカッちゃんが常に一緒とか、楽しそうだけどそれはそれで困る。
なんて考えて、ふと目を上げると、タッちゃんの言葉に弟たちも不安げな顔をしている。
明日を入れてあと4日しか持たないんだったよね、砦の魔法石。帰りに半日だから3日はゆとりがあるけど、魔法石の取引に手間取ったらとかいろいろ考えてるんだろうなあ。
そんな心配いらんのに。
というか、まだその程度の信頼しか得てなかったか。まあ仕方ない、マー君は一昨日、タッちゃんとカッちゃんに至っては昨日初めて顔合わせたんだもの。当たり前だけど、なんか寂しいな。
「ああ、今回は旅行代ってことでいいよ。面倒かけたし、なによりカニ美味しかったし」
はい、と石をタッちゃんに転がす。黒姉さんの石はコロコロと転がってタッちゃんの胸筋にもぐりこんで止まった。
黒姉さん、なんとうらやまけしからんことを! 私もあの胸筋に、げふげふ、以下自主規制。
懐に突然転がり込んできた石の感触に、タッちゃんは動きを固めた。後ろではカッちゃんが目を丸くし、マー君がコーラを吹き出しかけて咽せている。
「ちょ、おま、そんな杜撰な扱いを!」
「で、でも、メイちゃん、この石でしたらうちの領地の10年分の収穫すべてくらいの対価でも不足するほどの品ですよ!?」
「へー」
「へー、って、メイ……」
「だって、持ってたって使わなかったらただの奇麗な石でしょ? そんなん、姉さんに叱られるわ。たまに会いに行くって約束したんだから、格好付けさせて」
そう言いながら、起き上がって新しい飲み物を出す。
私はジンジャーエール、タッちゃんは生ビール、カッちゃんは梅酒、マー君はコーラ。適当だけどまあ良し。
呆然としている三兄弟にはいはいはいと飲み物を渡し、適当に乾杯を言って先にグラスを傾けた。
読んでいただいてありがとうございます。
メイちゃんと三兄弟の酒盛りその2でした。カッちゃんは梅酒の次は養命酒を試したらしい。




