温泉ぷしゃー!
山道を揺られて到着した場所は川に沿った小さな町だった。
草津みたいななんとも風情溢れる温泉街が広がっていて、そこここに人が溢れている。
ここに来て初めてこんなにたくさんの人を見たよ。
「相変わらず混んでるなあ」
馬車から降りて大きく伸びをしながらタッちゃんが呟く。改めて見るとほんとに大きい。今の私は150センチくらいしかなさそうだからかもしれないけど、ジャンプしないと視界に入らないかもしれない。すらりというよりがっちりタイプの体型では砦にいた騎士の皆さんに負けないと思う。跡継ぎだから鍛えてるんだろうなあ。
「温泉の臭いですねえ。調査と言って二三泊してきませんか?」
ゆっくりと降りてきたカッちゃんが並んで伸びている。こちらは背は同じくらいだけど筋肉はそこまでなさそうなすらりさん。脱いだら細マッチョなのかもしれない。同じ兄弟でこんなに違うのねと思うけど、タイプの違うイケメン兄弟はさぞやおモテになるだろう。そういえばさっき魔法使えるって言ってたなあ。教えてくれないかしら?
「ターク兄もカーク兄ものんびりしすぎ!まずは瘴気のところに行かないと」
その後ろについたマー君は二人に挟まれるとまあまあだ。さすがマー君。そういうところ嫌いじゃないぞ。
「メイ、また失礼なこと考えてるだろ?」
相変わらず私の心を読んでくる憎い奴。
私はにやりと笑い、無視して馬車から降りた。
高かったのでちょっとコケたのは内緒だ。
この先は馬車では入れないとのことで、温泉街をぶらぶらしながら目的地に進んだ。
上のにーちゃんズはよく来ているのか慣れた感じだけど、マー君は真剣な顔で地図とにらめっこしている。そういえば今回の案内人はマー君だったんだっけか?
聞いてみると、カッちゃんはテヘペロ顔で頭を掻いた。そしてさりげなく先頭を行くマー君から離れて私の横に来る。
「実はマーク君は気合が空回りするタイプでね。今回はメイちゃんの先導に力はいりすぎちゃってて、心配だったんでついてきたんですよ。そしたらターク兄さんが先にいてびっくりです」
耳元で囁く声は心配症のお兄ちゃんという感じで和む。マー君には聞こえなかったみたいだけど、タッちゃんには聞こえていたようで、苦笑しながら頷いていた。
辺境伯の跡取りたちはとても仲がいいようだ。貴族の兄弟って仲が悪いイメージだったけど、先入観だったな。そういえば前世でも仲良し兄弟で会社を経営していたところあったっけ。家族経営の会社だったからかもだけど助け合いながらうまくやってた。
とはいえ、ここに三人そろっちゃってたら、なんかあったときどうすんだよ……。
これから瘴気を払いに行くんだよね?
こないだはたまたま危険じゃなかったってだけだったらどうしよう?
軽装だったよといってタッちゃんを身軽にしちゃったけど、今回魔物とか出ちゃったら私に対処できるんだろうか?
うーん……。
仕方ない、兄弟そろって姐さんが守ってやろう。
私は心の中で決意しつつ、仲睦まじい三人を見つめた。
「ここだね」
先頭を歩くマー君が足を止めたのは温泉街を出て約20分後だった。
緩い山道とはいえ、ちと疲れていたので目的地ついてほっとしたよ。ああ、足湯につかりたい。
マー君が連れてきてくれたのは草木の無い岩肌が露出した崖の下だった。
温泉街を流れる川からちょっと離れたけれど、岩肌から流れるお湯が削られた地面を川のように流れている。
時折ぷしゅーっと音がして源泉が吹き上がるのも壮観。そういえば前世にもこんな観光地あったなあ。硫黄山だっけ?大涌谷とか?その系統っぽい。
吹き上がる熱いお湯を避け、視線を逸らすと、湯が吹き上がっている場所のすぐ近くに黒々とした瘴気が上がっている。温泉の噴き上げて同じタイミングで瘴気が吹き上がっているのでその周りだけどんよりした雲みたいなのがかかっていた。今はまだ小さいけど、積みあがったら入道雲みたいになりそう。
そんなことを思いながら見上げていると、マー君が不思議そうな顔で覗き込んできた。
「なにかあるの?」
「うん、真っ黒い雲が上がってる。見えない?」
「雲?」
マー君は私の視線に合わせて目を動かした。
「何にも見えないよ。いい天気だなあってくらい?」
ふむ。
ということは、まだそこまで瘴気はすごくないのかしら?
と思っているところで勢いよく温泉が噴き出した。
そりゃもうすごい勢いで!
温泉ぷしゃーっっっ!って叫びたくなるくらいの勢いで上がり、日にきらめいて虹がかかる。
だけどそれが綺麗だと思えたのは一瞬だった。
吹き出し口の根元から温泉より勢いよく吹き出した瘴気が大きな黒い入道雲になり、まっすぐこっちに向かってきたのだ。
「あー、きれいだなあ」
「魂が癒されますねえ」
タッちゃんとカッちゃんはのんびりと温泉を見あげている。
そんな二人のところに黒い雲が勢い良く近づいてきて、触手を伸ばすように一部を飛ばしてきた。
瘴気に感情なんてないと思うんだけど、明らかに二人を狙ってる気がする。だって近くにいる私とマー君は眼中にないって感じなんだもん。
ということは、二人が危ないんじゃ!?
私は咄嗟に二人の前に飛び出し、呪文を唱えた。
「プラズマルク・ラスター!!」
叫んだ瞬間、真っ黒い雲が太い槍になって飛んできて胸にぶっ刺さった。
そのまま吹っ飛ばされて地面に叩きつけられる。それでも勢いは止まらず、一度二度と後転しながら弾んで、温泉の流れる溝に引っかかって止まった。
「うぁちゃーーー!!」
温泉あっちい!!めっちゃあっちい!!リアル熱湯風呂!!
転がり出て、ゲホゲホと咳き込む。硫黄泉らしく卵が腐ったような臭いがした。
とりあえず火傷はしてないようだ。熱かったけど適度に冷まされていたのかもしれない。ああ、よかった。
「メイ!!」
「メイ!」
「メイちゃん!」
いきなり叫んだ私が見えないモノに吹っ飛ばされて固まっていた三人が弾かれたように走ってくる。
カッちゃんが手際よく濡れた服を脱がし、自分の服を脱いで着せてくれた。自分では気づかなかったが結構な高温だったようだ。カッちゃんの白い手が真っ赤になっている。火傷してないといいんだけど。
「すぐに冷やさないと。それに温泉成分が強すぎるので肌がただれてしまいます」
カッちゃんは心配な顔で懸命に私の顔をぬぐってくれた。なるほど、ひりひりするのは温泉成分か。そういえば硫黄泉って強すぎると腐食するんだったなあ。
「いったい何が……」
タッちゃんが呻きつつ私を抱き上げた。
おお、お姫様抱っこキター!胸板キター!
と、喜びの声が出る予定だったんだけど、声が出ない。今頃になってあちこち痛みだし、くらくらする。目を開けてるのも辛い。多分温泉だろう、目に沁みる。
見上げる空には黒い雲はなかった。むしろすがすがしく晴れ渡った空が広がっている。
温泉の吹き出し口に溜まっていた瘴気もない。ここのものは全部吸い込むことができたようだ。
それにしても、すごい衝撃だったわ。昨日はなんともなかったけど、場所に寄るのかしら? 大したことなかったとか言っちゃったから罰が当たったに違いない。
そのとき、私の胸からコロリと何かが落ちた。多分魔法石だろう。
「マー君、石、くれる?」
「う、うん」
腹の上あたりで止まっていたそれを手に乗せてもらう。
ひんやりした感触はあったけど、完成品じゃないのはわかった。今回のは手触りがプニプニしてる。低反発枕みたいな触感。しっかり見えないけどおもちゃみたいな色合いだろうな。
「これが魔法石?」
「でかいな」
「不思議ですねえ」
三人は出来上がった石を見て歓声をあげている。これだけの大きさならば10年は畑を維持できるとマー君は喜び、砦の生活も維持できるとタッちゃんが笑い、しばらく安泰だとカッちゃんがほっとした声を出していた。未完成品でも鉱山のものよりは上等のようだ。
しかし、こんな中途半端ものを納品するわけにはいかん!私のプライドが主に許さんのだ!
「まだ完成品じゃないから、あげられないよ」
私はやんわりと石を取り上げた。三人の視線が痛い。だけどこればっかりは譲れない。仕事にはプライドを持つ、それが私の生きる道。
「明日もう一度試すから今夜はここに泊まりたい。いい部屋よろしく。できればカニも」
「カニ?」
「カニ、沢蟹じゃなく、松葉ガニで……」
なんで蟹かわからないが、急にどっと疲れが出たと思ったら、世界が真っ暗になった。
読んでいただいてありがとうございます。
温泉に行きたい、蟹が食べたい、胸筋に寄りかかりたい、すべて作者の欲望と言う回でした。




