責任もってお持ち帰りします
「気が済んだ。浄化してくれ」
頭に乗せられた手が重たい。顔をあげようとするとぐっと押された。見られたくないらしい。顔を見たところで真っ黒で表情なんかわからないんだけどなあ。
でもきっと泣いているのだろう。
つられて私も涙目になった。
この世界に来て初めて、腹を割って話せた相手だ。たとえ瘴気の塊だとしても別れが辛い。
この年になって泣くなんてなあ。全米が泣いても泣かなかったのに。
「今できることを全力でやっていくんだろう? 多分小屋周りの瘴気もわしのだ。わしを浄化しないと、これからも瘴気を出し続けてしまうだろう。それはよろしくないのではないか?」
「そうなんだけど。心の準備が……」
「何言ってるんだ? 聖女なんだろう?」
「うん……」
「このままいれば、わしは本当に邪魔なだけの存在になる。そんなのは嫌だ。誰にも迷惑をかけていないのはわしの自慢だったんだ。これからも自慢したい。協力しておくれ」
ここまで言われたらやらない選択肢はない。
私はうつむいたまま頷いた。
ポンポンと頭を叩かれる。
「わしの浄化、聖女の初仕事になるんなら、こんなに嬉しいことはない」
にやりと笑ったような気がする。見えないけどさ。
「わかった。誠心誠意頑張るよ。そして、できた魔法石は責任もってお持ち帰りするわ」
「そしたらわしは最初の男だな、フフフ」
言い方!
「くっ、擦り切れるまで使ってやる」
「そんなに激しく攻めちゃいやん」
エロジジイめ!
この世界にセクハラって言葉はなさそうだな。
でもまあ、こちらを元気づけようと思っているのはわかった。心置きなく浄化させてもらおう。
「初仕事、行きます!」
私は呪文を唱えた。
上空にあった大きな黒い瘴気の雲が渦を作って私の胸に吸い込まれていく。
ほんと、高性能の空気清浄機だよなと思う。しかもさほどしんどい作業ではない。こんなに吸っても電気代は1時間で3円ですとかそんな感じ?
ものすごい吸引力で、アッと言う間に空が明るくなった。
次はいよいよ黒さんの番だ。私は手を広げて黒さんの手をつかむ。
ところが、そう簡単にはいかなかった。
そりゃそうだ、感情的には人ひとり吸い込むのと同じなんだから。黒さんの体を作っていたらしい瘴気がざらざらと崩れ、足元から私の中に吸い込まれていく。
正直、怖い。
見た目もだけど、なんだかとてつもない罪悪感に襲われる。無抵抗な生き物を傷つけているような、体でなくて心に傷を負わせているようなそんな気持ち。
「大丈夫だから」
黒さんの顔に口ができた。
ゆっくりと、笑みの形を作る。
「ありがとう。酒もつまみもおいしかったよ。また一緒に飲めたらいいなあ」
「出来上がった魔法石を酒につけてあげるよ」
「そりゃ楽しみだ。あ、そういえば」
黒さんは思い出したように手を打った。
「さっき作った魔法石、微妙だったとか言ってただろ? わしの瘴気を吸い込んだら、その魔法石をもう一度吸い込むといい。さっきのは瘴気が薄かったからちゃんとした石にならなかったのではないかな。同じ瘴気だからくっついてよい石になると思うよ」
なるほど、試してみよう。
「浄化されるのはいい気持ちなんだなあ。あんたに会えてよかったよ。これから大変かもだけど、まあがんばれ」
そういったのを最後に、黒さんは私の中に吸い込まれた。
鎖骨付近に先ほどより大きなしこりができているのを感じる。
私は呪文がまだ生きている間に急いで先ほど作ったスーパーボールな魔法石を吸い込んだ。
その瞬間、目の前が真っ白くなって、世界が爆発したような衝撃が来た。
いろいろ終わってカチョさんたちのところに戻った時には夕焼けがきれいな時刻になっていた。
結構時間がたっていたらしい。まあそうだよね、飲み会楽しかったよ。
「遅くて心配したよ」
イチフジさんが心配そうに駆け寄ってきた。なんか嬉しい。
その後ろをひーひー言いながら走ってきたカチョさんは、私の手を取って嬉しそうに言った。
「聖女様はすごい! 先ほどまでこの辺りは鼻をつままれてもわからないくらい真っ暗だったのですが、少し前にいきなり闇が晴れました。こんなに空気がきれいになったのはいつぶりでしょう。なにをされたのですか?」
私は簡単に事情を説明した。
もちろん、飲み会の部分は伏せた。ただ『瘴気の塊と話をして円満に浄化させてもらった』と言った。間違えではない。スパイは嘘の中に真実を混ぜるのだという。
「そんなことが……」
カチョさんは絶句した。信じたんだな。スパイの技術、今後も役立てよう。
ま、気持ちはわからないでもない。瘴気に人格があって話をしたなんて、信じがたいだろう。私が聖女だから信じたってところだと思う。肩書大事だなあ。
「そして、できた魔法石がこちらになりまーす」
私はポケットからこぶし大の石を取り出した。
「きゃああああ!」
「いやーん! なにこれ!?」
「ス・テ・キィィィ!」
1.2.3おじさんたちの口から悲鳴が上がる。
ちっ、私より乙女っぽい悲鳴でなんかむかつくぜ。
カチョさんは私の手の上にある魔法石を凝視して呟いた。
「大きくて黒くてすごい……」
おじさん、なんか、言い方がすごく嫌なんだけども。
おじさんたちが見とれるのもわかる。魔法石は先ほどのものよりずっと出来が良かった。
まず美しさが段違い。夜の闇を固めたような暗い青は吸い込まれそうなほどの美しい黒に変わり、中できらきらしていた金粉は夜空の星のように輝いている。眺めているときらきらと場所が変わり、スノーボールみたいだ。角度を変えると虹のような光を放つのもまたいい。表情が変わるので見ていて飽きないほどだ。
形もちゃんとしたまんまるで、すべすべした気持ちよい手触りには人肌みたいなぬくもりも感じる。
そして、重たい。ずっしりして、正直誰か持ってくれよって感じ。持たせたら逃げられそうだけど。
あれだけの瘴気を凝縮しているんだから重たいは当たり前なのかもだけど、瘴気に重さがあるのかはわからないから、魔法の力とかそういうものなのかもしれないなあ。
「と、とりあえず、私が預かり」
「ませんよー! 私が持って帰ります」
責任もって持ち帰るって約束したもんね。
カチョさんに最後まで言わせないまま、私は石を懐にしまい込んだ。一応少女だからな、私。おっさんがか弱い女の子の胸に手を突っ込んだりはすまい。胸3つみたいになってしまったが、細かいことは気にしないぜ。
その後、すこし問答があったものの、おじさんたちは諦めてくれた。怒らせたら逃げられるとでも思ったのだろう。逃げるところなどないし、そもそもこの世界にこの姿でなくても放り出されたら生きていけないよ。いろいろ知るまでは嫌でもお世話してもらう予定。そこんとこよろしく!
長い一日だったなあ。
などと言いながら、私達はようやく帰路に就いた。
安心するのはまだ早かった。
残念ながらこの世界の1日は36時間なんだってさ。
長い一日はまだ終わらないらしい。
読んでいただいてありがとうございます。




