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ファイブ・セコンド(Five Seconds)  作者: 中矢良一
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第44話(最終話)「 葬儀 」



肌寒い日が続いていた。12月も間近となり、世間は何かと慌ただしい雰囲気に包まれていた。


浅田家の入り口には葬儀の花輪がいくつも立てかけられていた。


同業者の菓子屋組合はもとより、本人は地域振興に熱心であったため、役所関係からも多くの花輪が届いていた。


田中利一、警視省関係からも豪勢な花輪が届いていた。


真一の父隆介、母春江も朝から葬儀の手伝いに忙しく体を動かしている。

皆、そう大きな悲しみに包まれている様子ではない。


「まあ、大往生でしょうな」


浅田家の親類の一人が呑気なことを言った。


一樹の曾祖母、みつの葬儀は親類の言うように大往生のお祝いでもあるかのようだった。享年99歳、白寿で人生の幕を閉じた。


「大祖母ちゃんが守ってくれたんだね、姉ちゃん」


一樹がしみじみ言った。


「うん、アンタのおバカを大祖母ちゃんがかばって死んでくれたんだよ」


良子が一樹のおでこを軽く小突いた。


「ゴメンナサイ・・・・・」


「ゴメンナサイじゃないわよ!今度死にたいときは、一人で死んでよねっ!あ、真ちゃ~ん、精進落としのお料理、一緒に食べよう」


あれ以来、良子と真一との間では交際らしきものが始まっていた。


「真一が義理の兄になるのかあ?まあいいや~~、我慢しよっと」


一樹は苦笑いをしながら、真一の方へスキップして行く良子の幸せいっぱいな背中を微笑ましい気持ちで見送っていた。あの時・・


高速道路で一樹は必死にシフトダウンしミラクル軽のブレーキ踏み続けた。


もうだめだ!そう思い、並走するトラック2台のわずかな隙間に車を割り込ませようとした。


すると、慌てたトラックの1台が、進路を急変更、中央分離帯を越えて反対車線に飛び込んでいった。もう1台のトラックはスリップしてフェンスに激突し、両車輌共に炎上、運転していた人間は二人とも車を捨てて逃げ去った。


黄色のポルシェはそのはるか後方ですでに車体を静止させていた。


運転する野口に見えた光景は、逆走して走りくる軽自動車とそれをよけて、それぞれに激突、炎上するトラック2台・・・わけが分からなかった。


激突炎上事故は、単なる交通事故として報道されただけだった。


野口もその後英語教室を解散して、行方が分からなくなった。王室関係者ではなかったかという噂も流れたが、事実は明らかにならずに終った。


一樹と良子の乗ったミラクル軽は、あわや・・というところで、激突の難を逃れ、真一たち4人の乗ったBMWも無事停止することができた。


5秒前の光景を見た、その瞬間に光の速度を超える速さで反対方向に戻れば


その光景の前の世界に行くことができる・・・そんな理屈もある。


しかし、一樹自身、自分の能力はそれと全く無関係であるような気がしていた。


今回、自分の行動は、人命を救ったことに違いないが、そのために、自分自身と姉の命を危険にさらしたわけでもある。


(今回だけにしよう・・・)


一樹はそんな風に考えていた。



12月某日未明、レイ・ルヒを乗せた特別機は、彼女の祖国へ向けて羽田を飛び立った。


その国とは、ハイジャック犯たちが亡命したユーラシア大陸とアジアの境界線に近い国であった。


日本との正式な国交はない。だが、条件付きでの出入国は暗黙の了解が成立しており村井洋介は、レイ・ルヒ帰国後、田中の力を借りて日本を出国した。


その後、レイ・ルヒと村井洋介に関する情報は、日本の家族や、関係筋にも全く入ってくることはなかった。また、ハイジャック犯たちのその後も全くわからず、次第にその事件そのものも忘れ去られようとしていた。


警視省を退職した磯貝有里は、その後法曹界とは無縁の、歴史関係書を専門に扱う出版社に就職し、その傍ら、仁醍王室陵古墳の謎について詳細を調査した個人的な本の出版に向けて、執筆活動を始めていた。





田中利一は一樹と真一の勤務する東邦工業から、発売が予定されていた、例のミラクル・ローテリー・エンジン搭載の軽自動車発売阻止をもくろんでいた。それは、もちろん東邦工業以外の大手自動車会社からの依頼を受けてのことであった。本来低価格、小出力の経済車が、普通車よりも高燃費、高性能になることは、自動車産業全体に大きな打撃を与えることになることは間違いなかった。田中はそれを回避させる役目を負っていたのだ。


レイ・ルヒの後を追って出国した村井洋介と一樹の姉良子との結婚話も仕組まれたものであったが、東邦工業自らが、なぜかミラクル軽自動車の発売を見送った。



田中邸の冬はセントラルヒーティングにより、寒さなどとは全く無縁の快適なものであった。


政府機関の要人である田中は、政治家でもなければ、警察関係者でもない特殊な立場であったが、今回を機に全てから身を退く覚悟でいた。


「葛湯と言うのは日本にしか無いのでしょうかね?」


田中利一はトロリと甘い糊のような葛湯が好きであった。


同居人の早川浩子の作ってくれた葛湯をすすりながら浩子に聞いた。


「どうなのでしょう?あなたは、お小さな頃からお好きでしたわね。ワタクシには少々甘すぎますわ」


「君はお酒を飲みますよね?だから甘党の私とは好みが違います。

こんなに甘くておいしいのに。私はこれを頂いていると、心が静まっていくのがわかるのですよ」


「そうですわね、あなたのお顔、今とても、お優しいですもの」


田中利一はいつになく嬉しそうな表情で、


「おかわり、お願い致します。どこにも行かないで私のそばに居てください」


「ワタクシはどこにも行くところなどございません」


浩子は優しく微笑んで葛湯を器にそっと注いだ。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・終わり

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