第39話「何処に向かって」
当然、野口もレイ・ルヒと村井洋介の動向は十分に把握していた。
しかし先日、信号ダッシュでスピードを競った一樹と真一、あるいはその入り乱れた人間関係を持つ6人がこの大阪に居合わせていようとは、まるで知る由もなかった。
大阪の地に偶然居合わせる6人、3組の男女に迫る、いわば黒い影。
しかし、野口の目的も、レイ・ルヒを本国に送り返すことであり、その責務さえ遂行すれば暴力や流血には無縁の穏やかな解決に終わるはずだった。
夜9時過ぎ、一樹と有里の滞在するホテルに良子から連絡が入った。
「はい、もしもし、誰?」
良子は浅田としかフロントの取次ぎに伝えていなかったので、一樹は多分電話は良子からであろうかとは思ったが、一応確かめた。
「アタシ・・・良子」
「ねえちゃん!なぜ大阪にいるの?・・・それも真一と一緒ってどういうこと?」
「あら、道頓堀にいたの?知らん顔して通り過ぎたのね、ひどい子」
「違うよぉ!いろいろあって・・・そんなことはどうでもいいとして、姉ちゃんたちこそ、なぜ二人で大阪に居るのさ?」
「真ちゃんが大阪行くっていうから乗せてきてもらったのよ。あんたこそなぜ大阪なのよ?」
「それは、つまり・・・」
「ああ、女の人?まあ!いけない子、会社休んで。母さんに言いつけちゃう」
「あのね、姉ちゃんさあ・・・・ガキの頃の万引き言いつけるみたいな幼い話ししてるんじゃないってば」
「やっぱり、あん時の万引き、アンタやってたんだ。私の勘は鋭いね」
「ちょっと可愛い真ちゃんに代わってくれない、電話~ッ!」
一樹は姉の要領を得ない応対にうんざりして怒鳴った。
「ああ、オレオレ、真一・・・お前のホテルに行くから待っていてくれよ」
「お前、何で姉ちゃんと一緒なんだぁ?びっくりししちまったじゃねえかよ。付き合ってたのか?」
「バ、バカ野郎! んなわけねえだろ。良ちゃんに頼まれて来たんだよ」
「俺はお前が姉ちゃんと付き合うの、許す。我慢する。」
「張っ倒すからな、そこで待ってろよな、弟君・・・」
「冗談ですよぉ~。実はな、芦ノ湖で村井と抱き合っていた女、大阪にいるんだ。ホテルもつかんでるんだ」
「そうか。しかし、なぜだ?なぜみんな大阪?」
「俺は今警視省の磯貝有里と一緒にいるんだが、その女はレイ・ルヒと言って村井洋介と大阪に愛の逃避行さ。」
「村井とは会ったよ」
「え~っ!どこで?」
「お前たちのいるホテルの近くでさ、レイ・ルヒとかいう女は居なかったが」
「姉ちゃんも一緒だったのか?その時」
「良ちゃんが主に話しをしたんだよ。良ちゃんそのために大阪に来たみたいだぜ・・アッ!」
電話は急に良子に代わって
「いいから、こっちに来なさいって、あんたたちが!そっちのホテルとは格が違う所に居るんだから、私たち二人は」
そんな命令が下された。
「私たち二人ね、私たち、私たち・・・か」
「何よぉ、万引き男」
「違うって言ってるだろ!・・・今すぐそっちに行くから、ホテルの名前を教えてよ、お二人の居られる格の違うホテルの」
ホテルの名前を確かめ電話を切った一樹は、内心嬉しかった。
姉良子は村井との破談による傷心の痛手から立ち直ろうと、必死に自分を殺していた。
弟に悪態をつく元気も、あるいはそれを隠す強がりであるかもしれない。
そして、真一と大阪に来ていたことも、同じホテルに居ることも、良子にとっては精一杯の何かに対する抵抗なのかもしれない。
「真一かぁ・・・」
まさかとは思う気持ちと、村井洋介を義理の兄と呼ぶくらいなら、いっそのこと、真一が姉の婿になってくれたらそれほど喜ばしいことはない。一樹にはそうなることへの抵抗はまったくなかった。
ほとんど電話で事足りた一樹と真一の話し合うべき要件であったため、一樹は真一と姉良子に連絡を入れ、翌朝、良子たちの宿泊しているホテルのレストランで落ち合うことにした。
*
野口は早々と大阪に到着していた。
北の駅前にホテルを取り、翌朝の準備をしていた。レイ・ルヒと村井洋介、2人の確保、連行それが野口の役目である。貼りつけてある探偵は4名。動きは逐一野口の耳に入っていた。
当然、一樹と由里、真一と良子の存在も察知していたが、逆に、田中側の探偵にも野口サイドの動きは伝わっていた。
レイ・ルヒと村井洋介、一樹と磯貝有里、藤本真一と良子・・・それぞれの夜はそのような裏で幾重にも張られた網の目など、ものともしない若いエネルギーと共に過ぎて行った。




