第29話「ミナミ」
有里と一樹は常設資料館の展示物を一通り見終わると、そのまま外に出てタクシーに乗り込んだ。
展示場の中では、それぞれがどうしてこの場にいるのか・・・そんな話題は一切出なかった。
お互いに何となく察しはついていた。5秒前を見通す一樹の能力を有里は大学時代から知っていた。あの日一樹が自分のアパートのドアをノックする直前に切った父との電話の内容の一部、その光景を一樹に見られていたに違いないとわかっていた。
有里は一樹から得た情報を元に、
「4○○3のナンバー・・・おたくのタクシーに間違いないのですが、30分から1時間前に作業服の男性と女性の事務員をここから乗せていると思うんです。その車、どちらに行かれたかお手数ですが調べていただけますか?」
と、警察手帳を運転手に提示した。
60年配のおとなしそうな白髪交じりの運転手は
「はい、わかりました」
そう言うと、無線で社に連絡をした。
運転手は実直にそのナンバーを知らせる以外は、有里に何かを質問するようなことはなかった。大阪人特有の世話好きな感じはなく、ひたすら社からの連絡を待っている風であった。
無線のスピーカーからはノイズの多い甲高い声が飛び交い、有里にも一樹にもそれは外国語のように聞こえるだけで、内容はまるでわからなかった。
「ミナミのヒッカケ橋近くで降ろしたそうですわ」
運転手は止めた車のハンドルに手をかけたまま言った。その間2度ほどルームミラーで有里の顔色をうかがった。
「ヒッカケ橋??!!」
一樹が驚いて有里に聞いた。
「大阪のキタはビジネス街、ミナミは夜の街なの。ヒッカケ橋ってね、東京で言えばナンパ橋ってことかしらね。私たちも行ってみましょう。面白そうだわ」
タクシーはミナミに向けて走り出した。
*
レイ・ルヒと村井洋介は、繁華街の雑踏の中に身を紛れさせるように歩いた。
どこへ行くという当てもなかったし、また、洋介にとっては、いつ検挙されるかも知れぬ綱渡りでもあったが、不思議と、傍らにレイ・ルヒがいると、そうした焦燥感はなかった。
(来るなら来てみろ!俺は別に人殺しや泥棒をしているわけじゃないんだ・・・)
レイ・ルヒと洋介は、道頓堀を眺めながら時折吹く冬の風に二人いつしか身を寄せ合い、洋介は寒さに震えるレイ・ルヒの体を自分の上着の中に包み込んだ。
一方有里と一樹は運転手から得た情報とは別の場所にいた。
そこは有里が一度行ってみたかった場所であった。
ナンバ1番・・・かつてお気に入りのグループが、この劇場を踏み台にステップアップし、日本全国にその名を轟かせたザ・タイ○ースであった。
何度か足を運んだ大阪ではあったが、ほとんどキタの駅前ビジネス街にホテルをとり、仁醍王墓陵古墳への、いわば研究の目的がほとんどを占める旅であったため、ミナミには初めて足を踏み入れたことになる。
「これが有名なナンバ花月、って所?」
一樹が聞いた。
「違うわよ、ナンバ1番・・・ここから有名な芸能人が出ているのよ」
「君は芸能人になんて興味あったの?アイドルは六法全書かと思った」
「馬鹿ね~、私にだって青春はあったのよ!」
「しかし、今日は誰も出ていないみたいだけど・・・」
「だんだん、こうした場所は消えていくのね。テレビでオーディションなんかの番組が多くなってきているしね。でも・・・ここがルーツ、そんな関西出身の芸能人は多いの。ここもいずれは無くなってしまうのでしょうね」
有里と一樹はその後、通天閣や、運転手が教えてくれた、ヒッカケ橋にも出かけていった。
しかし、そこにレイ・ルヒと村井洋介の姿はなかった。




