6.
もうすぐ、高一も終わる三学期。
偶然に会った渡り廊下。
「先輩!」
「ん? なに?」
先輩、今日は何が飛び出すんだ、って面白そうな顔でわたしを見た。
わたしが教室まで押しかけたんだったら、きっと先輩は陽菜に何かあったのかと心配する。
だけど、偶然会った時にはそんな心配はない。
秋の選挙で予想通り、生徒会長になった先輩。
すっかり忙しい人になったのに、わたしと会うと足を止めてくれる。
そして、たいてい楽しげに笑ってくれる。と言うか、大笑いしてくれる。
「わたし、」
先輩を真っ直ぐに見つめる。
先輩がわたしの方をしっかり見たのを確認して、一息で言った。
「先輩を好きになってしまったみたいです!」
先輩、目が点になった。……としか言いようがない顔をした。
さすがに、今日は笑われなかった。
先輩の返事を待っていると、先輩は首を傾げた。
「……で?」
「それだけです! 言いたくなったんで、言ってみました」
そう告げると、先輩はまた吹き出した。
「寺本さんは、本当に、飽きさせないキャラだね」
「先輩、いくらなんでも、それは失礼ですよ」
口をとがらせると、先輩は不思議そうな顔をした。
「これでも一応、勇気を出して告白したんだから」
「それは、失礼」
先輩は、ぜんぜん失礼だなんて思っていない顔で言った。
……まあ、そうだよね。
勇気を出したと言っても、たまたま、出会った渡り廊下。
周りにちょうど人がいなくて。実のところ、つい言ってしまったんだ。
多少の勇気は必要だったけど、それは勇気を振り絞ったといえるほどのものではない。
とはいえ、その言いようはないと思う。
最近、わたしと話す時にはまったく優等生の仮面をつけない先輩。
だんだん腹が立ってきた。
困らせてやる。
そう思って、わたしは続けた。
「だから、先輩、つきあってください!」
さすがの先輩も、まさかその言葉が飛び出すとは思っていなかったようで、切れ長の目を見開いた。
「……ごめん。ムリ」
「何でですか?」
「キミが聞く?」
と先輩は言った。
相変わらず、先輩の視線の先には陽菜がいて、陽菜の隣には叶太くんがいる。
だけど、先輩が陽菜を見つめる目はひたすらに優しい。
「いいじゃないですか」
「ん?」
「陽菜を好きなままで。……どうせ、叶わないんだから」
先輩は苦笑いを浮かべた。
「手厳しいね」
「自分でも分かってるくせに」
「そうだね」
先輩は悲しそうでも寂しいそうもない、穏やかな微笑を浮かべた。
あ、仮面付けたって気づいて、悔しくなった。
「あのっ! わたしも、陽菜、大好きだから、」
いったい何を言い出すんだって感じで、先輩が不思議そうな顔をした。
「先輩、わたしと一緒に陽菜の幸せを見守りましょう!!」
本気で言ったのに、先輩は数秒後、またしても爆笑した。
「あははっ! 何それっ!!」
ちょっと、先輩、笑いすぎですよ。
人が真面目に告白してるのに。
だけど、先輩の笑いの発作は一向におさまる気配を見せない。
いったい、どれだけ笑ったら気がすむんだろう?
「もう。先輩、いい加減に笑うの、やめてくださいよ」
「……いや、それ、ムリだからっ!」
更にしばらく待ったけど、笑いの発作はおさまらない。
いったい、どこのツボにはまったのやら。
「もう、いいです」
はあぁ、と珍しく、わたしは禁断のため息をついた。
幸せ、逃げちゃうじゃんか、先輩のバカ。
「じゃ、また」
そのままその場を立ち去ろうとしたら、お腹を抱えて笑いながら、
「ちょっと、待って」
と先輩がわたしの手をつかんだ。
「先輩?」
「いいよ」
「は?」
「いいよ、それで、キミがいいのなら」
「え? 何のことですか?」
わたしの言葉に、先輩は絶句した。
「……おいおい。自分で言ったんじゃないか」
「は?」
「一緒に、ハルちゃんの幸せを見守ろう」
え?
「……えええっ!?」
思いもかけない返事に、わたしは大声を上げていた。
「ホントですか、先輩!?」
わたしのその反応を見て、先輩はまた大爆笑。
「ああ。ホント」
「わたし、つきあってくださいって言ったんですけど」
「知ってる知ってる」
先輩は、
「あんまり笑わせないでよ。もう、面白すぎ!」
って笑いながら、イタタタってお腹を押さえた。
「……先輩は、失礼すぎですよ」
「そう?」
と言いながらも、先輩の笑いはおさまらない。
腹を立てればいいのか、一緒に笑えばいいのか?
「まあ、いいですよ。惚れた弱みです」




