19.そして、彼は再び進化する
昨日は、お騒がせしました。
「なっ、ああああ? なんだこれ?」
現実に戻った瞬間、姿が変わる――進化することは分かっていたのに、俺は混乱の声を上げていた。
視界。視界が、どんどん上昇していく。
このままだと、遠からず天井にぶつかる。
思わず目をつぶりそうになった瞬間、心ちゃんの忠告を思い出した。
『戻ったら、外の二人に注意したほうがええわぁ』
『潰さんようにやなぁ』
正確に、事態を把握していたわけではない。それでも、俺は両腕を伸ばして莉桜とエレナを抱き寄せようとし――
「なんだこりゃ」
腕があり得ない形をしていることに気づいた。
もちろん、今までだってまともな形はしていなかった。
しかし、カカシの棒みたいな腕じゃないし、《蛇腹の腕》であり得ない方向に曲がっているわけじゃない。
岩。
ブロックをいくつか重ねたような太くて長い。いや、でかい腕だったのだ。
「お兄ちゃん、おっきー!」
「人形。確かに、人形ではありますが……」
俺には分からない全体像が、見えているだろう二人。
喜んでいたり微妙な顔をしているが、確かめている暇はない。
二人を、柔らかく掴み――
「これは、ロボットアニメ名物なシチュエーションですね!」
――一転して喜ぶ莉桜の声を聞きながら、俺は……俺の頭は天井に衝突し、そのまま突き破った。
痛みはない。まだ確かめていないが、【物理防御】が上昇したお陰だろう。
もちろん、天井も謎の素材でできていて、壊れたそばからピンク色のぶよぶよとした物質が噴き出して埋めようとするが、俺自身に阻まれ果たせない。
また、残骸から生まれるムカデ人形も、適当に踏みつぶされて……というか、さらに巨大化する俺に圧迫されて俺の【MP】となった。
それはいいんだが……。
俺はどこまででかくなり、一体どこまで行くのか。
そう心配し始めた直後、俺の頭が地表に突き出た。
「おおうっ」
城のような教会のようなヨハンの居城が、少し先に見える。思ったより離れていないのは、もしかすると地下道は緩やかに登っていたからなのかもしれない。
そうこうしているうちに、肩まで地上に露出した。そこでようやく、俺の成長――進化が止まった。
「莉桜、エレナ。もう少し我慢してくれ」
手の中にいる二人に呼びかけてから、体をねじって地上に空いた穴を少しずつ広げ……。
「飛ぶぞ!」
両足を踏ん張って、窮屈な穴から一気に飛び出した。
晴れて自由の身となった俺は、足を広げて着地。周囲の建物が崩れるのを見て、ずしんずしんと足音を響かせながら、通りへと移動する。
「莉桜、エレナ。大丈夫か?」
軽く握っていただけなので万が一にも潰してはいないはずだが、手を開くときはさすがに緊張した。
「兄さん……」
「莉桜……ッ」
「格好良くなりましたね」
弱々しい微笑を浮かべる莉桜は、いつも通りぶれない。
「だいじょうぶだよー」
エレナも俺の手の上で立ち上がり、ぴょんぴょん跳びはねて元気なところをアピールする。
良かった……。
「兄さん、肩に乗せてください」
「……落ちないか?」
「私が、兄さんから簡単に離れるとでも?」
簡単には放してくれなさそうだし、戦闘のことを考えたらこっちのほうが安全か。
「エレナもいい?」
「いいよー」
子供らしい無邪気さで、エレナも同意してくれた。
まずは莉桜から、慎重に俺の左肩へ移動。
問題ないことを確認してから、続けてエレナも。
「たかーいね」
「ええ。まるで、お台場ですね」
「まさか、俺自身が展示品になるとは……って、普通に喋れてるな」
「今までも、厳密な意味での発声器官はありませんでしたからね。特に変わりはありません……ということにしましょう」
「……だな」
主に、俺の精神衛生上の理由で。
ただでさえも、最低限人型はしているという姿になってしまったのだから。
いくつかの立方体を組み合わせたかのような、直線的な体。シルエットだけなら、ブロックというか段ボールを重ねたようにも見える。
しかし、体は見るからに硬い石でできていた。
しかも、でかい。
目線の高さからすると、10メートル。いや、下手すると、もっとあるかもしれない。肩の上に人を二人も乗せられるんだから、その大きさは推して知るべしだ。
そんな体になっても、人間でいう心臓のある辺りには一緒に巨大化した『星沙心機』が存在し、五重の円と一〇の魔石が埋め込まれている。
「まるで……というよりは、完全に石人形ですね」
「カカシ、人形ときて、ここまで巨大化するとは思わなかったな」
人生、なにがあるか分かんないな。
「さて、兄さん。今のうちに、改めて『鳴鏡』で能力を確認しましょう」
「そうだな。進化したってことは、レベルも20か」
いろいろな能力が生えているに違いない。
●能力値
【筋力】200(100)、【耐久】-(-)、【反応】25(-80)、【知力】78(10)、【精神】80(30)、【幸運】54
……その前に能力値だけど、【反応】が下がった。ものすごく下がった。なんなら、なくなったと言ってもいいぐらいだ。
その代わり、【筋力】が大幅に上昇。
まあ、この体だからな。それは驚くに値しない。むしろ、【知力】や【精神】への補正がそのままで良かったと言える。
しかし、この分だと【回避】とかは酷いことに……。
●戦闘値
【命中】86(↓32)、【回避】45(↓62)、【魔導】78(↑5)、【抗魔】85(↑7)、【先制】40(↓76)
【攻撃】500(↑248)、【物理防御】-(120/↑15)、【魔法防御】169(↑24)、【HP】-(2190/↑570)
……なってた。
今までみたいに攻撃をかわすんじゃなく、耐えつつ敵を粉砕するというスタイルになりそうだ。
この体だもんなぁ。
ファイナさんとの修業が無駄にならなければいいんだが。
そんなことを思いつつ、俺は新たに得た特技へ目を向ける。
……頼むぞ。
●特技
・《初級呪文取得》
取得レベル:18
代 償 :なし(呪文による)
効 果 :進化の力により、魔法も使用できるようになった。
[進化階梯]個の初級導器呪文を取得する。
・《加速》
取得レベル:19
代 償 :HP[現在レベル]点
効 果 :生身では耐えられない超高速で戦闘を行う特技。
最大で[進化階梯+1]回まで、連続して行動を行うことができる。
ただし、同時にHPを[現在レベル]点、失っていく。
魔法が使える⁉︎
魔法が使えるようになった!
「……でも、どうやって憶えるんだ?」
「そうですね。巻物を読み込めば、大丈夫かと」
「となると、今は無理か」
ちょっと、残念。
「その代わり、《加速》はかなり強そうですね」
「でも……。この体で超高速な戦闘とかしたら、すごいことにならないか?」
周りの被害がやばそうな気しかしない。
「あと、命を削ってるってことじゃないか?」
「ご安心を。そのための私です」
そうか。俺も莉桜が使ってる《リペア・ダメージ》ってのを憶えたらいいんじゃないか?
「その必要はありませんよ?」
「え?」
「ありませんからね」
……ないらしい。
それ以上のコメントは避け、次いで新たに取得した『概念能力』に目を向ける。
●『概念能力』
・『深層解放』
取得レベル:20
代 償 :15MP
効 果 :対象の本性をむき出しにする『概念能力』。
半径100メートル内の生物は、一切、嘘をつけなくなる。
また、秘められた欲望に忠実になり自制心が利かなくなる。
それにより、群衆を扇動することもできる。
また、危ない能力だ……。
「これは危険ですね。私の自制心がなくなったら……」
そっか。まだ、莉桜の自制心残っていたのか。
うん。安心した。
「さて。莉桜、エレナ。悪いけど、もう少し付き合ってもらうぞ」
「あの女と合流するという話は、どうなったんです?」
ヨハンの居城へ重い足――文字通りの意味で――を向けた俺の肩で、莉桜がわかりきった質問をした。
「時間の無駄だろ」
「確かに、ヨハンの準備が整う前に決着をつけるべきとは思いますが」
どうやら、認めたくないようだ。
ファイナさんなら、この騒ぎをスルーなんてするはずがないという事実を。
「これは、随分とけったいなことになっておるでござるな」
そして、実際に足下から聞こえてくる、聞き憶えしかない声。聞き間違えることなんかあり得ない。
「ファイナさん!」
俺は足を止め視線を下に向け……え?
衝撃的な光景に、脳が理解を拒んだ。
「ファイナさん……?」
「兄さん、無視して進みましょう」
「すごい! お馬さんと走ってる」
現実を受け入れられない俺たち兄妹をよそに、エレナは正確に事態を把握していた。エレナはお利口だなぁ。
そう。確かに、ファイナさんはお馬さん――ケンタウルスのガンソさん――と走っていた。
並走しているのでもなく、ましてや乗っているのでもなく。
ラミリーさんを乗せたガンソさんを担いで走っていた。
物理的。いや、生物的にあり得るのかと我が目を疑うが、実際に目の前で実証されているんだからどうしようもない。
「まあ、それが一番早いんだろうけどさ……」
「非常識という言葉すら使いたくありませんね」
「ファイナお姉ちゃん、すごーい」
ほんとすごいよ、ファイナさん。
そのまま俺の体を駆け上がって、肩まで来ちゃったもん。さすがに、スペースの問題で莉桜やエレナがいるのとは反対側の肩だけど。
「お屋形さま。これはまさに、男子三日会わざれば刮目して見よでござるな」
「それで受け入れちゃうんだ。というか、よく俺だって分かりましたね」
「なにを仰せになるやら。拙者とお屋形さまの仲ではござらぬか」
「単に、おおざっぱなだけでしょう」
俺との絆を声高に主張するファイナさんに、莉桜が不快感を表明した。
いつも通りでほっとするな。
「さて、細かい事情を聞く時間はあるでござるかな?」
「なくはないけど……」
「承知。殴り込みでござるな」
褐色金髪の美女エルフが、鮫のように笑った。
凶悪。
だが、ファイナさんらしくて魅力的な笑顔。
「それ、俺たちもついていく――」
「ここが一番安全でござるよ」
ラミリーさんの気持ちも分からないではなかったが、やる気みなぎるファイナさんに逆らうことなど誰にもできないので、諦めてもらうしかなかった。




