20.そして、彼は握りつぶす
合計五人を肩に乗せ、俺は人形の街――ベトンドルプを闊歩する。
ずしんずしんと重たげな足音を響かせ、石畳の道がえぐれるのも省みず、まっすぐ向かうはヨハンの居城。
行く手に障害はなく、邪魔する物も存在しない。
見上げんばかりの石巨人は、まさに無人の野を征くがごとく進軍する。
それは、もしかすると今までで一番非現実的な光景だったかもしれない。
俺自身は、見れないんだけどな。
「ヨハン。あの城の最上階にいた人形師が、すべての黒幕です」
「なるほど。そやつをぶち殺……ぶちのめせばいいでござるな」
「ぶちのめすー!」
上下に大きく揺れる上に命綱などない、石巨人……俺の肩の上。
左右に分かれた莉桜とファイナさんが、最低限の情報交換を行っていた。
……それはいいんだけど、エレナまで加わってる風なのはどうなんだ。
できれば、真ん中でちっちゃくなってるラミリーさんとガンソさんみたいなリアクションをして欲しいところなんだがなぁ。
いろいろ経験させすぎてしまったか。
仕方がなかったとはいえ、反省しかない。
「さて、お屋形さま。悪の巣窟も目の前でござるが、武器の準備をしたほうがいいのではござらぬかな?」
「武器……そうですね」
「って、待て。まさか、このでかいのが、マサキだって言うんじゃないだろうな?」
俺とファイナさんのやりとりを耳にして、ラミリーさんが弾かれたように顔を上げた。
わざと説明を省いたんだけど、気づかれてしまったか。
どこから説明したものかと頭を悩ませかけたところ、ラミリーさんの解釈は俺が想像していなかった方向に向かう。
「なんてこった。マサキが、こんな姿に改造されちまっただなんて」
「許せぬな。なにもできない自分自身も含めて……」
さっきまで顔を青くしていたラミリーさんとガンソさんが、義憤に身を震わせた。
ああ、そうか。俺の正体を知らない――少なくとも、完全に把握していないと――そういう解釈になるのか。
とんだ濡れ衣だ。まあ、ヨハンは気にもしないだろうけど。
「大丈夫です。どんな姿になっても、兄さんは兄さんですから」
そこにすかさず、莉桜がフォローを入れてくれた。
なんか、単純にいつも通りの台詞という気がしないでもないけど、フォローに違いない。
「……情けない大人だぜ」
「せめて、足手まといにはなりたくないところだな」
「ああ。俺たちのことは気にせず思いっきりやってくれ!」
ラミリーさんとガンソさんが義憤に駆られ、盛り上がっている。
と言われても、配慮せざるを得ないんだけど……。
「では、遠慮なくやらせてもらうでござるよ」
戦闘民族には、その辺の機微は通じない。
俺の肩の上で華美な和服をはためかせ、ファイナさんが猛獣のように笑った。
エルフって、かなり和風なのに日本人的な空気を読む能力に欠けてない? まあ、だからこそ戦闘民族なんだろうけど。
仕方がない。
ファイナさんになにを言っても今さらだし、その弟子である俺も、変に遠慮なんかしてる場合じゃないな。
「来い、刃羅」
俺の呼びかけに応じ、元妖刀が姿を現した。
俺が巨大化したことにより、より長くより太くより厚みを増した刃が歓喜に刀身を震わす。
今なら、より多く倒せると、壊せると。
「お屋形さま、試し切りを」
「え?」
刀を振るえるような相手は、未だ出てこない。眼下に広がっているのは、寂れた町並みだけ。
ファイナさんは、その辺の建物相手に試し切りをしろと言っているんだが……。いいのかな?
「どうせ誰もおらんでござるよ」
それもそうか。
ファイナさんに後押しされ、俺は刃羅を構え――ようとして、今まで通りでは肩に乗っているみんなが危ないことに気づく。
あ、これはぶっつけ本番だったら危なかった。
ファイナさんへの尊敬の念を抱きつつ――同時に、莉桜からの重圧を感じながら――改めて刃羅に力を込める。
目標は、他よりもちょっと背の高い公会堂のような建物。
「斬るぞ、刃羅」
肩は動かさず、肘――ちゃんとある――から先だけで刃羅を振るう。
重要なのは、肘の動きと手首のしなり。可動域は少ないが、人形時代の修業の成果なのか、刃羅の動きは想像以上にスムーズ。
なんの抵抗もなく刃が建物にめり込み、バター……というよりは豆腐のように切り裂いた。
刃羅が抜けるのに少し遅れて、公会堂の上部がずれていく。
「お兄ちゃん、でっかくなっても強いね!」
「ええ。兄さんは無敵です」
妹たちの賛辞を聞きながら、俺は自分で自分の力に驚いていた。今なら、あのクラウド・ホエールだって一刀のもとに斬り伏せられるかもしれない。
刃羅は、それくらい禍々しく、同時に、頼もしい。
けれど、そんな高揚した気分は、一瞬で地に落ちた。
「据え物斬りなれど、なかなかの破壊力でござるな。この長所を伸ばすには、如何なる修行が妥当でござるか……」
……え? 修行?
いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいや。
今は、ヨハン。あの人形師ヨハンを倒すことに集中しないと!
二兎を追う者は一兎をも得ずだよね!
試し切りを終えた俺は、不言実行。再び、間近に迫ったヨハンの居城を目指す。
なにかに追われるように進むが、相変わらず妨害はない。数分もかからず到着し……俺は少し距離を取って立ち止まった。
正確には、それ以上、近づく必要がなくなったといったところか。
「進化は期待通り、速度は予想以上と言わせてもらおうか」
「ほめられても、全然嬉しくないけどな」
霧が煙るなか、居城から少し離れた尖塔の先に、俺たちを出迎えるかのように人形のヨハンが立っていた。
「そう反発するものでもない」
すでにまがい物だと判明しているにもかかわらず、人形のヨハンは変わらない。
自分こそ、偉大なる人形師ヨハンであるとでも言いたげに、尊大な態度を取り続けている。
そして、それは実に様になっていた。
「期待通りにならないことが、世界にどれだけあふれていることか。それを思えば、快挙と呼んで差し支えない」
「俺が、こんなにでっかくなったことが?」
「正確を期すならば、より強大になったことと表現すべきだろう」
本心か、虚勢か。
懐から葉巻を取り出した人形のヨハンからは、それを読み取ることもできない。
「舌戦では上回るのは、なかなか難しそうでござるな。なにしろ、話をする気が合っても、話し合いをする気はない」
「エルフの剣聖は、顔に似合わず辛辣なようだ」
ファイナさんの辛口の批評にも、ヨハンは余裕を崩さない。
……いや、余裕じゃない。
譲るつもりがない。だから、揺らがない。
だが、今回に限っては、俺だって同じだ。
「ヨハン。もう一度言う」
煙る霧を貫くように巨大な刃羅を突きつけながら、俺は言った。
脅迫するつもりはなかったが、実力行使も辞さない。
その覚悟を込めて、刃を突きつける。
「俺たちを解放しろ」
「では、改めて答えよう」
眼前に刃羅が迫っても、ヨハンに焦燥はない。
いつも通り、今まで通り、紫煙を吐きながら言い放つ。
「力尽くでやりたまえ」
その言葉は、半ば予想通りのものだった。
俺は刃羅を振るう……ことはせず、代わりに左腕を伸ばす――こともなかった。
「《隠し腕》」
俺の腹の一部が前にせり出し、がきょんがきょんと音を立ててもう一本の腕となった。
隠してあるってよりは、体の一部を変形させてるじゃないか、《隠し腕》!
本人がびっくりしてるんだ。完全に奇襲を食らった人形のヨハンが、抵抗できるはずもない。
そのまま、がっしりと俺の《隠し腕》に掴まれる。
戸惑いはしたが、《隠し腕》の存在や動作に違和感はない。ここから人形のヨハンを逃がすことなどあり得なかった。
だが、疑問は残る。
「どうして避けなかった?」
「それは買いかぶりというものだ」
「……そうか」
俺が《パーツ分裂》できるように人形のヨハンにも、手立てはあるのではないか。
そう思ったが、二度は問わない。
こっちにはファイナさんもいるんだ。人形のヨハンに奥の手があったとしても、結果は変わらなかったはず。
もう、意識は人形のヨハンにはなかった。莉桜が察しの良さを発揮して、エレナの目をふさいでくれていると期待して。
――ぐしゃりと握りつぶした。
人形のヨハンだった物が、地上へとばらばらと落下していく。
だが、地面に達することはない。
その途中で魔石が俺に吸収され、死体は虚空へ消え去った。
わかりきった結末。
それには目もくれず、俺は数歩移動して勢いをつけながら突きを放った。
突き上げるような軌道の刃羅は狙いを過たず、ほんの少し前まで会食をしていたヨハンの居城。その最上階に突き刺さった。
玉座に、老人が座っていた。
顔は皺だらけで、目は落ち窪み、唇もひび割れている。肘掛けに置かれた手は、節くれ立って枯れ木と見分けがつかない。
伸び放題の白髪はぼさぼさで、法衣に隠された足は立ち上がったらぽっきりと折れてしまいそうだ。
老人というよりは、人間の残滓。精気を失った――あるいは、奪われた――成れの果て。玉座の立派さと相まって、憐憫よりも滑稽さを感じさせる。
しかし、それはすべて表面的な印象にすぎない。
つぶさに観察すれば、その異常さに気づくはずだ。
首筋に、手首に、太股に、玉座から伸びた細い銀色の管が接続されていることに。
聖職者のようなローブの向こうからは、歯車が回るような規則正しい機械音が響いていることに。
そして、落ち窪んだ瞳は爛々と輝き、不吉な光をはなっていることに。
滑稽さは消え、不気味さが実際に冷気さえ伴って辺り一帯に充満する。
その体に、赤い刃が突き立てられた。
巨大な。それこそ、幅だけで老人の身長もあるほど巨大で真っ赤な刃だ。
人形師ヨハンの最期。
それが、崩壊の始まりとなった。
そう、なにも終わってはいない。始まったのだ。今、ここから。




