13.そして、彼と彼女は招待を受ける
四人を乗せた車内に、石畳を打つ馬の足音と車輪の音が響く。
舗装はされているもののメンテナンスはされていない道は、滑らかとは言いがたい。足下からガタゴトとした震動を伝えてくる。
馬車自体の乗り心地は、それなり。短い時間なら我慢はできるといったところ。どうやら、人形師ヨハンの馬車でも、性能は常識的なようだ。
「落ち着いてますね、兄さん」
「緊張しても、いいことなんかなさそうだからな」
右隣に座る莉桜を見て、軽くうそぶいた。高い【精神】のお陰か、冷静なのは確か。それ以上に、目の前に座っているメイド服の女性に弱みを見せたくない。
その気持ちのほうが大きいかもしれなかった。
なにしろ、頼りになるファイナさんはいないのだから。
「エレナ、馬車には乗ったことありますか?」
「……うん。初めてじゃないけど、でも、そのときは屋根なんかなかったよ」
「なるほど、なるほど。そういう馬車で旅をするのも情緒があって良さそうですね」
俺を間に挟む形で、莉桜がエレナに話しかけた。俺たち兄妹と違って、借りてきた猫のようになっているエレナを心配してだろう。
本当はエレナもファイナさんに預けたかったのだが、俺と長時間離れることを他ならぬエレナが嫌がった。
こればかりは、どうしようもない。
それに、エレナがいてくれたほうが、冷静に対応できる面もあるだろう。
「――――」
そんな俺たちを、向かいの席に座るメイド服の女性。
人形だからなのか、表情どころか身じろぎせずにずっと控えている。
拒絶のオーラがでているわけじゃないが、話しかけようとするのもはばかれる雰囲気があった。
それは、彼女の顔にどこか見憶えがあるから気後れして……というわけではないはずだ。
というか、気後れなんかしている場合じゃない。
なにかあったとき、莉桜とエレナを守れるのは、俺だけなんだから。
ファイナさんは空飛ぶ幽霊船亭に残ってもらい、ラミリーさんとガンソさんの護衛についてもらっているのだ。
二人からするとファイナさんが一緒だからといって安心できるものでもないが、逆に言えば、いなかったとしても人形の脅威は変わらない。
損はないので、文句も言いづらいといったところか。
ファイナさん自身は、「なにかあれば、即座に駆けつけるでござる」と言って、このわがままを受け入れてくれた。
「減速を始めましたね」
「もう、着いたのか?」
馬車は、ほんの10分程度しか走っていない。その範囲内なら、すでに探索しているはず。
もしかして、地下への入り口があるのか?
「到着いたしました、こちらへ」
俺の推測をよそに、馬車が完全に停止する。メイド服の女性は楚々とした所作で車外に出ると、俺たちも外に誘導した。
「これは……」
「おっきー」
車外に降り立った俺たちが目にしたのは、尖塔を備えた、石造りの立派な建物。十階建てのビルぐらいはありそうだ。
煙る霧の向こうに、そびえ立つ今まで目にしたことのない建造物。地味な色合いをしていたが、それだけに威厳と威圧感が強い。
城のようにも教会のようにも見えるが、どちらとも判然としない。
いや、それはある意味勝手なイメージだ。なにしろ、この世界の宗教のことをなにも知らないんだから。
「というか、こんな建物あったっけ?」
見ていたら気づく。そして、調べに行っていたはず。
「霧に隠れていたのでしょうか?」
「生えてきたのかもー」
なるほど。鋭いな、エレナ。
「単なるひいきの引き倒しに見えて、この街ならあり得ないと言えないのがなんともですね……」
この街の支配者であろう人形師ヨハン。
閉じ込めることができるのであれば、なんらかの方法で建物を隠しておくぐらいのことができても不思議じゃない。
「ご案内いたします」
充分に驚いたタイミングを見計らって、メイドさんがヨハンの居城へと俺たちを先導する。
カルガモの子供のようについていくと、居城には中には、高く遠い遙か彼方へ伸びる、螺旋階段があった。
城とも教会ともつかない建物の頂上へと続く螺旋階段は、天国への扉につながっているのではないかと錯覚を起こしそうになる。
「ちなみに、エレベーターは……」
「ございません」
「……知ってました」
さすがの莉桜も、師の師。伝説の人形使いに対して降りてこいとは言えないようだ。
「行きましょう、兄さん」
「あ、ああ」
半ば自棄になった莉桜が、先陣を切って螺旋階段に足をかけた。
招待を受けた――というか、事態を動かすのであればそれ以外に選択肢のなかった――俺たちは、ひたすら足を動かすしかないのだ。
こうして歩き続けること、数分。
「すごーい。たかいね?」
「あんまり下を見ないほうがいいぞ」
俺にだっこされているため、唯一足を動かす必要がないエレナを、片腕で押さえながら注意した。
折り曲げた左腕に座るような格好のエレナは、よく分からないと首を傾げるものの、とりあえず大人しくはなってくれる。
子供って、明らかに怪我をするような高い場所でも平気で、逆にはらはらするよな。
「まる、で。腹話術、の、人形。です、ね」
と単語単位で、俺とエレナの状況を端的に表現したのは莉桜だ。
「莉桜、大丈夫か?」
「率直に、言って。大丈夫……では、ありま、せん……」
息も絶え絶え……というのは言い過ぎだが、苦しそうに妹が答えた。
転生してもインドア派はなのは変わらず。それでも、俺とファイナさんの旅に遅れることなくついてきた莉桜だったが、きついものはきついのだろう。
「おんぶしようか?」
「いえ、さすがにそれは」
恥ずかしそうに、莉桜が拒否をした。
突然、羞恥心に目覚めた……というわけではない。残念なことに。
恐らく、人見知りが発動したのだろう。
エレナにではなく、道案内をしている自動人形のメイドに。
「そういえば、以前にお会いしたことってありません?」
なので、俺は正面からメイドさんにアプローチを試みる。
もちろん、情報収集も兼ねてだ。
「間違いなく、初対面です」
「そりゃそうですよね。ところで、どうして俺たちはヨハンに呼ばれているんでしょう?」
「お答えできかねます」
メイドさんの返答は素っ気ない。
だが、完全に無回答ではなかった。
「ということは、知っていて教えられないと」
「わたくしの言葉で皆様に予断を与えることになっては、我が主の目的が達成できなくなることも考えられます」
「事前に教えてもらえたら、そちらへの友好度が上がるかもしれませんよ?」
「不確定な可能性に賭ける必要はないと思われます」
堅苦しいかもしれないが、誠実ではある。
わりと嫌いじゃなかった。
「それじゃ、もうひとつ」
「お答えできることであれば、なんなりと」
「あなたの名前を教えてください」
「――――」
虚を突かれたように、メイドさんが動きを止める。
だが、それもほんの一瞬。
「……ノインと申します。憶えても益はないと存じますが」
「ノインさんですね。よろしく……というやりとりができただけでも、俺にはメリットがありましたよ」
向こうの強がりに反発して無理矢理な理屈をこねてしまったが、逆効果だったようだ。
ノインさんは前を向いて、何事もなかったかのように歩みを再開させた。
「前に会ったことがあるとか、ないとか。典型的なナンパの手口じゃないですか。まったく、前世からの恋人であるこの私を差し置いて」
そこ、捏造しない!
というか、さっきまで苦しそうだったのに、急に元気になるんじゃない。
「僭越ながら、わたくしも性質が悪いと」
「たちがわるいー」
あああ。
エレナが悪い言葉を憶えてしまった。
誰のせいだ? 俺か?
「えっと、それなら、人形師ヨハンについて教えてもらえませんか?」
「……どういうことでしょう?」
「いや、俺はその辺まったく詳しくなくて」
そして、詳しい人は喋れるような状態じゃなかった。
「かしこまりました」
その辺の機微を察し、歩みは止めずにノインさんが口を開く。
「古代魔法帝国時代から続く、偉大なる導器魔法使い。人工的な手段によって生命を生み出す卓越した人形使い」
朗々と歌うような語りに靴音が入り交じり、拡散して消えていく。
「それが、我が主人形師ヨハンでございます」
歌舞伎みたいな、代々続く名跡ってことかな?
それはすごそうだ。
「巨大な戦闘用ゴーレム、様々な魔獣をも作り出しましたが、最終的に人に近い人形作りに立ち返っております」
「ノインさんのような?」
「わたくしや、わたくしの姉妹など我が主にとっては、児戯に過ぎません」
「そんなことはないと思うけど……」
「我が主が真に求めるは、究極の人形」
ここで出てきたか、俺。
どんなに人間そっくりでも、究極に至ることができなければただの人形に過ぎないということか。
この辺は、素人。いや、第三者からは理解できない価値観だろう。
胸の『星沙心機』を意識しつつ、俺は問いを発する。
「じゃあ、ヨハンはこのベトンドルプにこもって、究極の人形作りをしていると?」
「我が主は、下僕に研究するお姿を見せられません。不要品の始末など、雑事は任されておりますが」
「秘密主義者なのかな」
「それは分かりかねますが、お客様をお招きするのは、わたくしが生まれてから初めてのことです」
「それって……。というか、ノインさんは何歳……? いや、今のは、なしで」
「恐れ入ります」
女性に年齢の話をしてはいけない。
その教訓が、ギリギリのところで発揮された。大丈夫、審判も流した。ノーファールだ。
「となると、やはり……。私たちを、呼び出した用事は、究極の人形に関するものと、解釈せざるを得ない、で、すね」
「その疑問は、我が主に直接おっしゃっていただければと存じます」
「……このままだと、うちの妹が危ないんですけど」
「もうすぐでございます」
その言葉は真実だった。
数分後、螺旋階段は唐突に終わりを告げた。
「はぁ……はぁ……」
「莉桜、よく頑張ったな」
「不覚です。私のあえぎ声を兄さん以外に聞かせることになるなんて」
よし。ちょっと教育を考えようか。
「どうぞ、中で我が主がお待ちです」
一切ぶれないノインさんが、巨大な両開きの扉の前に立つ。
ノインさんがそれに触れると、勝手に扉が開いていった。
非現実的なまでに美しい光景が、その背中越しに飛び込んできた。
豪華な燭台。きらびやかな装飾。豪華なシャンデリア。
壁には惜しみなく金銀宝石が埋め込まれ、天井には美しいステンドグラスが配置されている。
曲線が多用されたロココ調に近い建築様式が近いだろうか。
その中心には、ふんだんに刺繍が施されたテーブルクロスで飾られたテーブルが置かれている。
絢爛で、思わず気後れしてしまう空間。
テーブルの一番奥に、眼光鋭い老人がいた。
「招待に応じてもらい嬉しく思う」
白い髪を撫で付けたロマンスグレーの老人が、ほとんど表情筋を動かすことなく言った。
「歓迎しよう。我が孫弟子。そして、究極の人形に最も近き者よ」
人形師ヨハン。
俺の原点とも言える老人は立ち上がり、大きく両手を開いて招待客を歓迎した。




