12.そして、彼らは混乱する
「ワシ、ワシ、ワシ、ワシハ、ウワワワワワワ――」
ヴァイグルさんは、手から生えた斧と俺を何度も何度も代わる代わるに見て、口からは意味のなさない言葉を発していた。
ついさっきまでの陽気なドワーフはどこにもいない。明らかに混乱の極致にあったが、それは俺も同じだった。
ネリィさんの部屋を訪れたら、彼女の刺殺体。それにショックを受けていたら、豹変したヴァイグルさんに襲われた。
しかも、その手は斧になっている。
状況を整理しても、異常さが際立つだけ。
夜、建物の外に出なければ、大丈夫なんじゃなかったのか?
「ウオオオオオオオオォォォォォッッッ!」
突然のウォークライ。
ここは安全だという思い込みを引き裂くように、ヴァイグルさんが跳躍した。
「兄さん!?」
背後から聞こえてきた莉桜の悲鳴。
それでようやく再起動を果たす。
そのとき感じていたのは、理不尽な。いや、理不尽への怒りだった。
「オオオオオォォォッッ!」
「まったく、なにがなんだか!」
頭上から降ってくるヴァイグルさんと斧。
それに対して、俺は刃羅を抜かず、回避もせず、頭の上で腕を交差させた。
グィンッという衝撃。
しかし、俺は引かない。痛みもない。落下の勢いを伴った斧の一撃は、俺の左腕にめり込んだだけで終わる。
カカシだったら危なかったかもしれないが、今は素材不明の謎物質が俺の体だ。鎧鋏蟻にも通用した【物理防御】は伊達じゃない。
「オオオオッッ」
手から生えた斧が抜けず、身長差でぶら下がるような形になったヴァイグルさん。いらだたしげに体を振るが、目的を達する前に俺が動く。
「ごめんなさい!」
一言謝りを入れてから、俺は斧がめり込んだままの腕を横に振った。
一体化しているため斧を放すこともできず、ヴァイグルさんはそのまま壁に激突した。
「《リペア・ダメージ》」
そのタイミングで、莉桜から回復呪文が飛ぶ。
かすり傷だから要らない……とは言えない。ずっと、心配していたんだろうから。
だが、今は、ヴァイグルさんだ。
たたきつけた衝撃で斧が俺から外れ、ヴァイグルさんは気を失う……ことはなかった。
「オオオオオ……ッッ」
ドワーフらしい不屈さで立ち上がると、ごきんと音がして肩が外れ、腕があり得ないほど伸びて蛇のように斧が飛びかかってくる。
この動きに、俺は見憶えがあった。
というか、俺だ。
「じゃ、蛇腹の腕?」
いや、違う。違うが、似ている。
まさか……。
「兄さん、間違いありません」
ヴァイグルさんは人形だった? 元から? それとも、入れ替わった?
分からない。分からないが、これで穏便な対応――気絶させて無力化――は、できなくなってしまった。
俺の逡巡をよそに、泳ぐように斧が宙を進み……俺じゃなくて莉桜に!?
今の莉桜は『ヴァグランツ』を展開していない。そこを狙われた。
それに気づいた瞬間、血の気が引いた。
「《強打》」
だから、冷静に、冷酷に、冷淡に。
俺は大きく前にステップすると同時に、ヴァイグルさんに向かって拳を振り下ろした。技術もなにもない、単なるテレフォンパンチ。
だが、俺の【命中】により回避を許さない。
拳は鼻頭を捉え、三桁を超える【筋力】に裏打ちされた【攻撃】がヴァイグルさん……の姿をした人形を打ち抜いた。
鼻を中心に顔が陥没し、廊下を吹っ飛び、それにより腕から生えた斧は莉桜から遠ざかっていく。
同時に、《外見変更》と似た能力で偽装していたのか、ひげを生やしたドワーフが少しずつ人形の姿に変わっていく。
まるで、シンデレラの魔法が解けるかのように。
「何事にござるか?」
そのタイミングで、ファイナさんとエレナ。それにラミリーさんが階段を駆け上って二階へやってくる。
――しまった。
これだけ騒ぎを起こせば、様子を見に来るのは当然。ケンタウルスのガンソさんがいないのは、単に体のサイズの問題だろう。
「ヴァイグル、マサキ、一体なにを……? いや、ヴァイグル……これは……」
ファイナさんがエレナに見せないよう目を隠すが、ラミリーさんにはばっちりと目撃されてしまった。
「なにがどうしてどうなってんだ、こいつは」
ラミリーさんの混乱をよそに、ヴァイグルさん。いや、ヴァイグルさんだったモノが堅い質感の人形へと戻り。
そして、魔石となって俺に吸収され――消滅した。
【MP】の吸収量としては《強打》の分ととんとんだが、そういう問題じゃない。どうして、体が――
「リオ殿!」
ファイナさんが莉桜の名を呼び、エレナを置き去りにして猛然と突撃してくる。
一体、なにが?
弾かれるように振り向き、俺はファイナさんが鬼気迫る表情をしていた理由を理解した。遅いぐらいだった。
死んだ――胸を刺されていた――はずのネリィさんが、そのナイフを手にして莉桜に襲いかかろうとしていたのだから。
「莉桜!」
身も世もなく。
なにか特技や『概念能力』を使用しようという思考も浮かばず。
俺は莉桜を床に押し倒した。
頭を打たないようカバーはしたけど、衝撃に莉桜が綺麗な顔をゆがめる。
しかし、その甲斐あってネリィさんの血まみれのナイフが空を切る。
「兄さん!」
そして、莉桜は嬉しそうな悲鳴を上げた。
怖いだろうに。床に体を打ち付けて痛いだろうに。
ここまで一貫していると、我が妹ながら尊敬の念が芽生えそうだ。
「まったく、なにがなにやらでござるな」
安堵の息を吐きつつ、ファイナさんが刀を抜いた。
だが、自由に振るうには宿の廊下は狭すぎる。
刺突しか有効打は放てないだろう。
分かっていれば。対応は容易。
ネリィさん――の姿をしたモノ――は、そう考えていたのかもしれない。
真相は分からない。
だが、その見込みは甘すぎる。
ファイナさんは刀――由来もなにもない、ただの数打ち――を横薙ぎに振るう。
確かに、満足に剣を振るスペースはない。物理的に不可能だ。
けれど、ファイナさんは物理的に不可能なら物理を越えればいいとでも言わんばかりに、壁に切っ先を当て――石の壁をそのまま切り裂いた。
ありえない。あまりにも非常識だ。
俺でさえそう思ったんだから、ネリィさんは理不尽さを全身で感じていたに違いない。
しかし、具体的なリアクションは取れなかった。
壁を切り裂いても剣速は緩まず――そもそも、壁を切り裂ける時点でおかいしんだけど――刃はネリィさんの首を捕らえ……。
無慈悲に斬り落とした。
驚愕に大きく目を見開いたままの頭が、ごろんと転がる。
無言。
沈黙。
静寂。
ネリィさんだったモノも魔石へと姿を変え、俺に吸収された。
誰もなにも喋らない。
静かな空間に、ファイナさんが刀を鞘に収める音が大きく響く。
それをきっかけに、俺は莉桜の上から体をどけて立ち上がる。
「兄さん、延長をお願いします」
「そういうの、やってないんで」
「……残念です」
本当に残念そうな顔で、莉桜も立ち上がった。
いつも通りのやりとりだったが、ラミリーさんはわけが分からないと天を仰ぐ。エレナの反応は、ちょっと確かめる勇気がない。
この空気をなんとかしようと、果敢に動いたのはファイナさんだ。
「お屋形さまが危機に瀕すると、拙者の力は爆発的に上昇するでござるよ。これぞ、サムライパワー」
ファイナさんが勝手に設定を生やした。
気持ちは汲むけど、もうちょっと、こうなんか他になかったの? と抗議したい。
いや、ラミリーさん向け――もしかすると、エレナも含むかも――の言い訳なのは、分かってるけどさ。
「なにを言っているのか分からないのは、こっちの理解力の問題なのか……?」
豹変したヴァイグルさんとネリィさんを、唯一目撃していないケンタウルスのガンソさん。
起こったことをそのまま話したが、だからこそと言うべきか、疑いの視線を向けられてしまう。
一階の食堂兼酒場に集まった俺たちだったが、少し前までの緩んだ空気はどこかへ消えギスギスした雰囲気に包まれている。
エレナなど、ここにいるだけで涙目だ。
「理解が追いつかないのは当然だとは思いますが、本当のことなんです」
「そうは言ってもな……」
証拠――端的に言えば、二人の遺体がないのも混迷に拍車をかけている。
同じことを思ったのだろう。魔石となったヴァイグルさんとネリィさんを吸収した俺を見つめる視線がひとつ。
「……いや、なんでもない」
だが、そちらに顔を向けるとすぐに背けられてしまった。
現場にいたラミリーさんだったが、俺たちの異常な戦闘力を目にしていることもあり、ちらちらとファイナさんの動きを目で追っているのだ。
そのファイナさんは、目をつぶったまま動かない。説明を俺に任せ、壁際で刀を抱えている。
莉桜はエレナを抱え、これまた話に参加しようとはしなかった。ラミリーさんには、きつい視線を送ったりもしてるけど。
「まあ、ネリィとヴァイグルが本当はどうだったかは別にして……」
料理担当のガンソさんが、重苦しい雰囲気に、さらに重苦しさを足して問題提起する。
「これから、どうすべきか……だな」
「俺としては信頼し合うべき……と言いたいですが」
「無理だろうな」
「……ですよね」
理想と現実は違う。
それが、分かっていても、ため息が出た。
俺たちがラミリーさんとガンソさんを害するつもりなどないことは、俺たち自身は知っている。
けれど、それを信じてもらえる術がなかった。
そもそも、二人からすると俺たちみたいな怪しい新参者を信じる理由もない。
「ですが、安全神話は崩壊しました。俺たちと一緒のほうが、生存率は上がります」
それでも言わずにはいられなかった。
単に偶然で合った相手で、彼らだって人形かもしれないけれど。
それでも、見捨てることはしたくなかった。
「そうやって、俺たちを騙す――」
――俺とファイナさんの戦闘を目撃したラミリーさんに拒絶されることは分かっていても。
「静かに」
決定的な決裂の一言が発せられる寸前、ファイナさんが口を開いた。
威厳どころか強制力のある言葉に、誰もが動きを止める。
「誰か。否、なにかが来たようでござる」
その言葉と同時に、宿の扉が開かれた。
「お忙しいところ、恐れ入ります」
ツートンカラーのメイド服を着た女性が、しずしずと宿に足を踏み入れた。中身はどうか分からないが、一見して人間だ。
……うん? どこかで、顔を見たような……?
正体不明のデジャヴに襲われるが、はっきりとしない。
俺の戸惑いをよそに、白と黒のメイド服を着た女性が、カーテシー――スカートの裾をつまみ上げながら、片足を引き頭を下げる――をしつつ、慇懃に誘う。
「我が主、人形師ヨハンが面会をお望みです」
馬車の用意をしております。どうか、招待をお受けくださいますよう――に、と。




