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11.そして、彼と彼女は目撃する

 相変わらず、このベトンドルプの街は霧に煙っていた。


 陽光は遮られ薄曇りのはっきりしない天気。陰鬱とまではいかないが、どことなく不安をかき立てられる雰囲気だ。


 初めて見たときは、メンテナンスがされていないだけだと思っていたくぼみなどが目立つ石畳の街路も、エレナを追っていた人形を見た後だと印象が変わってくる。


「なんらかの争いがあったのかもしれぬでござるな」


 先を行くファイナさんのつぶやきに、俺はかすかにうなずいた。声を出さずとも、その気配だけでファイナさんには通じる。


「切り裂きジャックでも出てきそうですね」

「切り裂きジャックが犯人だとしたら、娼婦以外も狙うようになったらしいな」


 相変わらず、人間はもちろん、小動物や鳥なども見かけない。


 それは、人形が狩ったからではないか。


 そう考えると、霧に包まれた街が、よりいっそう不気味に思えた。


「しょーふ?」

「私が夜、兄さんの前でだけなる職業ですね」

「エレナも、大きくなったらしょーふになる?」

「……莉桜?」

「私も、今のは反省しています」


 あわてて莉桜が誤解を解こうとし、先頭のファイナさんが「自業自得の見本でござるな」と笑う。

 ベトンドルプの街の空気に反して、なかなか姦しい。気楽にも見えるが、今はとても頼もしく思えた。


「ところで、エレナはこの辺に見覚えがあったりしないか?」

「んんん?」


 莉桜への助け船も兼ねた問いに、俺にだっこされたままのエレナが可愛らしく首をひねる。微笑ましい。


「わかんなーい」

「そっかー」


 夜、霧に取り込まれ、街に迷い込んだら人形に追いかけられた。

 となれば周囲を見る余裕もなかっただろうし、エレナが俺たちの知らない情報を持っていると言うことはなさそうだ。


 どこに住んでいたか聞き出すのは、ベトンドルプを出てからにすべきだしな。


 ならばというわけではないが、適当な建物に押し入って家捜しをするものの、成果はなかった。


 人がいないのは、当然。むしろ、いたほうが驚くからこれは構わない。


 ほこりはかぶっているものの家財道具は形が残っていることから、何十年という期間が経過していないことは分かる。


 けれど、脱出方法はおろかそれにつながりそうなヒントも見つからななかった。


「しかし、日記はおろかメモのひとつも残っていないのは不可解ですね」

「そんなことをしている余裕がなかった……ということなのか」

「あるいは、何者かが意図的に持ち去ったかでござるな」


 何軒目かの捜索を終えた俺たちは、さすがに疲弊していた。

 エレナなど、俺の腕の中でうつらうつらとしている。


「何者かというか、兄さんが撃退した人形以外にいないでしょうけど」

「人形か……。どこにでも潜めるだろうけど、どこかにはいるはずなんだよな」

「それは道理でござるが、たとえば、魔法的な目隠しでもされていたら、普通に探してもでてこぬのでは?」


 ああ……。

 そういう可能性もあるのか。


 こんな体をしておきながら、そういう非常識な発想が出てこないことに軽く落ち込んでしまう。まだ、こっちの世界特有の事情には慣れない。


「結局、なにもないがあっただけでしたね」

「前向きな自虐だなぁ」


 とはいえ、エレナをつれているときになにも起こらなくて良かったとも言えるか。痛し痒しだな。


「痛し痒しって、いいことと悪いことが両方あって選べないみたいな意味ですけど、はっきり言って、痛いのもかゆいのも、どっちも悪いことですよね?」

「あれは、体がかゆいけど、かけば痛いってことで、いわゆる究極の選択ってやつのことだぞ」

「せめて、拙者がいるときに以心伝心で会話をするのは遠慮して欲しいものでござるなぁ」


 しまった。

 ついそのまま答えてしまった。


「えーと。とりあえず宿に戻りましょうか」

「そうですね。このまま闇雲に歩いても、手がかりはなさそうです」


 ファイナさんの指摘に動揺する俺とは対照的に、莉桜は自慢げ。というか、どや顔だ。これが、兄さんと私の絆ですとか思っていそうだ。


「ちなみに、この多くを語らず進む会話こそ、私と兄さんの死んでも切れない絆です」


 思ってた。

 というか、言った!

 しかも、俺の予想よりも重たい内容だ!


「それはようござった」


 得意げな莉桜に対し、ファイナさんは一歩引いた涼しい顔。


「拙者も、お屋形さまと剣を交えているときは」

「大人げない!」


 一歩引いて、踏み込んできた!


「まだ18でござるゆえ」


 そのネタ、まだ引っ張るんだ!


 もう、収拾が付かないな、これ。


「それはともかく、こうなると危険を承知で夜間の探索に絞るべきかもしれないなぁ」

「街を徘徊する人形を尾行して、本拠を探るわけでござるか」

「早道ではありそうですね」


 そう。効果的だ。

 いろいろな事情を脇に置けば。


「しかし、さすがにエレナ殿を連れて行くわけにはいかぬでござるなぁ」

「俺たちと一緒なのが一番安全ではあるだろうけど……」

「情操教育的に問題が発生しかねませんね」


 みんなの視線が、俺の腕の中で眠るエレナに集まる。

 穏やかな。まさに、天使のような寝顔。人形に追われ、ついでに日本刀を持った不審者――つまり、俺――に遭遇して怯えていたのが嘘のようだ。


 それを思うと、絶対にこの表情を曇らせてはいけないと思う。


「となると、護衛として拙者かお屋形さまが残らざるを得ないでござるが……」

「どちらがどちらを担当するにしろ、不安は残りますね」


 そうなんだよなぁ。


 歩きながら、今後の方針を考える。

 一応、切り札として《物品共感》の特技がある。

 サイコメトリーよろしく、物の来歴やその場で起こった過去の出来事を知ることもできるが、この手がかりひとつない状態では、どこで使うべきか分からない。


 それこそ何十回と使えるだけの【MP】はあるが、いざというときガス欠じゃどうしようもない。


 手がかり……。


 まだ探していない場所……。


 あ、そうだ。


「地上が駄目なら、地下に目を向けるべきかも」

「なるほど。代わり映えのせぬ地上よりは、よほど進展がありそうでござるな」


 エルフのわりにせっかちなファイナさんが、根拠もないのに飛びついた。

 歩きながらじっと地面を見ており、今にもぶち抜いてしまいそうだ。


「一度、空飛ぶ幽霊船亭に戻ってからですよ」

「むう」

「というか、なんで地面を破壊する前提なんですか。普通に下水道への入り口を探すべきでしょう」

「むむむう」


 俺たち兄妹に諭され、ファイナさんは不承不承刀を収める。


「であれば、宿に急ぐでござるよ」

「急ぐのはいいですが、エレナのことはちゃんと口裏を合わせてくださいよ」

「……もちろんにござる」


 多少先行きが不安になったが、問題はなかった。


 エレナは途中で目を覚ましたが、そのまま負ぶって空飛ぶ幽霊船亭に帰り着く。

 一度深呼吸――したつもりで――入り口の扉を開くと、一階の食堂にたむろしていたラミリーさんとヴァイグルさんが俺たちを迎え入れてくれた。


「街はなんにもなかった……ってわけじゃないみたいだな」

「うぬう。こいつはお手柄じゃな」


 めざとくエレナを見つけた二人が、俺たちがなにか言う前に近づいてくる。

 こういうところは見習いたいなと思う。


「こいつは、最年少記録の更新だな」


 口調は軽いが、表情は痛ましそうなラミリーさん。

 もしかしたら、自分の子供のことを思い出しているのかもしれなかった。


「お嬢ちゃん、名前はなんてんだ?」

「うー」


 負ぶさったままのエレナに目を合わせるラミリーさんだったが、照れて俺の背中に顔を押しつけ隠してしまう。


 はい、莉桜。そこは私の指定席ですって表情しない。見えなくても分かってるんだからな。


「……エレナ」

「おう、いい名前だな。俺はラミリーだ。よろしくな」

「……うん」


 顔だけ出して答えると、エレナはまた顔を隠してしまった。


「ラミリー、だからひげを伸ばしておけと言っただろう」

「すごい変化球が飛んできたぞ」


 ヴァイグルさんの――あるいは、ドワーフの種族的な――主張はともかく。


「探索中に見つけたので連れてきたんですが、ガンソさんとネリィさんにもエレナを紹介しておきたいんですけど……」

「あの自称吟遊詩人なら部屋じゃぞ」


 と言って二階へ移動するヴァイグルさん。ついてこいということだろう。たぶん、ガンソさんはいつものように厨房なので、わざわざ呼びに行く必要はないという判断だ。


 エレナをファイナさんに預け、莉桜とともにヴァイグルさんを追う。女性の部屋に行くのに、男だけというわけにはいかない。


「お兄ちゃん、早く帰ってきてね!」


 ファイナさんの胸に抱かれたエレナに見送られ――嬉しいけど、ちょっと寂しい――ネリィさんの部屋へ。


 ケンタウルスのガンソさんは二階に上がれないが、他の三人は二階の個室を使っているらしい。


 ヴァイグルさんに案内されネリィさんの部屋に到着すると、ドアを軽く叩きつつ莉桜が呼びかける。


「ネリィさん。下に降りてきてくれませんか?」


 だが、しばらく待っても反応がない。


「ネリィさん?」


 やはり、返事はなかった。

 ヴァイグルさんと顔を見合わすと、「やれやれ」と言わんばかりにあきれていた。どうやら、飲み過ぎてダウンということが以前にもあったらしい。


 朝は普通に見送ってくれたけど……そういえば、ワイン片手だったな。


 そんなところを叩き起こすのは悪い気もするが、どうせならエレナの紹介は一度で済ませたい。


「叩き起こすしかなかろう。構わん、やれ」


 いたずら小僧のようないい笑顔で、ヴァイグルさんが親指を立てた。

 それに従い、莉桜が扉を開け――


「え?」


 ――驚きの声を上げると同時に、硬直した。


「一体、どうした――」


 その背後から覗き込んだ俺も同じ。


 青みがかった黒髪で、すらりと背が高いネリィさん。

 ベッドではなく床にしどけなく横たわり、たれ目がちな目はまぶたを閉じていた。


 それも当然だろう。


 胸に、鋭利な刃物が刺さっているのだから。


 なぜ? どうして? いつ? 誰が?


 ガンッ。

 疑問に囚われていると、背後からの強い衝撃に襲われた。倒れはしないが、意外すぎる不意打ちに目を回す。


 それでも、なんとか振り返ると……。


「ワシ……は……?」


 そこには、自分で自分のやったことが信じられないというヴァイグルさんがいた。


 腕の先から、大きな斧を生やして。

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