五十六 泣く君
河原の夏祭り。そこにはしょうじの腰にも満たない小さな子供から、その子供を引きつれる大戦を生き抜いたかのような老人もいた。
屋台の通路を歩き、死神はしょうじの袖を引っ張りながら人の間を掻き分けて進む。店を出している鉢巻のおっさんらに呼びかけられるので、死神がそれに気を取られて止まるたびしょうじは引っ張られて転びそうになる。
「ショージ、今すぐこれを買わないといけない」
真剣な顔をしたまま、死神はラスト二本のチョコバナナを指差す。
「買われちゃうじゃん!」
死神はしょうじの腕をグイグイと引っ張る。
「いやぁ……」
しょうじは迷うが、彼もたこ焼きや焼きそばの匂いで腹を鳴らしていた。チョコバナナがどんどん美味しそうに見えてくる。
「まぁ、もうここで夜ご飯食べちゃうか」
しょうじは一本につき三百円を渡し、おっちゃんはしょうじと死神に一本ずつ渡した。
「毎度ありぃ!」
このおっちゃんは実はバナナのストックがあり、売り切れると思わせるためにわざと本数を減らしたことをしょうじたちが知ることはない。
「あーん。ショーヒうひヒョコ抜けひゃった」
死神は口にチョコの殻を加えたまましょうじに見せた。
「落とすなよ」
死神はしょうじがそう言った途端、ひと口でバナナも口に入れた。
「くひのなかへまへる」
「何が混ぜるだよ」
「あっ、今度はあれにしない?」
彼女は次に焼きそばを見つける。これもちょうど後二パックである。
「あっちのベンチで食べよーよー」
「焼きそばか。祭りの焼きそばは紅生姜が美味いんだよな」
「えー?辛いじゃん」
「だからいいんだろうが」
しょうじは焼きそばを買って、箸を添えてもらった後ベンチに移動した。祭りの中心から少し外れ、川のそばに移動した。客観的に見る橙のちょうちんがなんだか懐かしく思える。
「紅生姜あげる」
死神がプラスチックの容器に入った赤い部分だけを掴み取り、しょうじの焼きそばの上に落とした。
「わっ、虫!」
死神は急に飛び跳ね、頭の周りをブンブン飛び回るハエを追い払おうとした。
死神に驚かされ、しょうじも椅子から飛び上がる。
飛んでいるハエに彼女の手の甲が当たり、焼きそばを持ったまま河原まで走って逃げた。
「わあぁぁぁぁぁぁーっ!」
「あっ、紅生姜落ちちゃった」
死神が息をハァハァ吐きながら戻ってくると、地面に落ちていた赤い物体を目にした。
「ショージ、食べ物を粗末にしちゃだめだよ!」
ベンチに座った死神は、ハエが着いて来ていないことを確認するために、周辺を見回す。
「お前が急に叫ぶから驚いたんだよ、もう俺だってもったいないと思ってるさ。美味しい紅生姜が……死神なんだから虫くらいいいだろ」
「そういうの差別って言うんだよ!」
「言わねぇわ。てか、紅生姜嫌いなくせに。俺が居なかったらどうするつもりだよ」
「え、捨てる」
「いや変わらんやん。なんならわざと捨てるから俺より罪重いわ」
「でも落としたのはショージだもんねー」
「なんだよ、もったいない婆さんでも来るのか?」
「婆さんって呼ばないであげてよ。可哀そうでしょ?」
「お前、もったいない婆さんだったのか……南無南無」
「誰が婆さんだよ」
しょうじは何かを思い出し、焼きそばをベンチの上に置いたまま屋台へ戻っていった。
死神は彼が飲み物でも取りに行ったのかと思ったが、しょうじは死神を弄り返すためにあるものを買っていた。
「お待たせお待たせ。もったいないと言えばなぁ、これだよなぁ?」
しょうじが死神に渡したのはたこ焼き。死神が道頓堀川で落としたたこ焼きだ。
「紅生姜どころじゃなくってたこ焼き丸まる落としてたっけ?」
しょうじがひとつを串にさして見せると、死神は頬を膨らませた。
「だって熱かったし周りがうるさかったし……」
ブツブツ言い訳を入れるところに、しょうじが先ほどの彼女の言葉をそのまま返した。
「でも落としたのはお前だもんねー!」
しょうじが死神を指差す。
……
「うっ、ううっ……」
死神は割り箸を置くと手を目に沿えて泣き出してしまった。
「そんな酷いよぉ……グスン。うち冗談のつもりで言ったのにぃ、そんなに強く言わなくたっていいじゃん……グスン」
背中を丸める死神を見てしょうじは慌てた。
「えっ?!わっ、ご、ごめん!そんなつもりじゃなくって……死神ほんとにごめん」
彼女の顔を確認しようとしながら必死に謝るしょうじ。
死神がパカッと手を開く。
「うっそでぇーす!」
「お前ぶん殴るぞ」




