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一 出会い

 睡眠中、眩い光に起こされた男はベッドでうつ伏せのまま、下側に振り返る。

 フットボードには、見覚えのないひとりの女が。


「どうも、どうも~。死神ちゃんだよー!」


 深夜テンションかのように元気のいい子だ。


 男は女に顔だけ向けながら、瞼を閉じた状態で唸った。男は疲れすぎていて、知らぬ人物が部屋にいることさえ、脳が認識しなかった。


「ねぇ、怖い?怖いっしょ?」


 女は男に近寄りながら腰を左右に振って体を動かした。


 だが、それでも男は無反応だ。人差し指がピクリと動く。


「あのさぁ、聞いてんの?ねぇー、おーい!オキテクダサーイ。おい、起きろや!起きんか!うちが来てやってんやぞ?!無視は良くないって教わらなかったんか?ねぇってば!ねぇ!………………」


 ▼▲▼▲▼▲


 数時間前。


「なあ、その痣どうしたんだ?」


 ある日、会社の同僚と飲みに行った男が腕の痕について、向かいに座る男が聞いた。

 

 痣のある男は、それを隠すために毎日、春夏秋冬関係なく長袖を着て傷を隠していた。

 だが、特別仲の良い同僚に誘われ、予定以上に酔っぱらってしまった彼は、暑いと脱いではいけない長袖のシャツの袖を(まく)り上げてしまった。

 その時、痣は袖からはみ出てほんの数センチしか見えなかったが、この飲み仲間が気になってしまった。


「ああ、これね」


 痣のある男は更に捲り上げ、肩辺りまで痣があるのを見せつけてから、袖を手首までおろした。

 

「中学生ん時、車に()ねられたんよ」

 

 質問された男は、反対の手で二本の指を傷に当てると、机の向かい側に座る同僚のコップに水を注いだ。


 彼の顔は笑っていたが当時の感情はとてもヒヤッとするものだっただろう。

 彼は中学生の当時、周りの生徒と比べれば路上のマナーが大変良い子であった。小さな道でさえも迂闊(うかつ)に渡ることはなく、よそ見もしない。だが、彼は被害者になってしまったのだ。幸い、後遺症などになることはなく、痣ひとつで済んだ。


「起きたら病院。分けわからんかったよ、最初は。でも学校なんにか休めたな」


 自分のコップにも水を注ぐと、それを一気に飲み干した。


 彼の笑い顔とは裏腹に、声色はそのときの恐怖を思い出しているかのように聞こえる。


「一ヵ月くらい入院したよ。治ってから学校行くのが恥ずかしかったな」


「なんでだよ。痣とか意外とかっこいいんじゃねえのか?」


 同僚が彼の痣を指差した。


「まだこれで半分しか見えないんだけどさ、なんでかちょっと『ハゲ』って書いてあるように見えるんだよ」


 確かに、見えている部分は彼から見て二文字目、「ゲ」に似ていた。


 ふたりのスーツの男たちは笑いながら酒と水を交互に飲んだ。

 話しているうちに日が暮れ、外は真っ暗であった。


「それじゃあ、また明日」


「おう。次回はお前の恥ずかしい話聞かせろよ」


「黒歴史なら大量のストックがあるぜ。まかせろ」


「ナンパしようとした時のやつとかか?」


「おまっ、なんで知ってんだよ!」


 少しの冗談を交わすと、ふたりは別れの挨拶をする。椅子の下に置かれた鞄を背負い、お会計をすませて店を出た。


 夜の空気が冷たい。真っ赤な耳に痛みが走る。スーツの袖を摩りながら、彼はゆっくりと帰った。

 街灯にだけに照らされた道は暗いが、毎日同じ場所を通る安心感がある。

 何年も通勤を重ねて、同じ通りを行く。同じ景色を毎日見ていた彼は、マンホールの位置、途中の家で停められている車などを覚えていた。自動販売機の中身が変わっていれば、眼の端くれに入っだだけで気づくことができる。


 自宅に着くと、一台の車が屋根付きのスペースに駐車されている。仕事で忙しく、なかなか運転ができていない彼の愛車。都市の中心部からは離れた場所だが、駐車スペース付きの一軒家、そして車。これらを維持するのに精一杯な彼は、車を運転する機会、家でゆっくり過ごす時間、共に楽しむ仲間がない。会社の同僚も、社内と飲みに行く時以外会ったことも、話したこともない。


 朝は早く、夜は遅い。疲れの溜まった彼は、家に入ると靴を脱ぎ、スーツのまま寝室のベッドに倒れ込む。


「明日は……休みか」


 疲れを少しでも癒す為、休みあらば一日中寝込んでしまう。今度もまた、今寝て起きるのは明日の夜になるだろう。

 いけないと思い、せめてスーツを脱ぐ。ほとんど裸になった彼は風呂場に行き、洗濯機を回す。軽くシャワーを浴び、ネットで買った本当かどうかも分からない、疲労回復効果の有るらしい寝巻きを着る。


 重い瞼が閉じないように目に力を籠め、足をベッドまで引きずる。壁を頼りに寝室まで歩くと、毛布の下にも潜らず、うつ伏せでベッドに覆いかぶさる。


 このような、自分では特に意味も感じない、味の無い人生を送っていた彼。そんな彼の寝室に、魔法のような光が現れる。


「電気消し忘れか?」


 瞼を突き抜ける強い光に再び起こされ、彼は手をバイザーにしながらスイッチを押し、電気をつけてしまった。

 同時に輝きも消えて、そこに現れたのはひとりの少女。丸い顔にクリーム色の髪。ゴスのような目元が黒く、重い化粧をしているように見える。


(あっ、なんか可愛い子が居る)


 そう思った男だったが、眠すぎて思考が真っすぐ保てない。


(変な夢だなぁ……これが現実だったらいいのに)


「ちょっと起きて!あんたに用があんのよ!」


 その女の子は男を眠らせまいと必死だったが、それよりも恐ろしいのは彼の睡魔だった。謎の侵入者に反応も見せず電気をつけっぱなしで、男はそのままの態勢でぐっすりと眠ってしまった。


 ……………… …………

 ……

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