三章 第十六話 長い夜3
用語説明w
ゴドー
鬼のゴドーの異名を持つ獣人男性で空手部の先輩。ケイト先輩の一年先輩だったが、留年して同期になった。好戦的な性格で、体格とセンスにも優れる。その実力はプロの格闘家を並み
フィーナ
ノーマンで黒髪、赤目の女子。ラーズの義理の妹で、飛び級でハナノミヤ聖女子大学に進学。クレハナの王族であり、内戦から逃れるために王位を辞退して一般家庭に下った。騎士の卵でもあり、複数の魔法を使える。最近はラーズの怪我の治療によって回復魔法の腕が上がっている
プロレベルのボクサーのパンチは早い
そして上手い
俺ではパンチを捌けない
ガードの隙間を狙われる
攻撃の間を通される
「がぁっ!」
ボディに一撃
我慢して、何とかローを返す
騎士学園時代、人間を喰い殺すモンスターと戦っていた
…だが、俺は騎士を諦めた
闘氣という、身を守る術を失った
そうしたら、目の前の人間一人に勝つことができない
だが、考えてみろ
それはこいつも同じだ
このボクサーも、闘氣なんて使っていない
実力で、パンチの技術だけで俺を圧倒している
…こいつには負けられない
こいつは駄目だ
このクソ野郎は、ケイト先輩に何をするか分からない
本気で人を傷つける奴だ
「ラーズ君、ミドルを二の腕!」
「…!」
俺は声に反応して蹴り
高めのミドルを打ち込む
ボクサーの左の腕に当たった
「ラーズ君、飛び込まない! 遠距離から無理に狙ってもカウンターの餌食だよ!」
またケイト先輩の声
よかった、少し元気になったみたいだ
ゴッ
ドシッ!
ストレートを入れられるが、ミドルを返す
ダメージがあるからか、足がふらついてバランスが崩れる
頭も、さっきからボーッとしてる
「何だよ、お前。しつこいし、諦めないし、気持ち悪いよ」
「お前は絶対に許さねぇ…」
「そもそも、お前が悪いんだろ」
「俺が?」
ボクサーが言っている意味がわからない
俺が何をした?
「お前はブラックマンバを舐めた。だから、わざわざ俺達二人が出向いてきたんだよ。ついでに、歯向かった女も狙っただけだ」
「…全然、理由になってない。お前らの言うことなんて聞くかよ!」
騎士を諦めた
才能の壁を痛感し、諦めざるを得なかった
劣等感と、逃げ出せた安堵感は、俺の心をチクチク刺している
でも…
そんな俺でも、今、絶対に許せない野郎が目の前にいる
怖い
ケイト先輩を殴り、汚そうとする
理不尽な理由で、そんなことを平気でできてしまう男
守れないのが怖い
ケイト先輩に手を出されるのが怖い
このままじゃ、本当に守れない
俺は踏み込んでロー
だが、カウンターで左フックを貰う
「くっ…」
「ぐぁっ」
つ、疲れでガードが下がってたか!
これ以上貰うとまずい…
「しつけーな、雑魚のくせに…」
少し足を引きずったボクサーの顔色が変わる
バシッ
ガッ
「ぐぁっ…」
ボクサーの連打
ドシッ!
受けながらも、渾身の右ミドル
左の二の腕に当てることで、コンビネーションを中断させる
ガクッ…
「ぁっ…!」
だが、軸足の膝が落ちる
やべっ、もう力が入らねぇ…!
俺は倒れながらも、ボクサーの首の横と脇の下
袈裟懸けに腕をかけて掴みかかる
ボクシングで言うクリンチに持っていく
「このっ、放せ…!」
ボクサーが振りほどこうと腕を振る
放したら倒れる
放すもんか!
「ラーズ君、大外! 反対に振ってハンドル回し!」
「…っ!!」
ケイト先輩の声で、俺は一度後ろに引く
ボクサーが焦って抵抗
そのタイミングで、左足を踏み込みながら上体を左回し
右足を振り上げる
ドダァッ!
ボクサーの左足を刈る
俺自身のバランスが取れず、そのまま体重を浴びせる
「ぐはッ…」
ボクサーが、地面に背中を強打する
下はアスファルト、痛いはずだ
「くっ…!」
俺はすぐにボクサーの上体を抑え、左腕を抱える
変形の袈裟固め
柔道の抑え込みの技だ
「な、何だよ、放せよ!」
「ケイト先輩…、警察に電話を…!」
「なっ、なんだと!」
俺の言葉にボクサーが焦りだす
「ラーズ君!」
「…」
パンチが効いている
息も上がって、もう立つのもキツイ
本当はボコボコにしてやりたい
だが、悔しいが、これ以上は無理だ
だったら、できることは一つ
スタンドしかできない、このボクサーをグラウンドで塩漬けにする
「うおぉぉぉっ!」
ロンが助手席の男をストレートで仰け反らす
更に左フック
もう一度、右ストレート
そして、締めの左の崩拳
「がふっ…」
男が倒れる
ロンが、もう一人の男を倒し切った
「お、おいおい、何で負けてるんだよ!」
ボクサーが俺に抑えられながら言う
「…終わりよ、あんた達の負け。通報もしたから」
ケイト先輩が言う
「くっ、まだだよ。もうすぐ、俺達の舎弟がこっちに来るはずだ」
「…!」
な、なんだと…!
俺はもう限界、ロンもギリギリの勝ちって感じだ
ケイト先輩の怪我も心配
俺達だけでこれ以上戦うのはキツイ
タッタッタッタッ…
「…っ!!」
最悪のことに、向こうから人が走って来る音がする
「…」
ロンが息を切らしながらも、駐車場の出口へと向かってくれる
ケイト先輩も、なんとか立ち上がった
くそっ、この野郎を押さえていないと危ない
立たれたら、もう勝てない
下手すると、このボクサーにはロンでも負けるかもしれない
だが、増援にロンとケイト先輩だけでしのげるか…
俺達が駐車場の出入口を凝視していると…
「ゴドー先輩!?」
現れた人物に、ロンが思わず名前を呼ぶ
「ケイト、大丈夫か!?」
「うん…、遅いよ、ゴドー! ラーズ君とロン君が追いかけてくれて…」
「…」
ゴドー先輩が、周囲を見渡す
「ラーズ、ロン、よくやった。ラーズ、そいつを放せ」
「こ、こいつ、プロ級のボクサーです。強くて…」
「大丈夫だ」
だが、ゴドー先輩は真顔で言う
俺は、その雰囲気に呑まれて、ボクサーの手を放す
「…」
ボクサーがのっそりと立ち上がる
「ラーズ君!」
俺は足が震えて立てもしない
ふらついたところを、ケイト先輩が支えてくれる
「情けねーな、ラーズ。効かされてるじゃねーか」
そう言いながら、ゴドー先輩がボクサーの前に立つ
「何のつもりだよ?」
ボクサーが言う
「お前らの仲間は来ないぜ。掃除して来たからな」
「…っ!」
よく見ると、ゴドー先輩の道着には血が飛んでいた
「ラーズ、ボクサー対策の解答例を見せてやる。よく見ておけ。ロンもな」
そう言うと、ゴドー先輩が拳をバキバキと鳴らす
「ゴドー、そいつは本当に強いよ」
ケイト先輩が声をかける
「お前を殴ったのはそいつだろ?」
「そうだけど…」
「この状況じゃ、さすがにこっちが不利だよ。俺は帰らせてもらう」
ボクサーが周囲を見回す
「いいから構えろ。無抵抗でやられたくなきゃな」
ゴドー先輩が構えて間合いを詰める
「ちっ…」
その圧力に、ボクサーが構えた
バシィッ!
「ぐぁっ…!」
ジャブから、右の鋭いローキック
ボクサーの左足が弾け飛ぶ
ドバン!
「がっ…!?」
右アッパーから、左足でボクサーの左足の内側を蹴るインロー
たった二発でボクサーが膝をついた
「ボクサーはパンチが主体だ。体重は前足に乗るから、ローのカットが出来ねー。最適解は、ローをいかに効率よく当てるかだ」
「は、はい」
「そして…」
バキィッ!
ゴドー先輩が思いっきりボクサーの顔面をサッカーボールキック
歯が飛び散り、仰向けにボクサーが倒れる
「うわぁ…、鼻が変な方向に…」
「ケイトを拉致って、ロンとラーズを囲みやがった分だ。このクソが」
ファンファンファン…
「あっ…!」
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえる
「ロン、ラーズに肩を貸せ。すぐに逃げるぞ」
ゴドー先輩が言い、ケイト先輩を見る
「うん、分かってる。誰か知らない人が助けてくれたって言っとく」
ケイト先輩の言葉に、ゴドー先輩が頷く
俺達は喧嘩をして、人を殴っている
警察官が来たら一緒に捕まるだろう
俺とロンは、ゴドー先輩に連れられてその場からすぐに逃げ出した
・・・・・・
「フィーナ、ごめん…」
「な、何なの、このケガ! しかも、二人して!」
「妹さん、ありがとう…。お世話になります」
ロンも怪我をしていたため、俺はフィーナに電話
ロンを俺のアパートに連れて行った
ゴドー先輩の指示で、今日は氷枕を使って寝ることを言い渡された
ロンはリビングに布団を敷いて寝かせる
そして、二人してフィーナの回復魔法で治療をしてもらう
「ロン、ちゃんと寝ろよ」
「ああ、悪いな。妹さんも、すみません」
「夜中に痛みがあったら、絶対に起こしてくださいね。ラーズもだよ」
治療が終わると、俺達は布団とベッドに倒れ込む
そのまま、深い眠りに落ちていく
…俺とロンの、長い長い夜がようやく終わったのだった




