二章 第十九話 稽古2
用語説明w
ロン
黒髪ノーマンの男性。トウデン大学体育学部でラーズの同期。形意拳をやっていたが、ゴドー先輩の強さに感化されて総合空手部に入部。熱い性格で、ラーズとよくつるんでいる
ゴドー
鬼のゴドーの異名を持つ獣人男性。ケイト先輩の一年先輩だったが、留年して同期になった。好戦的な性格で、体格とセンスにも優れる。その実力はプロの格闘家を並み
ケイト
茶髪の獣人女性。トウデン大学体育学部の先輩で柔道部。明るい性格、ふくよかな胸でキャンパス内でも人気が高い。したたかな性格のヤワラちゃん
「よし、続きだ。次は左フックだ」
ゴドー先輩の稽古は続く
ワン・ツーに続いて、スリーで左フック
「ツーの右ストレートで腰を左に切る。その姿勢が左フックの発射準備だ」
ブォっ!
ゴドー先輩のフックで音が響く
「しっ!」
俺も見様見真似でフック
「…お前、ストレートはうまいのにフックは下手くそだな」
「うぅ…」
自分でも、威力が乗ってないのが分かる
フック軌道のパンチにめちゃくちゃ違和感がある
しばらく続けると、「よし、次はフォーだ」
ゴドー先輩が構える
ジャブ
ストレート
左フック
ストレート
そこまで速くはないが、キレと威力が伝わってくる
「これがパンチの基本コンビネーションだ」
「はい!」
俺とロンは、ひたすら反復練習を行う
パンチの種類が増える
出来ることが増えるのは楽しい
特に、俺なんてワン・ツーしか知らなかったから尚更だ
「よし、次は蹴りだ」
「はい」
俺はローだけは教わった
蹴りの種類が増えるのも嬉しい
「ミドルキックは、相手の腹に蹴り込む。東玉流は、空手よりもムエタイに近い蹴り方する」
そう言うと、ゴドー先輩が道場の端に置かれたサンドバッグの前に立つ
ズドォッ!
ガッシャン!
凄まじい蹴りがサンドバッグを跳ね上げ、鎖が悲鳴を上げた
「これが右ミドル。そして、反対が左ミドルだ。最初はシャドーからやれ」
「分かりました」
俺達は、蹴りの練習
最初に右を蹴って、次に左
「左前のオーソドックスな構えから、右前のサウスポーの構えに変えることをスイッチと言うからな」
「スイッチ…」
「蹴りは左右で出せた方が強い。利き足だけ練習するなよ」
「はい」
しばらく練習をすると、ゴドー先輩が腕につけるミットを持ってきた
「次はミット打ちだ。最初はパンチからだ」
「はい、お願いします」
ロンが言う
「パンチ2ラウンド、キック2ラウンドだ」
そう言って、ゴドー先輩が道場の脇に置かれたタイマーをつける
ピピッ
ブザーが鳴り、三分からカウントダウンされていく
「ジャブ」
パンッ
「ジャブ」
パンッ
「ワン・ツー」
パパンっ!
ゴドー先輩の声で、ロンがパンチで小気味いい音を立てる
「ワン・ツー・フック」
パパンッ パンッ
「ワン・ツー・スリー・フォー」
パンパンパンパンッ!
「フック!」
「ジャブ、フック!」
色々なコンビネーションがあるもんだなぁ
俺が感心しながら見ていると、ロンのパンチ2ラウンドが終わった
「よし、次はラーズだ」
「はい」
「はぁ…はぁ…、思ったより疲れるぞ」
代わって下がったロンが、肩で息をする
「ジャブ」
「はい!」
パンッ!
…三分間
これはカップラーメンができるまでの時間だ
即席めんとも呼ばれ、すぐにできるラーメン
つまり、三分とは「すぐ」を表す
「はぁ…はぁ…」
だが、この三分が全然経たねぇ
特に2ラウンド目なんて、ジャブを打つ左手がしびれて来た
こ、こんなに三分間が長いなんて
三分10ラウンドとかやるボクサーって化け物だな!
「ワン・ツー」
「あぁぁっ!」
パパンッ!
バシッ
「うがっ!?」
「ガード下げんな、もう忘れたのか」
「はいっ…ひぃ……」
「よし、次はキックミットだ」
「はい」
俺のパンチの2ラウンド分休んだロンが出る
「ワン・ツー」
パパンッ!
「右ミドル」
ドスッ!
「もっと腰を回せ。左のガードを下げんな」
「はい!」
…知らなかった
ミットは蹴りありの方が断然辛い
三分2ラウンドが、地獄のようだった
「はぁ…はぁ……辛い…」
「あぁ…も…無理…」
俺とロンは、床に大の字
もう動けねぇ…
「稽古で疲れるのは当たり前だ」
ゴドー先輩が水を飲みながら言う
「…ゴドー先輩、何で俺には前のビルダーとの喧嘩の時にフックとか教えてくれなかったんですか?」
俺は、気になってたことを聞く
ローキックだけじゃなく、フックとかできれば、もっとスマートに勝てたんじゃないだろうか
「一週間で、お前の下手くそなパンチがうまくなるかよ。下手な付け焼き刃よりもリスクが少ないローと防御だけの方がいいんだ」
ローキックは地味だ
だが、カウンターを貰い辛くダメージは大きい
防御方法を知らないと簡単に足が動かなくなり、ローの地味さ故に、その威力に気が付かない
「ラーズの相手したビルダー、ガタイは凄かったよなぁ」
ロンが言う
「確かに」
俺の相手は、三人の中で一番デカかった
「ローは素人対策にはいい。簡単に足が動かなくなるからな」
「はい…」
実際、ローのダメージだけで俺は勝った
格闘技って、凄いんだよなぁ
「よし、そろそろ行くぞ」
ゴドー先輩が言う
「え?」
「次の練習だ、早くしろ」
「お、終わりじゃないんですか?」
「何言ってるんだ。お前らがやったのは、打撃練習だけだろ」
「空手部だからおかしくないじゃないですか」
「ここは総合空手部だ。寝技や投げもやるんだよ」
「総合格闘技ってことですか?」
ロンが言う
「MMAとは少し違う。道着を着てやる総合格闘技だな」
MMAとは、ミックスド・マーシャル・アーツの略
一番有名な総合格闘技であり、オープンフィンガーグローブを着け、トランクスを着て闘う
これはつまり、掴める服を着ないということだ
東玉流総合空手は、道着を着てやる総合格闘技
服を掴んで投げたり、極めたりできる
共通することが多いが、技術には違いが出る
俺達は、ゴドー先輩に連れられて武道館へ
畳の道場には、柔道部が練習していた
「あれ、ケイト先輩」
「お、いらっしゃっい。待ってたよ」
ケイト先輩が手を振る
今日は柔道着姿だ
それでも、胸の大きさがわかるのは凄いな
「ケイト、こいつらを頼むぜ」
「オッケー。あれ、ゴドーは練習していかないの?」
「俺はジムの出稽古に行く」
「MMA?」
「そうだ」
頷くと、ゴドー先輩は手を挙げて出て行った
・・・・・・
柔道の稽古は、打撃とは全然違うものだった
俺とロンは未経験者と一緒に受け身練習
その後、畳の上で横になり、海老のように動くエビ
足の力で跳ねるように動く逆エビ
うつ伏せで手を前に出し、引くように進む絞り
などなど…
「難しい…」
「逆エビってどうやって進むんだよ」
俺とロンは、四苦八苦しながらもとりあえず真似る
「それじゃあ、技を教えるよ」
「やった、ようやく…」
俺はビルダー対策で、ひたすら投げられるという練習をした
お陰で、素人のビルダーに力付くで投げられずに済んだのだ
「とりあえずは、大外刈りと小外刈りね」
「はい」
ケイト先輩が、俺とロンの指導をしてくれる
スパンッ
「うわっ!」
足を刈られて、簡単に倒される
練習なので、別に抵抗するつもりはないのだが、それでも技のかかりが凄い
「それじゃあ、打ち込みやるよー」
「打ち込み?」
「技の入りを繰り返すこと。こうやって」
「おうっ!」
ケイト先輩が、俺の横で足を振り上げる
そのまま足を後ろに振れば、大外刈りで俺は仰向けに倒されるだろう
俺とロンは、二人で組んで打ち込みをやる
「…」
「…」
本当は、ケイト先輩と打ち込みしたかったなー…と、お互いに思いながら
「はぁ…はぁ……」
俺達は、畳を這いずりながらペットボトルの水を飲む
疲れすぎると、味のあるものがいらなくなる
純粋に水…水が飲みたい…
「疲れすぎて、ケイト先輩を見る余裕がなかったぜ」
「俺も…」
まさか、打ち込みっていうものがこんなにきついなんて思わなかった
シャワーを浴びようと、何とか立ち上がる
すると、ケイト先輩がやってきた
「ロン君、ラーズ君、お疲れ様」
「ケイト先輩、ありがとうございました」
「帰る前に、ゴドーが二人に大学を三周走って帰れって伝言だよ」
「えぇっ!?」
「こんなにヘロヘロなのに…」
「まぁまぁ。二人共凄いよ、最初からゴドーの稽古に最後までついてこれるなんて」
「え?」
「去年なんて、結局一週間で全員辞めちゃったもん。総合空手部」
「そ、そうだったんですか」
「だから、続ければ強くなれるよ。私も、これからも一緒に練習したいな」
「まぁ…、俺はまだ動けますから」
「いや、俺もだよ」
「ふふっ、二人共、期待してるね。それに、早く強くなっておかないとね」
「何でですか?」
「ほら、ブラックマンバとか言うチーム。二人とゴドーでやっつけつちゃったじゃない」
「まぁ、やっつけたのはゴドー先輩一人ですけど。もう終わったのに、何かあるんですか?」
「もー、あれで終わわけないでしょ。不良なんだから」
「え…」
「喧嘩自慢っていうアイデンティティにすがっている社会不適合者だよ? 絶対に二人にやり返しに来るよ」
「…っ!」
「…!」
俺とロンが固まる
「うちの大学でも、やられてる人がいるんだって。あのビルダーたちも脅されてたみたいだし。二人共、自衛のために早く強くなろうね!」
「はぁ…」
俺達は、微妙な顔で頷く
何で、純然たる被害者の俺達が努力をしなければならないのか
理不尽すぎるだろ…




