二章 第十六話 初出勤2
用語説明w
レイコ
ゴーストハンター資格を持つ有限会社クサナギ霊障警備の社長、ドワーフの女性で童顔だが年上。クサナギ流除霊術を修めた凄腕だが、社長の割に威厳と権限は少なめ
プリヤ
クサナギ霊障警備の社員、魔族の女性で営業、経理、交渉(恫喝)担当。スーツが似合うキャリアウーマンで実質の経営者(黒幕)
俺達は慌てて階段を駆け下りる
「社長、何があったの?」
「依頼を受けていた邪妖精が現れたって! ビアンカとは現場で落ち合おう」
「分かった、連絡しておく。装備は乗せてたよね?」
「うん、終わってる。すぐに出発しよ」
レイコ社長とプリヤさんが、バタバタと準備をする
「ラーズ、行くよ!」
「え、は、はい」
二人が階段を下へと降りて行く
俺も、慌てて後を追った
地下は小さな駐車場となっていた
軽自動車が一台と、小型のMEBが置いてある
「もー、ピッキが休みの時に限って!」
「ホフマンもよ。さぁ、出発!」
プリヤさんが軽自動車の運転席に座る
俺とレイコ社長が後ろに乗り込むと、すぐに車は出発した
邪妖精
ペトロとも呼ばれ、精霊がモンスター化したもの
人間に対して害意を持っており、積極的な加害行為に出ることが特徴
精霊とは自然界のどこにでも存在しており、目の前の空間を満たす空気にも微量ながら風属性の精霊が存在する
彼らは、普段は人類を含む生物に干渉はしないが、精霊魔法などの特定の場合には力を貸してくれる
そんな、人類の力となってくれる精霊が、何らかの理由で人類を敵対視するようになった精霊がペトロと呼ばれるのだ
「今回は風の精霊がペトロ化したもの。依頼を受けたものの、出現周期が読めなくて困ってたんだ」
「とりあえず、ビアンカを拾うわよ」
まだ会っていない社員のビアンカさん
元軍人って、どんな人なんだろう
「お待たせ! 乗って!」
道路に女の人が立っており、その前で車を止める
「予定外だな。予想は夜だっただろ?」
「精霊が人間の都合を考えるわけないよね」
乗って来たのは、ダークエルフの女性
真っ黒く長い髪を三つ編みにしている
「ビアンカ、初めてでしょ? バイトのラーズよ」
「ん? あぁ、気が付かなかった。ビアンカだ、よろしくな」
「ラーズです、よろしくお願いします」
ビアンカさんは気さくに声をかけてくれた
元軍人って聞いて、ちょっと怖かったけど、いい人そうだな
「よし、ここで準備をしましょ」
プリヤさんが車を止める
「オッケー。ラーズ、車の運転は出来るの?」
レイコ社長が尋ねる
「いえ、まだ免許を取ってなくて」
「大学生なんでしょ? すぐに取りに行きなよ」
「そうですね、早めに行きます」
車かぁ
確かにあると便利だよな
レイコ社長は、積んであったキャリーバッグからお札などの除霊グッズを用意している
そして、ビアンカさんは、なぜかプロテクターを身に付け始めていた
「ん、気になるか?」
ビアンカさんが、不意に俺の方を見る
「あ、すみません」
俺は、凝視してしまっていたことに気が付き、すぐに視線を逸らす
女性の着替え? をガン見って、よくないよな
「私は、これを使うからね。けが防止で、プロテクターは必須なんだ」
ビアンカさんが、ごついブーツを持ち上げる
「凄い靴ですね。それはどんな靴なんですか?」
「これはホバーブーツといって、私が前にいた部隊で使っていたものだ。面白い靴だから、楽しみにしていてくれ」
そう言って、ビアンカさんが笑った
ビアンカさんは、男っぽい話し方をする
これは、元軍人だからなのかもしれない
「それじゃあ、ビアンカはここをスタートで。計画通りに追い込んで」
レイコ社長が言う
「了解。今日でケリをつけよう。何度も呼び出されたらたまったもんじゃない」
「そうね。何度も出動手当を出してはくれないでしょうから」
そして、プリヤさんは軽自動車を発車させた
「邪精霊って、どうやってやっつけるんですか?」
俺はレイコ社長に尋ねる
邪精霊と通常の精霊は、構造的に差異はない
つまり、精霊とは霊的構造のみで構成されており、物理攻撃は効かない
物理的に触ることが不可能なのだ
「呼び込み漁よ」
「呼び込み漁? 追い込み漁じゃなくてですか?」
追い込み漁とは、あらかじめ網を設置し、そこに向って魚を追い込んでいく漁法
だが、呼び込みというのは聞いたことがない
「その名の通り、囮になって呼び込むんだよ」
「お、囮!?」
「うん。囮はビアンカ、私たちは網役ね」
「網って…」
「あ、この先よ。すぐ準備するからね」
プリヤさんが言う
一本の市道が続く
その途中に俺達は車を止めて外に出た
「市役所が警察署に要請して、この市道を一時的に封鎖してくれているの。その間に、私たちが網を張って邪精霊を除霊するって流れよ」
「それは分かりましたけど、網って結局何なんですか?」
「今から作るのよ」
プリヤさんが、市道を塞ぐように軽自動車を真横に停める
「はい。ラーズは、私が言う通りにお札を置いてね」
「最初に、セフティコーンを車から下ろして」
「はい!」
真っ赤なセフティコーンを下ろす
十本ほどが重なっていて、思ったより重い
「このセフコンにお札を貼って結界を作るからね」
「なるほど」
通常、除霊用のお札とは霊札を指す
これは霊力が封印された霊力爆弾とも言うべきものであり、ゴーストの霊体を破壊する
しかし、札には種類があり、結界用、封印用、癒し用などを用途によって使い分ける
今回は結界用の札を使って邪精霊の動きを封じる作戦のようだ
「ラーズ、私がチョークで書いた場所にセフコンを並べてー!」
「分かりました!」
俺は、レイコ社長がつけた印の場所にセフコンを置き、結界用のお札を張り付けて行く
「よし、これでオッケーかな。次は円周上だね」
校庭で白線を引くときに使うライン引きのような道具をレイコ社長が持ってくる
これはタイヤがついており、中の石灰を底から落とし、ライン引きを引っ張ることで白線が引ける構造になっている
ガラガラガラガラ…
レイコ社長がライン引きを引っ張ると、きれいな円が描かれた
「きれいな円を描きますね」
普通は、円を描こうと思っても歪んでしまうものなのに
「レイコ社長は、霊力の流れが見えているからね」
プリヤさんが言う
「霊力の流れ…。あっ、これって魔法陣になっているんですか!」
今、気が付いた
俺が置いたお札を貼ったセフコンは、円の円周上に等間隔に四つ置かれている
これは、円の中で四角形を作る魔法陣となっているのだ
更に、軽自動車を囲むように円とセフコンが四つ
円の中に正方形を入れた魔法陣を二重に作っている
「よく気が付いたわね、魔法陣なんて」
魔法陣
魔力や霊力の流れを一定の図形の通りに流すことで、特定の効果得を得られやすくすることができる
円を基調とした図形が基本であり、この魔法陣を使った魔法はより効果を上げることができる
図形の頂点に魔石などを置くことで、その魔力を乗せるなども可能だ
また、図形の頂点に置いた魔石やお札などを、同時ではなくあえて連鎖的に発動することも可能
この効果により、術式の発動を自動化することもできる
魔法陣のこの効果を、強化作用と連鎖作用と呼ぶ
「来たよ!」
レイコ社長が叫ぶ
「はい、ラーズ」
「え?」
そして、プリヤさんが魔石装填型小型杖を渡してくる
「邪精霊が魔法陣に突っ込んだら、どんどん魔法弾を撃って。万が一、封印に失敗したら…」
「失敗したら?」
「ここにいる全員が喰い殺されるからね」
「…っ!?」
ウオォォォーーーーーーーーーーン…………
遠くから、何かの鳴き声が響いて来た




