一章 第四話 後遺症
用語説明w
フィーナ
ノーマンで黒髪、赤目の女子。ラーズの義理の妹で、飛び級で大学に進学。クレハナの王族であり、内戦から逃れるために王位を辞退して一般家庭に下った。騎士の卵でもあり、複数の魔法を使える。
「おえぇぇぇぇぇ…!」
「ちょっ、また!?」
俺は、便器に顔を突っ込んで胃液を吐き出す
チャクラ封印練の影響で、最近は吐き気とめまいが酷い
俺の体内で循環している氣力と霊力が激減したことが原因だ
「はい、これでしょ?」
「あぁ…、ありがと…」
フィーナが渡してくれたのは、霊力と氣力を補給できる経口霊薬
一時的に体内に霊力と氣力を補給してくれるため、気持ち悪さなどが治まる
先生が、この体調悪化を見越して処方してくれたのだ
「ふぅ…」
「そんなことで大丈夫?」
「まぁ、何とか。死ぬことは無さそうだよ」
「違うって、受験のことだよ」
「…」
チャクラ封印練の施術から約一か月
俺達は年を越し、間もなく受験本番だ
だが、体調が悪くなった影響で、思ったよりも勉強が進んでいない
「やっぱり、封印術を待った方がよかったんじゃない? こんな受験の前になんてさ」
「…決心が揺らぎそうだったんだよ」
はっきり言って、俺は最後まで迷っていた
騎士としての力を失うこと
ずっと鍛えて来た、魔法、特技、闘氣を失うことを
だって、当たり前だろ?
突風や竜巻を起こせる魔法、身体能力を引き上げたり剣に属性エネルギーを纏わせられる特技
それに、何と言っても防御力や怪力を得られる闘氣
…超人になれる技能だ
その全てを失う
惜しいに決まっている
頑張って身に付けたんだ、思い入れだってある
「それなら、尚更、無理にやらなくたって…」
「…それじゃ、ダメなんだよ」
俺には実力が足りない
魔力、輪力、闘力の全ての絶対量が足りない
そして、目の前に増やせる方法がある
十年という月日を使ってでも、試す価値がある
俺がセフィ姉の隣に立つ
そのために、出来ることは全部やるって決めたのだから
「私、楽しみにしてるんだよ?」
フィーナが、口を尖らせる
「何の話?」
「下宿のことだよ」
「あー…」
「お父さんもお母さんも、心配だから一人暮らしはダメって言うし」
「それは、確かに…」
「何が確かになの?」
「だって、フィーナ。生活能力がほぼ皆無…」
「ちょっと待って、異議がありすぎる!」
フィーナが慌てて言う
「だって、フィーナ。料理も、掃除も…」
「最近してるし!」
「元・お姫様の弊害、意外とあるよなぁ」
フィーナは、我がオーティル家に来る前はゴリゴリの王族
王宮で育って来た
その後、お手伝いさんと龍神皇国に来た後、騎士学園の寮生活に入った
つまり、家事の経験が無いのだ
「だ、だから一人暮らしがしたいの! このままじゃ、本当に何もできないダメな子になっちゃうんだから」
「一人暮らしは許してくれないって」
「ラーズが頑張れば、下宿はさせてくれるでしょ!」
フィーナが頬を膨らませる
父さんと母さんは、本当はフィーナと一緒に暮らしたかったらしい
フィーナも、家族で食事をすることなどほとんどなかったらしく、嬉しそうだった
だが、それでもフィーナは自立することに拘っていて、一人で暮らしたいと言い出した
父さんたちも、フィーナのその考えを無下にはせず、考えてくれた
だが、女子の一人暮らしはさすがに心配過ぎるということで、俺に白羽の矢が立ったのだ
俺の第一志望もシグノイアにある大学
そこで、俺とフィーナがルームシェアすることを条件に下宿を許してくれることになった
それなら、一人暮らしではないため安心
二人で家事をやりながら、独り立ちする準備にもなると、納得してくれたのだ
もちろん、俺とフィーナがシグノイアの大学に合格することが絶対条件だ
「フィーナ、そんなに下宿したかったんだ」
「それはそうだよ。楽しそうじゃない、ラーズと二人暮らし」
「え…」
「へ、変な意味じゃないよ?」
「いや、うん」
「その…、キャンパスライフに、新しい部屋。そして、たまにお父さんとお母さんの所に帰ってって…、全部やりたいの」
「そうだなぁ、確かに楽しそうだな」
「でしょ? だからさ、頑張ってよ」
「…分かってるって」
霊薬を飲んで、やっと落ち着いて来た
「それじゃ、お互いに頑張ろうぜ」
「うん」
俺とフィーナは、それぞれの部屋で受験勉強に戻った
・・・・・・
季節が進み、あっという間に受験日が迫って来た
ピリリリ…
受験勉強をしていると、俺のPITが鳴る
「あれ、ラングドン先生だ」
俺は、PITの仮想モニタ―に表示された名前を見る
ラングドン先生は、俺の騎士学園の時の担任の先生
劣等生だった俺を、最後まで見捨てずに指導してくれた人だ
俺は卒業間際、最後の最後に騎士の道を諦め、チャクラ封印練をすることを決めた
それでも、嫌な顔一つせずに、大学受験の相談に乗ってくれた
卒業した今でも、俺のことを気にして、たまに連絡をくれる
先生自身も、今年の新入生の担任を持って忙しいと言っていたのに、本当に感謝しかない
「もしもし。ラングドン先生、ご無沙汰してます」
「やぁ、ラーズ。体調はどうだい?」
「後遺症というのか…、吐き気やめまいに襲われることがあって苦戦中です」
ラングドン先生は、俺がチャクラ封印練を行ったことを知って電話をしてきたようだ
「そうか、やはり症状は出てしまうんだね」
「はい…。ただ、半年もすれば体は慣れると言われました」
「魔法や特技は、実際には使えなくなったのかい?」
「まだ怖くて試せてません。普通に生活しているだけで辛いときがあるので」
「なるほどねぇ」
ラングドン先生と話していると、騎士学園の頃を思い出す
ラングドン先生は、劣等生の俺に個人授業をしてくれた
その内容は、常に対話
勇気を持つこと
決断することの大切さ
今でも、その教えは胸に残っている
そして、それは騎士を諦めるという決断をも後押ししてくれた
正しいかどうかは分からない
ただ、やってみたいと思っただけ
それを決断できたのは先生のおかげだ
「おっと、長話をしてしまったね。最後に、受験生のラーズに昔の偉人の話をしておこう」
「偉人ですか?」
「うん。大昔の伝説の発明王の言葉さ」
そう言うと、ラングドン先生は咳払いをして続けた
「人生に失敗した者のほとんどは、諦めた時、どれだけ成功に近づいていたのかに気づかなかった者だ」
「…」
「ラーズ。騎士を諦めたことが正しかったのか、今でも悩んでいると思う。でも、それが正しかったのかどうかは、誰にも分からない。ただ、一つだけ確かなことがある」
「確かって…」
「それは、ラーズが決断して実行する勇気を持っていたということだ。失敗を恐れずにね」
「…!」
「さぁ、受験まで間もなくだ。追い込み、頑張りなさい。君なら大丈夫だ」
「はい、ありがとうございます」
電話を切る
…勇気を持っていた、か
受験勉強、頑張ろう
ラングドン先生の言葉の余韻を噛みしめながら、俺はシャーペンを取る
「ラ、ラーズ!」
「え?」
せっかく、集中し始めた瞬間、ディード母さんの声が響いた
「どうしたの?」
「母さん?」
フィーナとパニン父さんまでもがリビングに顔を出す
「これっ! ラーズ、あんた出してないじゃない!」
「何の話だよ」
俺は、母さんが差し出した封筒を受け取る
「あっ…!」
そして、一瞬で血の気が引く
それは、大学受験の願書だった
「ラーズ、願書受付は今日までよ!」
「…な、何で!? 確かに出したはず…」
「そんなことより、今日中に出さないと。受け付けは…今日の午後六時まで」
「…!」
突然、目の前に現れた時間の壁
明らかなミスによる落とし穴
カーン…
理不尽な戦いのゴングが、今、鳴らされた




