一章 第三話 チャクラ封印練
チャクラ封印練とは…
鍛錬を目的とした心霊手術
人体に封印術をインストールし、体内で循環する霊力と氣力の総量を減少させる
減少量は約九割にもなり、これは通常、有り得ない状況
霊力や氣力は、体内を循環する血液やリンパ液と同様に身体にとって必要なものだからだ
そのため、身体は必死に霊力と氣力を増やそうとし続けることになり、長期間この状態を維持することで、その循環する霊力と氣力の総量を引き上げることを狙う
霊力と氣力の総量が上がれば、必然的に魔力、輪力、闘力の総量も増え、魔法、特技、闘氣の威力や持続力を向上させられる
騎士としての実力を引き上げるための、長期間に渡る鍛錬方法だ
しかし、この鍛錬の効果には確実性がない
高地トレーニングによるヘモグロビン量の増加値に個人差があるように、体質によっては望んだほどの効果が見込めない場合もある
「…施術は終わりました」
処置室から医師が出てくる
「ラーズはどうですか?」
ディード母さんが言う
「特に問題はありません。難しい術式ではありませんし、ご安心ください。ただ、この術式の特性上、しばらくは体調悪化で苦しむ患者さんが多いので、気をつけて下さい」
「そうですか…。分かりました」
人体に必要な循環する流れ、霊力と氣力
これらが枯渇することは、当然ながら体調の悪化を招く
「特に、最初の数か月は体が慣れていないこともあって、症状が酷くなりやすい。経口補充薬を処方しておくので、使って下さい」
「はい、ありがとうございます」
ラーズは、精神属性睡眠の魔法の効果が切れていないため、そのまま病室へと運ばれた
麻酔ほどの効果は無いが、一時的な睡眠作用であるため人体への影響が少ない
そのため、簡易の手術などでもよく使われる魔法だ
「…これで、本当にラーズは騎士にはなれなくなったんだね」
フィーナが言う
「そうね。でも、一時的なもの。このチャクラ封印練が終ってから、騎士を目指せばいいわ」
セフィリアが答える
「でも、十年後でしょ? 長すぎるよ」
チャクラ封印練は、霊力と氣力を体外に放散して体内の循環量を減らす術式
つまり、霊力と氣力を元とした、魔力、輪力、闘力を練ることが出来なくなる
それは、騎士として必要な闘力
そして、魔法と特技をも失うこととなり、Bランクの戦闘員としてはおろか、人がモンスターと戦うための技能の全てを失うこととなる
騎士学園で培ってきた、超人的な要素を全て手放したということなのだ
そして、チャクラ封印練の施行期間は約十年間
長期にわたって、霊力と氣力を喪失した状態に置くことで、将来的にその総量を引き上げるという鍛錬だ
「十年後…、ラーズや私たちは何をしているのかしらね」
「本当だね」
「みんなして元気にしているのが一番ね」
「本当さ」
フィーナ、セフィリア、ディード母さん、パニン父さんは、ラーズのお見舞いへと向かった
・・・・・・
「…」
目を覚ます
まだ、夕暮れ時だった
ベッド横には、着替えの入ったドラムバッグが置いてある
母さんたちが置いて行ってくれたのだろう
身体が重い
これは、チャクラ封印練の効果だろうか
「君はもう、魔法や特技、闘氣は発動できない。試したくなる気持ちは分かるが、退院するまでは禁止だよ」
施術前に、先生にそう言われた
騎士学園で磨いて来た、俺の技
本当に全てを失ってしまったのか…、確かに試したくなる
そんな衝動をぐっとこらえる
まだ、施術直後、どんな影響があるか分からないからだ
「…」
俺は逃げた
そう、多分、逃げた
何から?
もちろん、騎士の道からだ
怖かった
そして、悔しかった
騎士として成功できるほどの力がないことに
だから、賭けた
チャクラ封印練に
十年後、もし、俺に氣力や霊力が増えていたら、その時に騎士を目指せばいい
だが、今の俺ではダメだ
俺の目的は騎士になることじゃない
セフィ姉の隣に立てる男になること
ただ、単に騎士になるだけでは足りない
そして、騎士の道では俺に芽が出るとは思えない
圧倒的な才能の差
足りなさすぎる、自分
強くなりたい
諦めたくない
セフィ姉のことだけは
だから、このチャクラ封印練を決断したんだ
「…」
思い出す
俺に、このチャクラ封印練を教えてくれたのは、ある竜騎士だった
その名はソル
俺と同じ重属剣の使い手だ
ソルは言った
「俺は中途半端だった。重属剣しか取り柄がなく、そんな自分に納得が出来なかった」
…俺と同じだ
俺も、自分に納得が出来ていない
重属剣だけ、博打技しか無い
そんな騎士になりたくない
もっと活躍がしたい
もっと技能の幅を増やしたい
騎士としての自分を諦めたくない
そうじゃなければ、セフィ姉の背中に追いつけない
それどころか、フィーナに、ヤマトに、ミィに置いて行かれてしまう
ソルからの助言、それは「世界を知れ」というもの
つまり、騎士以外の世界を知り、見識を広めろ
そのためには、一度、騎士の力を捨てろということだった
その方法の一つがチャクラ封印練
ソルから言わせれば、チャクラ封印練で氣力と霊力の総量を上げるのは、あくまでおまけ
本命は、騎士の力に頼らずに、世界を知るための旅をするということだったのだ
実際に、ソル自身も騎士団のスカウトを蹴ってチャクラ封印練を行った
そして、十年近く、槍一本で世界を回って旅をしたそうだ
ソルは竜使いでもあり、相棒の風龍フェイと共に、旅をして腕を磨いた
今ではチャクラ封印練を終え、騎士としての力を取り戻し、龍神皇国の契約騎士として働いている
その腕は、セフィ姉でさえ認めているほどだ
そんなソルに憧れた
セフィ姉を認めさせた実力
そして、その決断力に
自ら恵まれた境遇を蹴って、より高みへと至れる道を選んだ
そして、力を磨き続けた意思
自分が、騎士たちに至らない存在であるという劣等感
消えてしまいたくなるほどの喪失感
そんな俺を救ってくれたのは、ソルが示してくれた新たな可能性
「このまま騎士になっても、お前は伸びない。他の騎士と同じやり方では行き詰まる」
そう言って、俺をバッサリと斬った
だが、その言葉こそが俺を救った
なぜなら、俺自身がそう思っていたにもかかわらず、確証を持てなかったからだ
ソルの言葉で確証が持てた
俺は、騎士以外の方法で、セフィ姉を目指すべきだと決心がついたんだ
「ふぅー…」
大きく息を吐く
まずいな、なんか気持ち悪い
ダルさが抜けない
フィーナやヤマト、ミィは俺の決断を止めた
そりゃそうだろう
騎士は高給取りで憧れの職業
闘氣という技能を持っていなければなれない
つまり、世の大多数の人はなることができないのだ
…でも、俺はお前たちほどの才能を持っていない
悔しいけど、それが分かってしまった
俺の騎士学園時代の得意技、ドラゴンエッグ
騎士学園時代の恩師で担任のラングドン先生が命名してくれた技だ
俺は、ドラゴンの殻を捨てる
そして、新たな可能性を求めて旅立つ
お前たちとは違う道を行く
自分の可能性を探すために
もう決めた
そして、チャクラ封印練はすでに行った
後はやるだけだ!
頑張れ、俺!
「おっ…あっ……うっ……」
俺は慌てて上体を起こし、置かれていた洗面器を持つ
「おぇぇぇぇぇっ………!!」
突然、やって来た吐き気
控えている受験
俺の未来は、やばそうな黒雲がたくさん広がっていた




